「ずるいよ……とーこは」
本日もよろしくお願いします。
本編の14、15話のエニ視点
闇の向こうに、ほんのりと朝の気配が滲んでいる。
とーこは隣で眠っている。
いつも通りの寝息。安心しきった、穏やかな表情。
あたしは膝を抱えながら、ぼんやりと空を見つめた。
(……愛されてるな)
そう思うたび、胸がぎゅっと締め付けられる。
とーこはいつだって、あたしに優しくて、あたしを気にかけてくれる。
今日だって、見張りの時間も、いつもより長くとーこがやってくれてた。
あたしがちょっと元気なかったから。ほんの少しでも、あたしが多く眠れるように。
何も言わなくても、さりげなく自然に。
とーこは、そういうことを「当たり前」みたいにする。
一緒にお風呂に入ると、髪を洗ってくれるし、魔法で乾かしてくれる。
宿屋で寝るときは、必ず一緒にいてくれた。
ご飯のときは「エニ、これ好きでしょ」って、おかずを分けてくれる。
――本当に、こんなこと、あっていいのかな。
牢屋にいた頃、あたしは「商品」だった。
喋るな、逆らうな、逃げるな──それが当たり前だった。
だから、そこで「優しさ」なんてものを知る機会はなかった。
商品としての価値はあったかもしれない。
でも、"エニ"という個人には価値がなかった。
だから――とーこの優しさは、最初から心地よかった。
最初に出会ったときから、「あ、この人は優しい人なんだ」って、不思議とわかった。
だから、初めてとーこと寝る夜には、耳を甘噛みしていた。
ありがとうって言葉の代わりに。
そうすることが自然だった。
そうすることで、自分が「ここにいていい」って思いたかった。
でも――
(本当に、こんなに愛されていいの?)
――あたしはとーこになにも返せないのに。
もし「どうして?」なんて聞いたら、彼女はきっと笑って「だって、エニは私の相棒だから」って言うんだろう。
それだけで理由になるって言わんばかりに、まっすぐな目で。
あたしは目を閉じる。
焚き火の暖かさとは別の、もっと心を締めつけるような温もりが思い出す。
「エニって、こういう旅じゃなくて、どこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって思ったりしない?」
その瞬間、何かが凍りついたみたいに、動けなくなった。
(……なんで、そんなこと聞くの)
あたしは、ただ一緒にいたいだけなのに。
とーこの言葉が、なんだか「いつかは離れることを前提にしている」みたいで、胸がぎゅっと締めつけられる。
(普通の暮らし……? どこかに落ち着く?)
どこで? 誰と? どんな風に?
――とーこは、そのときも一緒にいてくれるの?
嫌な考えが、頭の奥でぐるぐる回る。
落ち着いて普通に暮らすってことは、旅をやめるってこと? あたしは旅がしたいわけじゃない。とーこと一緒にいたいだけ。
じゃあ、旅をやめたら……あたしはどうなる?
とーこは……いなくなっちゃうの?
そんなの、絶対に嫌だ。
気づいたら、無意識に尻尾で布団をたたいていた。
たしーん、たしーん。
なんだか、心臓の音と同じリズムだった。
尻尾を動かすたびに感情が伝わる気がして、どうにか平静を保とうとする。
「……もう寝る」
そう言って、あたしはとーこから離れた。
背を向けて、布団に潜り込む。
(……寝られるわけない)
このままだと、不安で一睡もできそうになかった。
考えすぎないように目を閉じるけど、とーこの声が頭から離れない。
(あたし、どうすればいいの……?)
布団の中で小さく丸まりながら考える。
――とーこは、あたしを連れていってくれるのかな。
とーこと一緒にいられない未来が、怖くてたまらない。
こんなに近くにいるのに、背中が寒く感じる。
(……とーこ、こっち来てくれないかな)
そう思ったら、すぐに声が聞こえた。
「エニ、もしかして、勘違いさせちゃったかな」
とーこが、こっちに来てくれてる。
「エニがどこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって言っても、私はいっしょにいるよ」
その言葉を聞いた瞬間。
心の奥に張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。
――ああ、よかった。
彼女は、あたしを置いていかない。
安堵のせいか、手が勝手に動いてしまう。
布団を少しだけ持ち上げて、小さく言った。
「……入れば?」
布団の中にとーこが入ってくる。
隣にいる。ぬくもりがある。
それだけで、涙が出そうになる。
「私、エニと一緒なら、別に旅じゃなくてもいいんだよ?」
その言葉が、あたしの心を震わせた。
それが、たまらなく嬉しかった。だって、あたしはその言葉が欲しかったから。
「……ずっと一緒にいてくれるの?」
自分でも、ちょっと子供っぽい質問だなって思った。
でも、とーこは何の迷いもなく答える。
「もちろん」
(……ずるいよ)
魔物がたくさんいる世界。ずっと一緒にいるなんて、約束できるものじゃない。
だけど、今、この瞬間にとーこはそう言ってくれた。
そんな風に、理由なんてなく、ただ一緒にいるのが当たり前みたいな顔をするのが。
ずるいよ、とーこ。
あたしがどれだけ、そういうのに飢えてたかなんて、知らないくせに。
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