第15話 「絶対に」
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昨日の夜のこともあって、私は目覚めた瞬間から、なんとなく頬がゆるんでしまう。
隣を見ると、エニはまだ小さく丸まって寝ていた。
銀色の髪がふわふわと揺れて、耳が時折ぴくりと動く。
布団からはみ出した尻尾が、ゆっくりと小さく揺れているのが可愛い。
(……もうちょっと見ていたいな)
そんなことを思っていたら、エニがのっそりと動き、薄く目を開けた。
「……ん」
「おはよ、エニ」
「……まだねむい……」
エニは私の胸に顔を埋めて、もぞもぞと動く。耳がだらりと垂れ、尻尾も布団の中でぐでんとしている。
私はふっと笑って、彼女の耳を軽く撫でた。
「おう、おはよう!」
村を出発する準備をしていると、昨日「ハレヤカ村」の話をした丸太のような腕をした男性が再び声をかけてきた。
「あんたら。首都に向かうんだろう? これ持っていきな。朝飯にちょうどいいだろう」
「わ、ありがとうございます!」
私は嬉しくなって、エニの方を見る。
エニは寝起きのふにゃっとした顔のまま、無言でパンを受け取った。
「お嬢ちゃん、昨日は子供たちとずいぶん仲良くしてたな」
「……仲良く、してない」
エニはそっぽを向いているけど、しっぽの先がほんの少し揺れている。
村人のおじさんは楽しそうに笑い、私もつられて笑ってしまった。
「さて、それじゃそろそろ行こうか」
「……うん」
村の出口まで歩くと、昨日遊んでいた子供たちが数人集まっていた。
手を振って、口々に「またねー!」と声をかけてくる。
エニは複雑そうな顔をしながら、それでも小さく手を振った。
私はその様子を見て、微笑ましくなる。
村を出ようとした時、おじさんが真面目な顔をして話しかけてきた。
「首都までは二日もあれば着くだろう。でも、気をつけるんだぞ?」
「気をつける……?」
おじさんの言葉に、私は首を傾げる。
「首都ってのは賑やかで楽しい場所でもあるが、獣人にとっては必ずしもそうとは限らない。労働力として使われたり、研究対象として目をつけられたりすることもあるからな」
その言葉に、私は思わずエニの方を見た。彼女は少し身を縮めるようにして、黙って足元を見つめている。
おじさんは肩をすくめて少し申し訳なさそうにしていたが、エニの様子を見て優しく微笑んだ。
「まあ、そういう話もあるってことだ。けど、お前さんたちなら大丈夫だろう」
その言葉に、私はふっと息をついた。
「気をつけてな」
おじさんは軽く手を振って去っていった。私もその背中を見送りながら、小さく頷く。
村の門を抜けると、広がるのはいつもの旅路。空は澄み渡り、道はどこまでも続いている。
しばらく無言のまま歩いていると、鳥の声が遠くから聞こえてきた。それがかえって静けさを強調しているようで、私は何を話そうか迷った。
エニも口を開かない。
ときどき、何かを考えているように耳を動かしていたけれど、それ以上の反応はない。
そんな時間が続くうちに、いつの間にか日が傾き、空が茜色に染まっていた。
夕方になり、木陰の少し開けた場所に小さな焚き火を作った。
薪がはじける音が静寂の中に響き、オレンジ色の炎が辺りを温かく照らしている。
私は夕食を準備しながらエニの方をちらりと見た。彼女はじっと焚き火を見つめ、尻尾が動かないまま膝を抱えていた。
「……朝の話、気にしてる?」
私は薪をくべながら尋ねた。炎が揺れるたびに、エニの横顔が浮かび上がる。彼女は一瞬私を見てから、小さく頷いた。
「……うん」
その返事には不安が滲んでいた。
彼女の耳は下がり、尻尾も力なく垂れている。あんな風に怯えた様子を見せる彼女が愛おしくもあり、彼女の過去を思うと胸が痛んだ。
「大丈夫だよ」
私は笑顔を作りながらエニを見つめ、軽く手を広げた。
「私の魔法、言ったことが現実になるんだから。エニを守るって言ったら、ちゃんと守れるよ」
エニは驚いたように顔を上げ、少しだけ目を見開いた。
「……本当に?」
「本当に。エニは私の大事な相棒だもん」
私は微笑んでエニの隣に移動し、そっと彼女の頭に手を置いた。
「絶対に捕まらせない。もしそんなことがあったら、絶対私がエニを取り戻すから」
その言葉に、エニは少し間を置いてから小さく頷いた。
潤んだ瞳で私を見上げる彼女の姿に、私は思わず胸が熱くなった。
「……ありがと」
彼女はそう呟くと、そっと私の胸に顔を埋めた。尻尾がわずかに揺れているのがわかり、その仕草に私は自然と笑顔になった。
私はエニの頭を優しく撫でながら、自分の言葉がただの慰めで終わらないよう、強く心に誓った。
「見張りは私からやるから、焚き火が消える前にちゃんと寝な」
私が言うと、エニは小さく「……うん」とだけ答えた。
エニが寝息を立てる頃、私は空を見上げていた。満天の星が輝き、村の静かな夜を思い出す。
村で過ごした時間は短いながらも心に残るものだった。笑顔で迎えてくれる人々、温かな食事、そして穏やかな空気――全てが心を休めてくれる場所だった。
「首都も、あんな風に居心地が良い場所だといいけど」
私は小さく呟いたが、返事は当然返ってこない。
ただ隣で眠るエニの呼吸が、焚き火の音に混ざって聞こえるだけだった。
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