第16話 「私はエニを信じるよ」
本日もよろしくお願いします。
「とーこ、起きて」
肩を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、競うように伸びた木々の隙間から、まだ薄暗い空が目に入った。朝の冷たい空気が森の中をしっとりと包み込んでいる。ぼんやりとした頭を振りながら起き上がると、エニがしゃがみこんで私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう」
エニはそう言いながら、私の隣に腰を下ろした。
「おはよう、エニ。見張りどうだった?」
「何も出なかったよ」
エニが軽く笑って答える。その表情はどこか誇らしげで、いつもより柔らかい雰囲気を纏っている。
「大丈夫? 眠かったら言ってね」
私が少し心配そうに尋ねると、エニは小さく頷き、尻尾をふわりと揺らした。
彼女の頭を軽く撫でると、エニは少し恥ずかしそうにしながらも、こちらに寄りかかってくる。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
彼女の小さな声に思わず笑ってしまう。他の人が見たら、ただの甘えん坊に見えるんだろうなと思いつつ、私はエニの頭に手を置き続けた。
「そろそろ準備しようか。首都に向かわなきゃ」
「……もうちょっと」
エニは私の袖を軽く摘んだ。私は仕方なく、少しだけその時間を許してしまった。
朝食を簡単に済ませ、首都に向けて歩き出してから半日ほど経った頃、私は周囲の空気に違和感を覚えた。森の中なのに物音がしなさすぎる。まるで何かが周囲の生き物を黙らせたかのような静けさだ。木々の葉が不気味に揺れ、生暖かい風が頬を撫でる。いつもの森の匂いとは違う、何とも言えない異臭が漂っていた。
「……なんか静かすぎない?」
「……うん」
エニの耳がピクリと動き、足が自然と止まる。森の中に響いていた鳥のさえずりや風の音は完全に消え、どこか重苦しい空気だけが漂っていた。
「何かいる」
エニの声が、かすかに震えていた。
彼女の尻尾が、無意識にふわりと膨らむ。
――嫌な予感がする。
エニが呟いたその瞬間、道脇の茂みが突然激しく揺れた。
「っ……!」
エニの肩がびくっと跳ねる。
私も思わず息を呑んだ。
そして次の瞬間、巨大な影が茂みの中から飛び出してきた。それは、全身が銀色の鱗に覆われたゴリラのような魔物だった。
巨大な前足で地面を叩きつけ、唸り声を上げながら真っ赤な瞳でこちらを睨みつける。
「……あれ、絶対にやばいやつだよね」
私は手に汗を握りながら、魔物から視線を外さないようにした。
めちゃくちゃ温厚な魔物であって欲しいけど、そんなことなさそう。顔まで鱗で埋め尽くされていて、見た目がもう強い。こんな事なら魔物図鑑しっかり読めばよかったな。
鱗がついててゴリラみたいだから……えーっと、鱗ゴリラって呼ぼう。略してうろゴリ!
……うん、そんなこと考えてる場合じゃない。こっち見てる。すごく睨んでる。
「………………」
うろゴリがジリジリと距離を詰めてくる。
すんなり逃がしてくれそうにもない。
(どうしよう……戦うしかないのか)
私はエニを守るように前に立った。うろゴリは唸り声を上げながら、さらにこちらに迫ってくる。
心臓が早鐘のように鳴っている。
戦うしかない。負けられない。
――そうわかっているのに、体がこわばる。
深呼吸しようとしても、喉が詰まって息がうまく入らない。全身の毛穴が開くような感覚。背筋に冷たい汗が流れる。
(落ち着け、落ち着け……! 私には魔法が――)
背後で、エニが息を呑む音がした。
「……とーこ」
私の袖を握る手が、さっきよりも強くなっている。
ぎゅっと握りしめられた指先が、小さく震えているのがわかる。
(エニも怖いんだ)
当然だ。
今まで旅をしてきたけど、実際に魔物と戦ったことなんてない。
私だって、ハレヤカ村で倒したタイガーベアは運が良かっただけ。あれは、魔法が偶然うまくいったから倒せただけで、今回も上手くいくとは限らない。
(でも、今回は近くにエニがいる)
エニと出会った日の夜、彼女は確かに「じゃあ、あたしもとーこを守る」って言った。
私はその言葉を信じようと思う。
「……エニ、一緒に戦おう?」
震える彼女の手を私はぎゅっとに握った。彼女の耳は伏せられ、尻尾は小さく丸まっている。
でも――
エニは小さく震えながら、ぎゅっと拳を握りしめた。少し潤んだ瞳で私を見上げる。
「……うん、一緒に!」
その声はかすかに震えていたけど、その琥珀色の瞳はしっかりとうろゴリを見据えていた。
「よし!」
私はエニの手を離し、うろゴリに向き直った。
その瞬間――
地面を踏みしめる重い音が響き、うろゴリが一気に距離を詰めてきた。
うわぁ! 来ないで!
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