第12話 「エニのおかげで襲われていなかったらしい」
本日もよろしくお願いします。
ストックが尽きそうだっぴ
少し肌寒い朝の空気を肌で感じた。
宿の外に出ると、村の広場ではすでに人々が活動を始めていた。市場の屋台を準備する人、薪を運ぶ人、道端で立ち話をするおばあさんたち。穏やかで平和な朝の風景が広がっている。
そんな中、私は大きく息を吸い込む。朝の空気が肺いっぱいに広がって、うん、良い朝だ。
ふかふかのベッドでちゃんと寝られたおかげか、久しぶりに体が軽い。
私は伸びをしながら、宿屋の前に置かれていたベンチに腰を下ろし、ぼんやりと村の朝の営みを眺めていた。
「……ん?」
ふと、宿の入り口の方を見ると――
ドアを少し開け、隙間からエニがこちらを覗いていた。
髪は少しボサボサ、目は半分閉じかけている。
明らかに寝起きの顔。
「おはよ、エニ」
「……ふぁ……」
エニはぼんやりとした目で私を見たあと、ぽやんとした顔のまま歩いてきた。
まだ寝ぼけているのか、足取りが少しふらついている。
そして、次の瞬間――
ぺたん。
そのまま私の隣に腰を下ろし、私の肩にもたれかかってきた。
「……?」
柔らかい銀色の髪が、私の肩にふわりと触れる。
思わず横を見ると、エニは目をつぶったまま、ゆっくりと深呼吸をしていた。
(……え、え?)
ちょ、ちょっと待って。
何も言わずに、いきなりこんな密着してくるの?
こんな朝っぱらから!?
「エ、エニ?」
名前を呼ぶと、彼女はうっすら目を開け、ぼそっと呟いた。
「……ねむい」
(知ってる!)
「……もうちょっとだけ」
ぼそぼそとした声が、私のすぐ隣で聞こえる。
私は何も言えなくなった。
いやいや、普段のエニなら、絶対こんな無防備なことしないでしょ!?
(……あっ、そうか)
エニ、寝起きでまだ頭がぼんやりしてるんだ。
だから、警戒心とか何もないんだ……。
肩にもたれかかるエニの耳が、ぴくりと動く。
ふわふわの銀髪が揺れて、ほんのり温かい体温が伝わってくる。
このまましばらく、こうしていたい気もする。
けど、このままじゃ私がダメになる。
完全にエニの可愛さにやられる。
「エニ、ご飯食べよ?」
私はそっと彼女の肩を揺らした。
「……むー……」
「むー、じゃないの。起きて」
「……ん」
エニはしぶしぶ体を起こすと、目をこすりながら立ち上がる。
その様子は、完全に 「寝起きの子ども」 だった。
(……はぁ……可愛いなぁ……)
私はため息をつきながら、そんなエニの背中をぽんぽんと叩いた。
「ほら、ご飯食べたら目覚めるから。行こ?」
エニはまだ眠たそうにしながら、こくんと頷いた。
焼きたてのパンとスープ、ハムとチーズのシンプルな料理がテーブルに並べられる。
エニは席に着くと「いただきます」と手を合わせ、スープをすすり始めた。
「普段は交代で見張りをしてるから、久しぶりにしっかり寝られたね」
「……うん」
「道中、1回も魔物に遭遇しなかったなんて、今思えば幸運だよね」
「あたし普通の動物すら見てない」
確かに、野生の動物すらほとんど見かけなかった。
普通に考えたら、これはかなり不自然なことだ。
「そりゃあ、狼の獣人が一緒なら当然だ」
突然の声に、私はエニと同時に顔を上げた。
料理を運んできた宿の主人が、にやりと笑っていた。
「え?」
私が驚いて尋ねると、宿の主人は皿をテーブルに置きながら説明を始めた。
「狼ってのはな、自然界でも最強種族だからな。魔物だろうと普通の動物だろうと、そんな強い存在には近寄らないんだ」
「え、そんなに……?」
私は驚いてエニをじっと見た。
彼女はパンをちぎりながら、尻尾をふりふりしている。
宿の主人は肩をすくめて笑った。
「よそはどうか知らんが、狼と狐はな、この大陸じゃ上位種なんだよ。人間にとっちゃ馴染みのある動物かもしれねえが、魔物の世界じゃ別格の存在だ。あんたの連れは少し大人しそうに見えるけど、周りには自然と威圧感を放ってるんだろうよ」
「へぇ……」
私が感心していると、エニは黙ったままスープをすする。
……なんか、聞き流してる?
「お嬢さんたち、旅の途中でこれから首都に向かうんだろ?」
宿の主人が、ふとそんなことを口にした。
私は少し驚きながら頷いた。
「どうしてそれを?」
「村の噂になってたぞ。子どもたちが『お姉ちゃんたちが魚をいっぱい捕ってた!』ってはしゃいでたからな」
「えっ……」
「ま、あれだけの騒ぎになりゃ、みんな気にするさ」
「まぁ……確かに……」
どうやら、この村では完全に「すごい魔法で魚をとる謎の旅人」扱いされてるっぽい。
ちょっと恥ずかしいな。
まあ、あれだけ派手に魔法を撃ったんだ、そりゃ噂にもなるか。
「あんたらこれからどうするんだ? もう首都へ行くのか?」
「今日1日くらいはこの村でお世話になろうかと、食べ物とか揃えないとですし」
「そうか、なら時間があるときに本屋へ行ってみるといい。首都の情報が載ってる本もあるし、旅するなら魔物や獣人のことを知っておくのも悪くねぇ」
――本屋。
旅に出てからずっと行き当たりばったりだったから、ちゃんと情報を得るのも大事かもしれない。私も個人的に調べたいことあるしね。
「エニ、本屋行ってみない? 情報収集大事だし」
「本……好きじゃない」
耳がぺたんと垂れ、尻尾も力なく下がる。
「じゃあ、宿で待ってる?」
「……宿にいるのも退屈」
「ふーん?」
ちょっとだけニヤっとすると、エニは眉を寄せて睨んできた。
「何?」
「ううん、別に?」
朝食後、私たちは本屋に向かって歩いている。
「お嬢さんたちはどこから来たんだい?」
突然、低くて優しげな声をかけられた。振り向くと、丸太のような腕を組んだ年配の男性が、にこやかにこちらを見ていた。
エニは私の後ろに少し隠れながら、耳をピクリと動かしている。
「南の方の村から来ました」
そう答えると、おじさんは「ああ」と何かを思い出したように頷いた。
「南ってことは……あの、よく笑う村長さんがいる村だろう? あそこの村長、いつも楽しそうに笑ってるから有名なんだ。野菜で有名な村でな。確かハレヤカ村って名前だったか」
マーサさんのことだ。
エニも私も、あの村がそんなふうに評判になっているとは知らなかった。確かに、笑顔が印象的な人だった。
「ハレヤカ村って名前だったんだ。初めて知った……。エニは知ってた?」
「……知らない」
エニはそう言って、特に興味なさそうに前を歩き出す。
いつも通りの無表情だけど、なんとなくそっけない。
(……あれ? なんかあっさりしてない?)
普段のエニはもうちょっと私に話を振ってくれるというか、言葉が少なくても、なんとなく会話が続く感じなのに。
ふと、周りの視線に気づいた。
市場のあたりから、おばあさんたちがちらっとこっちを見ている。
遠くで子どもたちがこそこそ話しているのも聞こえた。
(あー……なるほど)
普段のやり取りに慣れすぎて、気づかなかったけど……。
エニって、こういう時はあんまり喋らないタイプなんだな。
それに気づいた瞬間、なんだか私は嬉しくなった。
だって、つまりそれって――
(私と二人きりの時は、ちょっと違うってことだよね)
そう思ったら、ちょっとニヤニヤしてしまった。
エニに気づかれて「何?」って睨まれる前に普通の顔に戻さなきゃ。
「ふふっ、素っ気ないなぁ。でも、あの村長さんにぴったりの村の名前だよね」
エニは私の言葉に特に反応せず、ただ静かに前を歩いている。
でも、尻尾がほんの少し、揺れた気がする。
うん、きっと気のせいじゃない。
(……可愛いなぁ)
私は思わず頬が緩む。
改めて、この世界のことを私は何も知らない。
村の名前も、魔物のことも。エニの事も。
この世界でどう生きていけばいいのか――まだ、何も分かっていない。
(でも、エニが隣にいるなら、何とかなる気がする)
エニがふと、道の反対側にある屋台の方へ足を向けかけた。ふわふわの尻尾が期待に揺れている。
「エニ、そっちじゃないよ」
エニがちらっとこっちを見て、何も言わずに戻ってくる。
顔がほんのり赤くなってるのを私は見逃さなかった。
まあ、知らんふりしておいてあげよう。ふふっ。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、よろしくお願いします。
この話のエニ好きなんだよなあ