第13話 「私の事好きすぎじゃん?」
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本屋に入ると、木の香りがふわりと鼻をくすぐった。
並べられた本の背表紙がきっちり整えられていて、落ち着いた雰囲気の店内。窓から差し込む陽射しに、漂う埃が金色に輝いている。本棚の合間から漏れる光が、木目を優しく照らしていた。
天井の高い本棚には、所々に踏み台が置かれていて、村の人々が思い思いの本を手に取っていた。
「へぇ、思ったよりしっかりした本屋だね」
「……うん」
エニは相変わらず興味なさそうに、店の入り口で立ち止まっていた。
本というもの自体に関心が薄いのか、それともこういう室内の雰囲気が苦手なのか。
店内はこぢんまりとしていたが、棚にはずらりと本が並んでいる。
(おお、思ったより品揃えいいな……)
適当に本を手に取ってみると、大陸の歴史に関するものが多い。
(大陸の地図とあとは……旅のすすめ! 今の私たちにぴったり!)
でも、今回の目的はそれだけじゃない。
私が個人的に調べたいことはエニの事だ。彼女についてもっと知りたい。特に私を噛んでくる理由を!
軽く店内を見渡すと、エニは入り口付近の本棚の前に立ったまま、じっと動かない。
「何か面白い本あった?」
私が聞くと、エニはつまらなそうに首を横に振った。
「本、好きじゃない」
「だよねー、でも、せっかくだし何か一冊くらい買ってみたら?」
「……読まない」
「ですよね~」
私はエニの目を盗むように獣人の本が置かれた棚に向かった。
手に取ったのは『獣人学入門』という本。
(これでエニの甘噛みことが分かるかな……?)
さっそくページをめくるが――
【獣人は多種多様な種族がおり、各々の文化も異なる。そのため、一概に獣人全体の習性を語ることは難しい】
「……えぇ」
思わずため息が出る。広すぎる。
獣人といっても、エニみたいな狼はもちろん、虎や熊、さらには鹿や兎まで。種族の数だけ文化があるなんて、どこから調べれば良いんだろう。
(じゃあ、エニに当てはまるのは……)
さらに棚を探していくと、『狼の生態と習性』という本を見つけた。
「お、これなら!」
これなら、エニのことがもっと分かるかもしれない。
私はエニをチラ見しつつ、本を開いた。エニが何やら本の挿絵を眺めているが、顔がかなり退屈そうだ。しっぽもぐでんとしている。
(かわいそうだから、早く済ませなきゃ)
ページをめくっていくと、狼の狩りの習性や群れの構造についての説明が続く。
その中に、気になる一文を見つけた。
【狼は相手への愛情表現として相手を甘噛みすることがあります】
私は思わず本を閉じた。
いやいやいや、でも、もしかしたら獣人には当てはまらないかもしれないし……。
そう思って、もう一度本を開き、ページをめくる。
【獣人化した狼系の個体においても、この習性は見られる。信頼している相手に対してのみ行われる傾向があり、非常に親密な関係であることを示す】
閉じた。
(エニ……あんた……)
私の脳内に、今までのエニの甘噛みシーンが高速再生される。
肩をカプカプ、耳をカプカプ、鎖骨をカプカプ……あれ、もしかして私結構噛まれてるな?
そう思い返すと、じわりと心が温かくなった。
エニってば、 私に懐きすぎじゃん……。
「……」
私は思わず頬を緩めそうになったが、必死で堪えた。
入口の方をちらっと見ると、退屈そうなエニと目が合った。まずいな、これ以上ここにいたら、顔に出てしまいそうだ。
早く会計してこよう。私は本を戻そうとして、手が止まった。甘噛みには特別な意味があると知った今、この本を読んでもっとエニのことを知りたい。私は本を胸に抱きしめた。
会計を済ませ、店を出ると、昼を告げる鐘が村のどこかで鳴り響く。空を見上げると、太陽はちょうど真上にさしかかっていた。
「エニ、お昼食べる?」
エニは無言でこくんと頷く。
「お金渡すから、屋台で何か買っておいで?」
「……とーこは?」
「朝ごはん遅かったから、まだお腹いっぱい。あそこのベンチで買った本読んでるから」
エニにお金を渡すと、ふりふりと尻尾を揺らし、屋台に向かっていった。
(お肉の屋台に一直線だなあ)
私は、ベンチに腰掛けながら、「旅のすすめ」や「魔物図鑑」など本屋で買った本をパラパラとめくった。
しかし、ふと違和感を覚える。
屋台に向かったエニが全然帰ってこない。
辺りを見渡すと、子供たちの 楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
広場の奥の方では、石畳の上を靴音を響かせながら、エニが村の子供たちに追いかけられていた。子供たちの笑い声が広場に溢れ、通りがかりの村人たちも微笑ましそうに見守っている。
どうやら、彼女のふわふわの耳としっぽ に興味津々らしい。
(そういえばハレヤカ村でもそうだったなぁ)
エニは困ったような顔をしながら、耳を伏せたり立てたり忙しなく動かしている。
でも、決して本気で逃げるわけではなく、子供たちの手が届きそうで届かない距離を保っている。時々立ち止まっては振り返る。子供たちの笑顔に、エニの表情も自然とほころんでいく。
尻尾はピンと立って、時折ふわふわと揺れていて——
(あの尻尾、完全に楽しんでる時のやつじゃん……!)
私は思わず、じっとエニの様子を見守る。
普段のエニはクールで、あまり感情を大きく表に出さない。
でも、今みたいに子供たちと接している時は、どこか柔らかい雰囲気になる。
(なんだこれ、めちゃくちゃ可愛いな……)
私はしばらくその様子を眺めたあと、ふっとため息をついた。
(……まぁ、子供たちと仲良くできるのは、いいことだよね)
最初にエニと出会ったときは、こんなふうに他の人と触れ合う姿なんて想像できなかった。
(エニって、本当はもっと普通の生活がしたかったのかな……。もしそうだったら、私はどうすればいいんだろ)
ふと、そんなことを思う。
夕暮れが近づき、空が橙色に染まり始めた頃、私はようやくエニを回収しに向かった。
「エニ、お待たせ!」
そう言って駆け寄ると、エニは 広場の片隅で倒れていた。
(――死んでる!? いやギリ生きてる!)
エニはぐったりして動けなくなっていた。
「……もう無理……子供すごい……」
エニは私を見ると、 ふらふらとした動きで抱きついてきた。耳も尻尾も力なくだらりと垂れている。
完全に体力が尽きていた。私はエニの腕を引いて立たせる。
「も、もう帰る……」
「はいはい、お疲れさま」
エニの回収を終え、私たちはゆっくりと宿への帰路についた。夕暮れと共に、村全体が穏やかな空気に包まれ始めている。
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