第19話 「とーこ、起きてよ」
本日もよろしくお願いします。
モンハン楽しい……
「とーこ!」
あたしの声が、森の中で虚しく響いた。
とーこの顔は青白く、浅い息を繰り返すだけ。彼女の手を握れば、その冷たさに思わず息を呑む。
「なんで……なんで……?」
全身の力が抜ける。震える指先で彼女の髪をそっと払う。
ほんの数分前まで、隣で笑って、いつもの調子でふざけていたのに。
「とーこ……っ」
――守れた。
本当に?
あたしは、とーこを守れたの?
どうしてこんなことになってるの?
手のひらに感じるとーこの冷たさが、そんな疑問を突きつけてくる。
こんな彼女を見るのは初めてだった。
ちょっと強がりで、耳とか尻尾を撫でるのが好きで、いつもあたしを守るんだって笑っていた彼女が、今はこうして目を閉じている。
体の奥に残っていた熱が、徐々に冷えていく。
初めて自分の力を出し切った。初めて全力で戦った。
体の芯がじんじんと痺れる。
それは興奮の余韻か、それとも、疲労か――。
分からない。ただ、目の前に倒れたとーこが、怖いほど静かで――。
「……大丈夫だからね。絶対」
あたしは彼女を抱え上げた。
とーこはあたしより頭一個分くらい大きい。それでも、力を込めれば持ち上げられる。
どれだけ重くても、どれだけ疲れていても、とーこを置いていくなんて考えられなかった。
魔物からほんの少し離れた木陰に、とーこをそっと横たえた瞬間。カサ、と草を踏む音がした。
「……誰?」
とっさに耳を立て、警戒する。
とーこの体を庇うように立ち上がると、茂みの奥から二人の人影が現れた。
一人は明るい金髪をポニーテールにまとめ、陽気な笑顔を浮かべている。
もう一人は黒髪のショートカットで、落ち着いた表情の女性。
二人とも、軽装の鎧をまとい、腰に武器を携えている。
……強い。
とーことは違うタイプの強さを感じる。とーこよりも年上に見えるし、場慣れしてる感じがする。
あたしの喉が、緊張でカラカラに乾く。
敵かもしれない。
今のあたしはもう魔法を使えない。体が重くて、戦う力が残ってない。
とーこは――倒れてる。
この二人が、もし敵だったら?
あたしが戦えないなら、とーこを守れない。
とーこを守れなかったら、どうなる?
――今度こそ一人になっちゃうかもしれない。
嫌だ。そんなの、嫌だ。
「そんなに怖がらないで。私たちは冒険者よ~」
金髪の女性がひらひらと手を振った。
その笑顔を見ても安心できない。
あたしや家族を捕まえた人間だって、最初はそんな笑顔だった。
(……嘘かもしれない)
敵意を隠してるだけかもしれない。
この人たちは人間だ。
――とーこみたいに、優しいとは限らない。
「……冒険者?」
あたしの声は、少しだけ震えていた。
それに気づかれないように、ぎゅっと拳を握る。
「私はリーナ。こっちは相棒のミレイ」
金髪の女性――リーナがミレイの肩に腕を回す。
ミレイは少し呆れたようにしながらも、否定はしなかった。そして視線が倒れてるとーこに向く。
「倒れてるけど……大丈夫なの? ケガは?」
リーナが心配そうに言った。
……敵意は感じない。
でも、信用していいのか分からない。あたしがじっと二人を睨みつけていると、ミレイが小さく息を吐いた。
「大丈夫。何もしないわ」
そう言いながら、ミレイはゆっくりと腰の武器を外して、地面に置いた。
「……?」
「あなたを怯えさせたくないから」
その言葉を聞いて、あたしは唇を噛む。
――怯えてるの、バレてる。
バレたくなかったのに。強いふりをしたかったのに。
「……何が目的?」
気づけば、あたしは低く唸るような声で言っていた。
この人たちも、他の人間みたいに、あたしを捕まえようとしているのかもしれない。
リーナは目を丸くしたあと、ふっと微笑んだ。
「安心して。私たちは味方よ~」
リーナが優しく微笑む。
それは、あたしを安心させようとする笑顔だった。
どうしようもなくとーこに似ている気がして――でも、違う。
この人は、とーこじゃない。
信じていいの?
あたしは信じて、裏切られてきた。
それでも、とーこがいたからもう一度信じることができた。
なら、この人たちも?
……信じていい?
ふと、とーこの顔を見た。
彼女はまだ目を閉じたままだけど、穏やかな表情をしている。
——とーこなら、なんて言うだろう?
そんなことを考えて、あたしは少しだけとーこの手を握りしめた。
「魔力を限界まで使い切ったみたいね」
ミレイがとーこを見て小さく頷いた。
それを聞いて、あたしの体から少しだけ力が抜ける。
とーこの手を、もう一度握った。さっきより少し強く。
指の隙間から、微かにとーこの体温が伝わる気がした。
「……大丈夫なの?」
「ええ。魔力欠乏症ね。少し休めば目を覚ますわ」
そう言われても、不安は消えなかった。「本当に?」 と聞きたかったけど、声には出せなかった。
もし、目を覚まさなかったら?
もし、このままずっと――。
「……あんまり考えすぎないことね」
そう言って、ミレイが静かに言葉を継いだ。
「心配する気持ちは分かるけど、こういう時こそ落ち着くこと」
あたしはとーこの手をぎゅっと握りしめた。
すぐに目を覚ます。そう信じるしかない。
「……それにしてもあなた達って、すごく強いんだね~。あの魔物を倒しちゃうなんて」
「……とーこが、守ってくれた」
「ふぅん?」
リーナはあたしの言葉を聞いて、面白そうに目を細めた。
「その子、とーこっていうのね」
リーナがとーこを見ながら、ふわっと微笑む。
「それで、あなたは?」
「……エニ」
「エニ! かわいい名前ね~!」
リーナが顔の近くで手を合わせ軽快に笑う。
「じゃあ、エニ。看病手伝って」
ミレイがそう言い、さっき倒した魔物の近くにいたリーナが笑顔で言葉を継いだ。
「それと、魔物の後始末もね~」
リーナは鞘からすらっとした細身の剣を抜き、魔物の鱗を軽くなぞった。
――カンッ。
金属を叩いたような高い音がした。
「……え?」
リーナの動きが止まる。
「ミレイ、これ……ちょっと見てみて?」
剣の先端で剥がした鱗を拾い上げる。
黒っぽい金属光沢を放っているそれを、ミレイがじっと観察する。
「……普通の鱗じゃないわね。妙に硬いし、輝きが違う。まるで、魔力が染み込んで強化されたみたい」
「ねえ、エニちゃん」
リーナがあたしに向き直る。
「あなた達がこの魔物を倒したのよね?」
「……うん」
「どうやって?」
「……? 魔法で」
「もしかして、その魔法の影響で鱗の性質が変化したのかもしれないわね~」
リーナが笑いながら、宝石みたいに輝く鱗を手に取った。
「ねえ、エニちゃん。これ、かなり高く売れるかもしれないわよ~?」
「……とーこが起きたら、話してみる」
そう呟くと、リーナがニコッと笑って、「それがいいわね~」と言った。
――――
「あなたたち、二人旅?」
リーナが問いかける。
あたしが頷くと、彼女は少しだけ目を細めた。
「家族とはいっしょじゃないの?」
突然の問いに、あたしは一瞬言葉を失った。
悪気はないのかもしれない。ただの会話の流れなのかもしれない。
でも、何も考えずに答えられるような質問じゃなかった。
「あたしは……」
そこまで言って、言葉が出なかった。
「……リーナ」
ミレイが静かに名前を呼ぶ。
その声音は、ほんのわずかだけ、リーナを制するようだった。
「あ、ごめんね~。つい聞いちゃった」
リーナは軽く苦笑して、肩をすくめる。
その表情に悪意はない。
分かってる。分かってるけど、どう返せばいいのか分からない。
答えなきゃいけない? でも、なんて言えばいいの?
そんなことをぐるぐる考えて――口から出たのは、話の流れとは関係のない別の言葉だった。
「だいじょぶ。とーこが助けてくれたから」
それがすべてだった。
昔のことは、話したくない。でも、あたしは今、一人じゃない。とーこと一緒にいる。
そのことを言葉にしたら、少しだけ心が軽くなった。
「そっか~、じゃあ、この先も安心だね~」
リーナはふわりと微笑んで、ポンとあたしの肩を叩く。まるで、「大丈夫」と言うみたいに。その温もりが、一瞬だけ、とーこの手の温もりと重なった気がした。
むずがゆいような、でも少しだけ嬉しいような、そんな気持ち。
とーこの寝顔を見る。
彼女はまだ目を覚まさないけれど、穏やかな顔をしている。
「リーナも私も、獣人に偏見はないわ。むしろあなたがこうして彼女を守ろうとしている姿には感心する」
「海の向こうでは獣人と人間が普通に一緒に暮らしてる国があるって聞くしね~」
ミレイが優しくそう言い、リーナも笑顔で頷く。
あたしも小さく頷きながら、とーこの顔をそっと撫でた。とーこが倒れている間、リーナとミレイは手際よく魔物の鱗を剥ぎ取っていった。
「こういう鱗は職人たちが防具の素材に欲しがるのよ~」
リーナが楽しそうに言う。あたしはその光景をじっと見つめていた。
「……こういうの、慣れてるんだね」
「まあ、冒険者としては基本の仕事だからね~」
リーナは誇らしげに胸を張りながら答える。
「エニちゃんも戦えるみたいだけど、こういう仕事は慣れてないの?」
「……まだ、旅を始めたばっかりだから」
あたしが小さく答えると、リーナが少し笑いながら私を見た。
「大丈夫よ~。そのうち慣れるわ。ね、ミレイ?」
「そうね。むしろ、彼女が目を覚ましたら、ちゃんと教えてあげたらいいんじゃない?」
その言葉にあたしは頷いた。
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