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「あなたが一番よ」

本日もよろしくお願いします。


今日から数話は幕間になります。


今回はご褒美回!!

 夜の帳が下りたレインダールの一角。賑やかな夜市の喧騒から少し離れた静かな路地の先に、私とミレイの住む部屋がある。

 鍵を開けるとすぐに馴染みのある香りが鼻をくすぐった。木の家具の匂いとほのかに残るラベンダーの香り。疲れた身体がすっと安らぐ。


「ふぅ~、今日は長かったね~」


 荷物や装備を適当に置きながら、大きく伸びをする。


「まぁ、あれだけいろいろあればね」


 ミレイの黒いシルクみたいな髪が、部屋の灯りを反射して美しく光る。

 私がブーツを脱いでいる間に、ミレイはさっさと上着を脱ぎ、椅子にかける。手際がいいのはいつものことだ。

 私はキッチンへ向かい、戸棚からワインを取り出した。


「お酒、飲もっか?」


 振り返ると、ミレイがソファに腰を下ろし、こちらをじっと見ていた。


「とりあえず、お風呂にしない?」


 きつい仕事ではなかったとはいえ、汗と埃が肌にまとわりつくような不快感があった。


「確かに、そうしよ~」


 ミレイは髪をかき上げながら、「先に入れば?」と自然に言う。

 彼女はそういう人だ。自分より相手を優先する。そういうところが好きだけど……。


「え~、私、ミレイと一緒に入りたいんだけど?」


 私がにやっと笑って近づくと、ミレイは少しだけ目を細めた。

 呆れたような、それでいて諦めの混ざった表情。

 私がこう言い出したら、結局最後はこうなるって、もうわかってるくせに。

 

 ミレイは深いため息をついた。


「はぁ……しょうがないわね」

「やったぁ~!」


 嬉しくなってミレイの腰に抱きつくと、「わかったから、もう……」と苦笑しながら頭を軽く撫でてくれた。


 シャワーを浴びると、熱いお湯が肩を伝い、全身の疲れが溶けていくようだった。

 ミレイは無言で、湯船の中から私の髪をゆっくりと指ですくう。


「ミレイ、髪洗って~」

「子供じゃないんだから……」

「いいじゃん、お願い」


 甘えた声で頼むと、ミレイは観念したように湯船から出ると、シャンプーを手に取る。

 ふわっと香るお気に入りの匂いが、湯気とともに漂ってきた。


「じゃあ、目閉じて」

「ん」


 目を閉じると、ミレイの指が優しく頭皮を撫でるように動く。

 指先がゆっくりと円を描きながら泡を立てるたび、心地よさが広がっていった。


「かゆいとこは?」

「もう少し右の方〜」

「はいはい」

 

 私は目を閉じたまま、もっとこの時間が続けばいいなと思った。


「ねぇ、ミレイ……」

「ん?」

「……好き」


 その言葉に、ミレイの指が一瞬止まる。

 目を開けて振り向くと、ミレイの頬が少しだけ赤くなっていた。


「……何よ、急に」

「なんか言いたくなっちゃった〜」

 

 そう言って、私は泡だらけのまま、ミレイの首元にそっと唇を寄せる。

 ほんの一瞬のキス。でも、それだけで伝えたい気持ちは十分に込めたつもり。


「……もう、せっかく洗ってあげてるのに……」


 そう言いながらも、ミレイは怒ることなく、ただそっと私の髪を流してくれた。



 シャワーの後、ふわふわのバスローブを羽織ったまま、私はキッチンでお酒のボトルを取り出した。


「そんなに飲むつもり?」

「え~? いいじゃん、せっかくだし、ほら、ミレイも飲もう?」


 私は瓶を片手にくるりと振り返る。

 ミレイは半乾きの髪をタオルで拭きながら、じとっと私を見た。


「はぁ……どうせ止めても飲むんでしょ?」

「バレてる~」


 私はケラケラ笑いながら、ミレイの隣にどかっと腰を下ろす。

 グラスを差し出すと、ミレイは小さくため息をつきながらも、私のグラスに自分のグラスをコツンと合わせた。

 

「……まぁ、たまにはいいかもね」


 一口飲むと、甘くてフルーティーな味が口いっぱいに広がる。私は深く息を吐いて、ソファに深くもたれた。


「ねぇミレイ、エニちゃん可愛かったよね! ずっととーこちゃんのそばを離れないし、とーこちゃん起きたら、甘えんぼ全開でさぁ!」


 私は上機嫌で喋りながら、ミレイの肩に寄りかかる。


「はぁ……またその話? 帰り道何回も聞いたわよ」


 ミレイは呆れたように言うけど、私は気にしない。むしろもっと語る。


「だって、可愛かったんだもん! あんな風に慕われるとーこちゃんも幸せ者よね~」

「……そうね」

「とーこちゃんも面白い子だったしさ、どうやってあの魔物倒したのか気になるよね?」

「……」

「エニちゃんの耳、ピコピコ動くのも可愛かった! とーこちゃんとお揃いの服着てたし」

「……」


 ……あれ、なんか冷たい。


「ねえミレイ、どうしたの?」

 

 顔を寄せると、ミレイは「別に」とそっけなく答えた。

 でも、その指先が、グラスの縁をなぞるように動いているのを見てしまった。


 ――あ、これは拗ねてるやつだ。

 

「ミレイさ~ん?」


 私はソファから身を乗り出して、ミレイの顔を覗き込む。


「もしかして~、嫉妬?」


 冗談めかして言うと、ミレイの眉がぴくりと動いた。


「別にしてないわよ」

「えぇ~? 絶対してるって~!」

 

 ぷいっと顔を背ける仕草が、拗ねてますって全力で言ってるようなものだった。

 その様子が可愛くて、思わず私はくすっと笑ってしまう。ミレイがこんなに分かりやすく嫉妬するなんて、珍しい。

 

「ミレイ」

「……なに」


 私はゆっくりと彼女の隣にくっつき、そっと腕を回して抱きしめた。

 すると、ミレイの肩がぴくっとわずかに揺れる。


「私はね、ミレイが一番よ」


 耳元で囁くようにそう言うと、ミレイは一瞬だけ息を詰まらせた。


「……嘘くさい」

「ほんとだよ~?」

「さっきまでエニちゃん可愛いって騒いでたくせに」

「でも、ミレイには敵わないもん」

「……っ」


 ぎゅっと腕の力を強めると、ミレイの体温がゆっくりと伝わってくる。

 彼女は照れ隠しなのか、私の肩に顔をうずめるようにしながら、小さく囁いた。


「……今日は何なの……?」

「言いたくなったんだも~ん」

「……ずるい」


 私はミレイの髪を優しく撫でながら、彼女の頬にそっと唇を落とす。


「ん……」


 ミレイがかすかに息を漏らし、肩の力がふっと抜けた。


「ミレイ、可愛い」

「……ばか」


 彼女が顔を伏せながらも、ぎゅっと私の服を掴む感触が伝わってくる。

 

 ――もう、たまらない。

 

 このままもっと、ミレイを甘やかしたくなってしまう。

 私はそっと彼女の顎に指を添えて持ち上げ、ゆっくりと唇を重ねた。


「ん……」


 触れるだけの軽いキス。

 でも、ミレイはすぐには離れなかった。


「……足りない」


 彼女が小さく呟いたその声に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。


 ――ああ、もうダメだ。


 私は彼女の背中を抱き寄せるように、今度は深く口づけた。


 

 窓の外では、夜の街の灯りがちらちらと揺れている。

 だけど、この部屋の中はただ静かで、穏やかで――甘ったるい空気だけが漂っていた。


 ベッドの上で、私はミレイを抱きしめている。

 ミレイの背中に腕を回し、頬をそっと寄せる。

 互いの体温が、溶けあうみたいに馴染んでいく。


「……ミレイ?」


 腕の中にいるミレイの髪を、私はそっと指で梳いた。

 細く柔らかな黒髪が、指の間を滑る。


「起きてる~?」


 私が耳元で囁くと、ミレイの腕がぎゅっと背中に回された。しっとりとした肌が触れ合い、熱を持つ。

 

「……半分」


 ミレイがくたくたになった声で私の肩に顔を寄せる。ちょっと掠れた声が、私の耳に優しく落ちる。

 彼女の指先がどこかぼんやりとした動きで私の背中をゆっくりとなぞる。

 繋がっていた時間の名残を確かめるように、肌の温度を辿っていた。


「ねぇ、ミレイ」

「……なに?」

「今、すごく幸せ」


 そう言うと、ミレイは少しだけ顔を上げて、まっすぐ私を見た。

 夜の光のせいか、それとも少し泣いたせいか、彼女の瞳はどこか潤んで見えた。


「……私も」


 小さな声でそう言うと、ミレイはまた私の胸元に顔をうずめる。


「ふふ、甘えんぼ~」

「うるさい」


 むくれたような声が、愛おしい。

 私はそっとミレイを抱き寄せた。

 彼女の指先が私の頬を撫で、鎖骨のラインをなぞり、すっと胸元へと滑り落ちる。

 触れるだけの動きなのに、そこには確かに名残惜しさが滲んでいた。


「……私は、ミレイが一番よ」


 いつも冷静で大人びているミレイが、こんな姿を見せるのはきっと私だけだ。

 私はそっと彼女の耳元に唇を寄せる。


「一番愛しいし、一番大切だし、一番……」


 その言葉を最後まで言わせることなく、ミレイが私の唇を塞いだ。

 驚く間もなく、柔らかな温もりが触れて、息が絡まる。

 ミレイの指先がそっと私の背をなでる。

 やがて、名残惜しげに唇が離れた。


「……まだ足りないの?」


 囁くようにそう言うと、ミレイの指が私の胸元にそっと触れた。


「……リーナが悪いのよ」


 掠れた声で、ミレイが小さく囁く。

 

「なにが?」

「……そんな風に言うから……」


 ミレイはそっと目を閉じて、私の首に腕を回した。


「……ん」


 唇を重ねると、最初はゆるく触れるだけだった。

 けれど、次第にミレイの唇が焦れるように動き始める。


 ミレイの腰を抱き寄せると、彼女はゆっくりと唇を開いた。すると、ミレイの吐息が甘く震えて、そっと彼女の中に溶け込むように舌が触れた。


「……ふ、ぁ……」


 ミレイがわずかに息を詰める。

 絡み合う舌の熱にゆっくりと溺れるように、ミレイは私にすべてを預けてくる。

 私はその背を撫でながら、さらに深く唇を重ねた。

 舌を絡めるたび、ミレイの指が私の肩をきゅっと掴む。


「……んっ……」


 シーツが微かに擦れる音と、唇が触れ合う音だけが静かに響く。

 息が混ざり、熱が滲み、どこまでも甘く溶けていく。

 やがて、ミレイの唇が離れる。

 名残惜しそうに、彼女の舌が一度だけ私の唇をなぞった。

 私は彼女をもう一度深く抱き寄せた。

 ミレイの体温が直に伝わる。鼓動がすぐ近くにあるのが分かる。


 彼女の髪を指ですくいながら、そっと唇を落とした。

 触れるだけじゃ足りないと言わんばかりに、彼女はさらに強く私を求める。

 

「……好きよ、リーナ」


 ほんの一瞬、迷うように、それでも確かに私の背を掴むミレイの指が力を込めた。

 その声がどこか震えているのが愛しくて、私はミレイの頬にそっと手を添える。


「ふふ、知ってる」


 そう囁いてから、もう一度、深く、長く口づけた。


 ――夜は、まだ長い。

1話だいたい2000文字前後でおさめようとしてたのに、文字数倍になっちゃった……。


たまにはこういう話もありでしょう。


この話を早く投稿したかった!


読んでくださりありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。


特に感想!! 感想貰えると執筆モチベが上がります

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