表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼の耳としっぽ、そして私  作者: 加加阿 葵
第2章 狼の耳としっぽ、そして道連れ
17/97

第14話 「うん。もう二度と言わないよ」

本日もよろしくお願いします。

 夕食を済ませ、風呂から上がると、部屋には温かな湯気の名残が漂っていた。

 ランプのやわらかな光が天井に揺れて、静かな夜の空気が広がる。


 私はベッドの上に腰掛け、魔物の図鑑を眺めていた。ゲームの攻略本を見てるみたいで、いまいち現実味がない。


 その横で、エニが静かにベッドの縁に腰を下ろした。

 風呂上がりの銀髪がふわりと揺れて、顔が少し赤い。

 エニは膝の上で尻尾を抱えながら、無言でふわふわと撫でている。子供たちとの鬼ごっこで体力を削られたせいか、エニは普段よりもだるそうだ。


 私は、なんとなく彼女の横顔を見た。


「ねえ、エニ」


 ふと、さっきから考えていたことが口をつく。


「エニって、こういう旅じゃなくて、どこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって思ったりしない?」


 ――その瞬間。


 エニの尻尾を撫でていた手が止まり、ピクリと耳が動いた。


 しばらく沈黙が続いた。


 たしーん、たしーん。


 尻尾で、布団を叩く音が響く。

 一定のリズムで、ゆっくり、静かに。


「……エニ?」

 

 なんだか嫌な予感がして、私はそっと声をかける。

 でも、エニは何も言わず、ただ尻尾を動かしている。

 しばらくそうしていたあと、エニはぽつりと呟いた。


「……もう寝る」


 その言葉と同時に、エニはふわりと立ち上がり、向かい側のベッドへと向かう。

 もそもそと布団に潜り込み、すっぽりと包まる。


 耳だけがぴょこんと外に出ていた。


「えっ、えっ?」


 私は突然の展開についていけず、布団の中に隠れたエニをぽかんと見つめた。

 

 普段なら、エニは私の隣で寝るのが当たり前になっていた。

 でも、今日は別のベッドに入った――それが意味することは明白だった。


 私は、静かにベッドを降りて、エニのベッドの前にしゃがみ込んだ。

 耳だけを出しているエニに、そっと声をかける。


「エニ……?」


 そっと呼びかけると、ぷいっと完全に背を向け、ぴくりとも動かない。


 どうしよう、どうしたら機嫌を直してくれるんだ……!?

 私は焦りながらエニの耳を見つめる。その先がわずかに震えているのは――もしかして怒ってる? それとも、拗ねてる?


 私は混乱しながらも、布団越しにエニを見つめる。

 そして、はっと気づいた。


(もしかして……私が“普通の暮らし”とか言ったから、一人にされちゃうんじゃないかって思わせちゃった?)


 私が普通の暮らしがしたいかって聞いたことで、「じゃあ、旅はここまでにする?」とか、「どこかに一人で住む?」みたいな流れになると思ったのかもしれない。


 だから、不安になって……拗ねた?


(あー……もう、本当に……)


「エニ」


 無言。


「もしかして、勘違いさせちゃったかな」


 ピクリと、耳が動く。


「エニがどこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって言っても、私はいっしょにいるよ」


 しばらく、静寂が続いた。

 やがて、完全に背を向けていたエニがもそもそっと動き、こちらを向くと、ぴょこっと顔を出した。

 

 そして、布団が少しだけ持ち上げられる。


「……入れば?」


 小さな声が、耳元で落ちる。


 私はふっと笑って、そっと布団の中に潜り込んだ。二人きりの時くらいもっと素直になってもいいのに。


 温かな空気の中で、エニがすぐ隣にいる。吐息が頬にかかるほど近い距離で、私は彼女の頬をそっと撫でながら、目を合わせた。


「私、エニと一緒なら、別に旅じゃなくてもいいんだよ?」


 そう言うと、エニの瞳が揺れる。


「……ずっと一緒にいてくれるの?」

「もちろん」


 エニの耳が小さく動く。

 そして、ほんの少し、安堵したように息を吐いた。


「……もう二度と、あんなこと言わないで」


 小さな声が、布団の中に響く。

 私はぎゅっとエニを抱きしめて、目を閉じた。

 

 しばらくすると、肩に鋭いものが優しく触れる感覚がした。

 いつもより強く噛んでいるのか、少しだけ痛い。

 でも、甘噛みの意味を知った私にはその痛みすら愛おしかった。

 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ