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狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第3章 狼の耳としっぽ、そして首都
33/96

第27話 「朝はいつもどおり」

本日もよろしくお願いします。

 朝日が差し込み、カーテンの隙間から温かな光が部屋を照らしていた。

 けれど、それに気づくこともなく、私は布団の中でまどろんでいた。


 心地よい温もりがそばにあって、ほんのりとした体温が伝わってくる。そう、エニがぴったりくっついて、私にしがみついているのだ。うん、いつも通り。


「ん……」


 エニが寝ぼけたように鼻を鳴らし、私の胸元に顔を埋める。


「エニ、朝だよー……起きよう?」


 そっと声をかけながら、エニの背中を軽くさする。すると、彼女は眠たげに息を吐きながら、私の足にしっぽを巻き付けた。


「……やだ」

「やだって……今日、エニの誕生日だよ? 起きてなんかしようよ」

「……誕生日だから……寝る……」


 むにゃむにゃと呟きながら、エニはさらに布団の奥へ潜り込んでいった。

 私は苦笑しながら、彼女の髪を優しく撫でた。

 

 すっかり甘えモードのエニに、私はどうしたものかとため息をついた。

 けれど、彼女がこんなだと、ちょっとだけ私も布団の中でのんびりしたくなる。


「……じゃあ、私ももうちょっとだけ寝ようかな」


 そう言って、私はエニの髪を撫でながら、再び目を閉じた。温かさに包まれながら、静かな朝が過ぎていく――。


 

 私はうっすらと目を開けた。カーテンの隙間から差し込む光は、もう朝のそれではなく、昼の柔らかい日差しに変わっている。


(……え、もうお昼!?)


 ぼんやりとした頭で考えながら、視線を横にやると、エニがすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。起こさなかったらいつまでも寝てるのだろうか。


(可愛いなぁ……)


 誕生日だから、甘えたい気分なのかな。

 なんだか幸せそうに寝ているのを見ると、起こすのが申し訳ない気もする。

 ……でも、さすがに昼だしそろそろ起こさないと。


「エニ、もうお昼だよー」


 そっと彼女の耳を撫でると、ぴくりと動いた。

 でも、彼女はまだ寝ぼけたように顔を埋めたまま。


「……もうちょっと……」

「さすがにお腹すいたでしょ?」


 そう言いながら、彼女のふわふわの耳を優しくつまむ。


「……ん……んん……」


 エニが眉をひそめる。

 そして――


 ぐぅ~。


 部屋に響き渡る、はっきりとした音。

 エニがばねのように起き上がる。


「……エニ?」

「……っ」


 彼女の耳がぴこぴこと動いたあと、そっと私の顔を覗き込んでくる。


「……聞こえた?」

「うん、ばっちり」


 私が笑いながら言うと、エニの顔が一気に真っ赤になった。

 彼女は慌ててしっぽを手元に持ってきて、もふもふの毛で顔を隠そうとする。全然届いてない。


「……聞こえてないことにして……」

「無理でしょ、あんなに可愛い音」

「……もー、ばか……」


 しっぽで顔を隠したまま、エニはしょんぼりと身を縮める。隠せてないけど。

 でも、そのしっぽの揺れ方が微妙に恥ずかしさを表していて、なんとも可愛らしい。


「よし、じゃあご飯食べに行こう」

「……とーこも、お腹すいてる?」

「うん、すっごくお腹すいた!」

「……そっか……」


 彼女は少しだけしっぽをいじいじしたあと、ようやく立ち上がった。

 でも、動きはまだちょっと鈍い。

 ぐでんとした耳としっぽが、まだ完全に目が覚めていないことを物語っていた。


「……いっぱい食べてもいい?」

「誕生日なんだから、好きなだけ食べなー」


 その言葉にエニの目がきらりと光る。

 しっぽがふわっと揺れて、彼女は小さく頷いた。


 宿屋の食堂に向かう途中、ふとエニの首元に目がいった。昨日渡したペンダントが、光を受けてほんのりと輝いている。


(……エニ、ちゃんとつけてくれてるんだ)


 ペンダントの鎖が、彼女の肌に沿って細く揺れる。

 シンプルだけど、それがエニにはよく似合っている。


(やっぱり、こっちにしてよかったな)


「エニ、そのペンダント、すごく似合ってる」

「……そう?」

「うん、すごく可愛い」


 エニは少し照れくさそうにしっぽを丸めた。


「……ありがと」


 私は彼女が嬉しそうにしているのを見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

 食堂はそこそこ賑わっていて、冒険者らしき人たちが食事をしながら談笑している。木のテーブルと椅子が並び、窓から差し込む日差しが明るく店内を照らしていた。

 香ばしい焼きたてのパンの匂いと、スパイスの効いた肉料理の香りが漂い、お腹の虫を刺激する。


「……ふぁぁ……」


 エニがまだ眠たそうにあくびをしながら、私の隣の席に座る。

 しっぽをふわりと丸め、耳はまだ半分眠っているようにぴくぴくと動いていた。


「エニ、何食べたい?」

「……肉」

「即答すぎない?」

「誕生日だから」

「……そっか」


 私はエニのためにいくつか料理を頼んだ。

 しばらくして、運ばれてきたのはボリュームたっぷりのごちそうだった。

 こんがり焼かれた肉の塊、焼きたてのパン、たっぷり野菜のスープ。朝ごはんしてはかなり重ためだ。


「…………!」


 エニのしっぽがぶんぶんと揺れる。

 こういうところは本当に分かりやすい。


「いっぱい食べなー」


 そう言うと、エニは満面の笑みを浮かべ、フォークを持ち、さっそく肉に手を伸ばした。

 かぶりついて、もぐもぐと噛み締める。


「……おいしい」


 そして、エニは私の方を見て、ふわりと笑った。

 嬉しそうな顔でまるで「ねえ、とーこも食べなよ」と言っているみたいに。


(エニは、おいしいものを食べると、必ず私の方を見て笑うんだよね)


 それが可愛くて、なんだか幸せで、私はつられて笑ってしまう。食事を進めながら、エニの幸せそうな表情を眺めていると彼女と目が合った。


「……ん?」


 エニが私をじっと見つめる。


「とーこ、食べてない」

「あ、うん。エニが美味しそうに食べてるから、つい見ちゃってた」

「……」

 

 エニは何かを考えるように少し視線を落とし、それから手元のパンをちぎる。

 そのまま、私の口元に向かって差し出した。


「はい」

「え?」

「食べて」

「え、ええ……?」


 何の悪びれもなく、エニはちぎったパンを私の口元へ持ってくる。

 普通なら、こういうのって「あーん」ってちょっと照れながらやるものなんじゃないの!? 知らないけど!

 エニはそういうの一切なく、本当にただ「食べてほしい」っていう気持ちだけで差し出してる。


(……不意打ちすぎるんだけど……!)


「……じゃあ、いただきます」


 私はなんとなく誤魔化すように言いながら、パンを口に入れた。


 ――その瞬間。


 エニの指の感触が、ほんのわずかに口先に当たる。

 びくっと体が硬直する。

 やばい、妙に意識してしまった。

 なんか、すごく、変な感じがする……!


(なんなら、エニの指先もちょっと食べちゃった気がする……)


「……ん?」


 エニが不思議そうに私を見上げる。

 特に気にしている様子はない。

 本人はたぶん無意識なんだ。

 ただ単に、食べてほしいから渡しただけなんだろう。

 それは分かってる。分かってるんだけど……!


「……あ、美味しい、です」

「んね」


 エニは満足そうに頷きながら、また自分のパンをもぐもぐと食べる。

 私はといえば、なんとも言えないもやもやを抱えながら、それを咀嚼するしかなかった。


(なんか……私だけ恥ずかしいのずるくない!?)


 心の中で小さく抗議しながらも、エニの幸せそうな顔を見ていたら、まあ、これはこれでいいのかもな――なんて思えてしまうのだった。

 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


 安心してくれ、もう付き合っちゃえよって作者が一番思ってる。

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