第32話 「エニ、お手」
本日もよろしくお願いします。
ぽつぽつ、ざああああ――。
窓の外では、朝からずっと雨が降り続いている。
猫探しの依頼を達成してからというもの、他の簡単な依頼をこなしたり、旅に必要そうな物を買ったり、なんだかんだで忙しい数週間だったけれど、今日は完全にオフの日だ。こんな日は、宿屋でのんびりするに限る。
「……暇だなぁ」
ベッドの上で仰向けになりながら、ぼんやりと天井を見つめる。スマホがないと何で暇つぶしていいかわかんないや。
「んー?」
エニが私の隣でごろごろと転がる。私にピッタリとくっつき、しっぽをふらふらと揺らしている。エニも暇そうだ。
「エニ、今日何する?」
「んー……」
もそもそと体勢を変えながら、エニは腕を伸ばして私の腹の上に乗ってきた。そのまま、ぺたんと伏せる。温かい重みが腹に伝わる。
「……だらだら」
「うん、だろうね」
私が苦笑すると、エニは尻尾をぱたぱたと揺らす。
部屋には雨音が響き、外の喧騒もほとんど聞こえない。穏やかで、のんびりとした時間が流れる。
「ふふ……」
この静けさが心地よくて、私はつい笑みをこぼした。エニも同じ気持ちだったのか、腹の上で私をじっと見つめながら、にこりと微笑む。耳がリラックスしたように柔らかく倒れている。
――可愛い。
「エニってさ、お手とかできるの?」
ふと、そんなことを口にしてみた。
エニは「?」と首を傾げる。
「お手って、なに?」
「えっとね、こう……ほら、犬とかがやるやつ。手を出してもらうやつ」
私は腹からエニを下ろし軽く手を差し出してみる。
エニはじーっと私の手を見つめると、耳をピンと立てておもむろに……。
ぺちんっ。手のひらに平たく手を乗せる。
「え、雑!」
「……とーこが手出せって言った」
「いや、そうなんだけど……もうちょっとこう、可愛くこう……そっと乗せるとか……」
エニはじとーっと私を見つめた後、もう一度、私の手のひらに自分の手を乗せた。
「……こう?」
「おおお、お手できた!」
「……なんか、バカにされてる気がする」
「してないしてない! 可愛い可愛い!」
ぱんぱんと軽く手を叩いて褒めると、エニは眉間に皺を寄せた。
「もうやんない」
言葉ではそう言ってるけど、しっぽが揺れてる。
褒められてちょっと嬉しいんだと思う。
「しっぽ揺れてるよ?」
「……っ! うるさい」
「エニ、もっかいやってよ、ほらお手」
エニは嫌そうな顔をしながら、ペちんと私の手のひらに手を乗っけてくれた。そのまま手を握るとゆらゆらしっぽが揺れ、ピココと耳が動いている。しっぽと耳は実に正直だ。
そんなやり取りをしていると、エニがふと何かを思い出したように、手を重ねたまま小さく呟いた。
「……とーこ、あたしのこと犬だと思ってる?」
「えっ! ちが、ちがうよ!? いや、エニは耳とか尻尾あるし、ほら、狼って犬みたいだからちょっと試してみたくなっただけで――」
「ふーん……」
ものすごい早口で喋る私をエニはじとーっと見つめる。
そして、むすっとした顔になると――
グイッ。
「わっ!?」
肩に軽く甘噛みされた。
柔らかい歯が、くすぐるみたいに当たる。
「仕返し」
くすくすと笑うエニ。
「もお〜」
私はそっと彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
そしてふと思いついた。
「……おりゃ」
私はエニの耳にそっと顔を近づけ、ふわっと柔らかい毛並みに唇を当てる。
「ひゃっ!?」
びくっと肩を震わせ、エニが目を見開いた。
「な、なに……っ!?」
「いや、仕返し?」
なんて言いながら、私はニヤリと笑う。
「……」
エニはじーっと私を見つめ、それから――。
「……やり返すなー!」
次の瞬間、エニは私の肩をぐいっと押し、あっという間に私はベッドに押し倒されていた。
「わっ!?」
エニはむすっとした顔で、私の上に覆いかぶさる。
じっと見つめられて、なんかすごくドキドキする。
「……ふふっ、仕返し」
だけど、エニはすぐにいたずらっぽく笑って、私の胸の上にぺたんと伏せた。
「もう動かない」
「えぇ……」
私は呆れながらも、そっとエニの頭を撫でた。
彼女はそのまま目を閉じ、満足げにしっぽをふわりと揺らす。
「……なんなのもう」
そう言いながらも、私もエニの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。彼女の体温と鼓動が直に伝わってくる。
どんどんエニに振り回されてる気がするけど、まぁ、これはこれで悪くない。むしろ、こんな時間が、なんだか幸せだと思う。
ベッドの上で寄り添いながら、私たちはしばらくの間、くすくすと笑い合った。
窓の外では、変わらず雨が降り続いている。
でも、この部屋の中は、不思議とあたたかかった。
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異世界の人はSNSとか見ないでどうやって暇つぶししてるんだろうね