第14話 「うん。もう二度と言わないよ」
本日もよろしくお願いします。
夕食を済ませ、風呂から上がると、部屋には温かな湯気の名残が漂っていた。
ランプのやわらかな光が天井に揺れて、静かな夜の空気が広がる。
私はベッドの上に腰掛け、魔物の図鑑を眺めていた。ゲームの攻略本を見てるみたいで、いまいち現実味がない。
その横で、エニが静かにベッドの縁に腰を下ろした。
風呂上がりの銀髪がふわりと揺れて、顔が少し赤い。
エニは膝の上で尻尾を抱えながら、無言でふわふわと撫でている。子供たちとの鬼ごっこで体力を削られたせいか、エニは普段よりもだるそうだ。
私は、なんとなく彼女の横顔を見た。
「ねえ、エニ」
ふと、さっきから考えていたことが口をつく。
「エニって、こういう旅じゃなくて、どこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって思ったりしない?」
――その瞬間。
エニの尻尾を撫でていた手が止まり、ピクリと耳が動いた。
しばらく沈黙が続いた。
たしーん、たしーん。
尻尾で、布団を叩く音が響く。
一定のリズムで、ゆっくり、静かに。
「……エニ?」
なんだか嫌な予感がして、私はそっと声をかける。
でも、エニは何も言わず、ただ尻尾を動かしている。
しばらくそうしていたあと、エニはぽつりと呟いた。
「……もう寝る」
その言葉と同時に、エニはふわりと立ち上がり、向かい側のベッドへと向かう。
もそもそと布団に潜り込み、すっぽりと包まる。
耳だけがぴょこんと外に出ていた。
「えっ、えっ?」
私は突然の展開についていけず、布団の中に隠れたエニをぽかんと見つめた。
普段なら、エニは私の隣で寝るのが当たり前になっていた。
でも、今日は別のベッドに入った――それが意味することは明白だった。
私は、静かにベッドを降りて、エニのベッドの前にしゃがみ込んだ。
耳だけを出しているエニに、そっと声をかける。
「エニ……?」
そっと呼びかけると、ぷいっと完全に背を向け、ぴくりとも動かない。
どうしよう、どうしたら機嫌を直してくれるんだ……!?
私は焦りながらエニの耳を見つめる。その先がわずかに震えているのは――もしかして怒ってる? それとも、拗ねてる?
私は混乱しながらも、布団越しにエニを見つめる。
そして、はっと気づいた。
(もしかして……私が“普通の暮らし”とか言ったから、一人にされちゃうんじゃないかって思わせちゃった?)
私が普通の暮らしがしたいかって聞いたことで、「じゃあ、旅はここまでにする?」とか、「どこかに一人で住む?」みたいな流れになると思ったのかもしれない。
だから、不安になって……拗ねた?
(あー……もう、本当に……)
「エニ」
無言。
「もしかして、勘違いさせちゃったかな」
ピクリと、耳が動く。
「エニがどこかに落ち着いて普通の暮らしがしたいって言っても、私はいっしょにいるよ」
しばらく、静寂が続いた。
やがて、完全に背を向けていたエニがもそもそっと動き、こちらを向くと、ぴょこっと顔を出した。
そして、布団が少しだけ持ち上げられる。
「……入れば?」
小さな声が、耳元で落ちる。
私はふっと笑って、そっと布団の中に潜り込んだ。二人きりの時くらいもっと素直になってもいいのに。
温かな空気の中で、エニがすぐ隣にいる。吐息が頬にかかるほど近い距離で、私は彼女の頬をそっと撫でながら、目を合わせた。
「私、エニと一緒なら、別に旅じゃなくてもいいんだよ?」
そう言うと、エニの瞳が揺れる。
「……ずっと一緒にいてくれるの?」
「もちろん」
エニの耳が小さく動く。
そして、ほんの少し、安堵したように息を吐いた。
「……もう二度と、あんなこと言わないで」
小さな声が、布団の中に響く。
私はぎゅっとエニを抱きしめて、目を閉じた。
しばらくすると、肩に鋭いものが優しく触れる感覚がした。
いつもより強く噛んでいるのか、少しだけ痛い。
でも、甘噛みの意味を知った私にはその痛みすら愛おしかった。
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