第27話 「朝はいつもどおり」
本日もよろしくお願いします。
朝日が差し込み、カーテンの隙間から温かな光が部屋を照らしていた。
けれど、それに気づくこともなく、私は布団の中でまどろんでいた。
心地よい温もりがそばにあって、ほんのりとした体温が伝わってくる。そう、エニがぴったりくっついて、私にしがみついているのだ。うん、いつも通り。
「ん……」
エニが寝ぼけたように鼻を鳴らし、私の胸元に顔を埋める。
「エニ、朝だよー……起きよう?」
そっと声をかけながら、エニの背中を軽くさする。すると、彼女は眠たげに息を吐きながら、私の足にしっぽを巻き付けた。
「……やだ」
「やだって……今日、エニの誕生日だよ? 起きてなんかしようよ」
「……誕生日だから……寝る……」
むにゃむにゃと呟きながら、エニはさらに布団の奥へ潜り込んでいった。
私は苦笑しながら、彼女の髪を優しく撫でた。
すっかり甘えモードのエニに、私はどうしたものかとため息をついた。
けれど、彼女がこんなだと、ちょっとだけ私も布団の中でのんびりしたくなる。
「……じゃあ、私ももうちょっとだけ寝ようかな」
そう言って、私はエニの髪を撫でながら、再び目を閉じた。温かさに包まれながら、静かな朝が過ぎていく――。
私はうっすらと目を開けた。カーテンの隙間から差し込む光は、もう朝のそれではなく、昼の柔らかい日差しに変わっている。
(……え、もうお昼!?)
ぼんやりとした頭で考えながら、視線を横にやると、エニがすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。起こさなかったらいつまでも寝てるのだろうか。
(可愛いなぁ……)
誕生日だから、甘えたい気分なのかな。
なんだか幸せそうに寝ているのを見ると、起こすのが申し訳ない気もする。
……でも、さすがに昼だしそろそろ起こさないと。
「エニ、もうお昼だよー」
そっと彼女の耳を撫でると、ぴくりと動いた。
でも、彼女はまだ寝ぼけたように顔を埋めたまま。
「……もうちょっと……」
「さすがにお腹すいたでしょ?」
そう言いながら、彼女のふわふわの耳を優しくつまむ。
「……ん……んん……」
エニが眉をひそめる。
そして――
ぐぅ~。
部屋に響き渡る、はっきりとした音。
エニがばねのように起き上がる。
「……エニ?」
「……っ」
彼女の耳がぴこぴこと動いたあと、そっと私の顔を覗き込んでくる。
「……聞こえた?」
「うん、ばっちり」
私が笑いながら言うと、エニの顔が一気に真っ赤になった。
彼女は慌ててしっぽを手元に持ってきて、もふもふの毛で顔を隠そうとする。全然届いてない。
「……聞こえてないことにして……」
「無理でしょ、あんなに可愛い音」
「……もー、ばか……」
しっぽで顔を隠したまま、エニはしょんぼりと身を縮める。隠せてないけど。
でも、そのしっぽの揺れ方が微妙に恥ずかしさを表していて、なんとも可愛らしい。
「よし、じゃあご飯食べに行こう」
「……とーこも、お腹すいてる?」
「うん、すっごくお腹すいた!」
「……そっか……」
彼女は少しだけしっぽをいじいじしたあと、ようやく立ち上がった。
でも、動きはまだちょっと鈍い。
ぐでんとした耳としっぽが、まだ完全に目が覚めていないことを物語っていた。
「……いっぱい食べてもいい?」
「誕生日なんだから、好きなだけ食べなー」
その言葉にエニの目がきらりと光る。
しっぽがふわっと揺れて、彼女は小さく頷いた。
宿屋の食堂に向かう途中、ふとエニの首元に目がいった。昨日渡したペンダントが、光を受けてほんのりと輝いている。
(……エニ、ちゃんとつけてくれてるんだ)
ペンダントの鎖が、彼女の肌に沿って細く揺れる。
シンプルだけど、それがエニにはよく似合っている。
(やっぱり、こっちにしてよかったな)
「エニ、そのペンダント、すごく似合ってる」
「……そう?」
「うん、すごく可愛い」
エニは少し照れくさそうにしっぽを丸めた。
「……ありがと」
私は彼女が嬉しそうにしているのを見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
食堂はそこそこ賑わっていて、冒険者らしき人たちが食事をしながら談笑している。木のテーブルと椅子が並び、窓から差し込む日差しが明るく店内を照らしていた。
香ばしい焼きたてのパンの匂いと、スパイスの効いた肉料理の香りが漂い、お腹の虫を刺激する。
「……ふぁぁ……」
エニがまだ眠たそうにあくびをしながら、私の隣の席に座る。
しっぽをふわりと丸め、耳はまだ半分眠っているようにぴくぴくと動いていた。
「エニ、何食べたい?」
「……肉」
「即答すぎない?」
「誕生日だから」
「……そっか」
私はエニのためにいくつか料理を頼んだ。
しばらくして、運ばれてきたのはボリュームたっぷりのごちそうだった。
こんがり焼かれた肉の塊、焼きたてのパン、たっぷり野菜のスープ。朝ごはんしてはかなり重ためだ。
「…………!」
エニのしっぽがぶんぶんと揺れる。
こういうところは本当に分かりやすい。
「いっぱい食べなー」
そう言うと、エニは満面の笑みを浮かべ、フォークを持ち、さっそく肉に手を伸ばした。
かぶりついて、もぐもぐと噛み締める。
「……おいしい」
そして、エニは私の方を見て、ふわりと笑った。
嬉しそうな顔でまるで「ねえ、とーこも食べなよ」と言っているみたいに。
(エニは、おいしいものを食べると、必ず私の方を見て笑うんだよね)
それが可愛くて、なんだか幸せで、私はつられて笑ってしまう。食事を進めながら、エニの幸せそうな表情を眺めていると彼女と目が合った。
「……ん?」
エニが私をじっと見つめる。
「とーこ、食べてない」
「あ、うん。エニが美味しそうに食べてるから、つい見ちゃってた」
「……」
エニは何かを考えるように少し視線を落とし、それから手元のパンをちぎる。
そのまま、私の口元に向かって差し出した。
「はい」
「え?」
「食べて」
「え、ええ……?」
何の悪びれもなく、エニはちぎったパンを私の口元へ持ってくる。
普通なら、こういうのって「あーん」ってちょっと照れながらやるものなんじゃないの!? 知らないけど!
エニはそういうの一切なく、本当にただ「食べてほしい」っていう気持ちだけで差し出してる。
(……不意打ちすぎるんだけど……!)
「……じゃあ、いただきます」
私はなんとなく誤魔化すように言いながら、パンを口に入れた。
――その瞬間。
エニの指の感触が、ほんのわずかに口先に当たる。
びくっと体が硬直する。
やばい、妙に意識してしまった。
なんか、すごく、変な感じがする……!
(なんなら、エニの指先もちょっと食べちゃった気がする……)
「……ん?」
エニが不思議そうに私を見上げる。
特に気にしている様子はない。
本人はたぶん無意識なんだ。
ただ単に、食べてほしいから渡しただけなんだろう。
それは分かってる。分かってるんだけど……!
「……あ、美味しい、です」
「んね」
エニは満足そうに頷きながら、また自分のパンをもぐもぐと食べる。
私はといえば、なんとも言えないもやもやを抱えながら、それを咀嚼するしかなかった。
(なんか……私だけ恥ずかしいのずるくない!?)
心の中で小さく抗議しながらも、エニの幸せそうな顔を見ていたら、まあ、これはこれでいいのかもな――なんて思えてしまうのだった。
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安心してくれ、もう付き合っちゃえよって作者が一番思ってる。