第9話 「そろそろ噛まれてばっかりなの悔しくない? ……よし、やり返そう」
本日もよろしくお願いします。
内容少し修正しました
「エニは魔法使えるの?」
川沿いを歩いている途中、ふとエニに尋ねると、彼女は一瞬きょとんとした表情を見せた。
が、そのまま何も答えずに、じっと周囲を見渡しながら歩き続ける。
やがて、エニが足を止めた。何かを見つけたらしい。
彼女は無言のまま、草むらから何かの部品のような鉄の欠片を拾い上げた。
それをじっと見つめると、軽く手をかざす。
何してるの、と私が尋ねる間もなく、鉄の破片はみるみるうちに赤茶色に変わり、エニがぎゅっと力を込めると、ポロポロと崩れ落ちた。
「え……?」
思わず息を呑む。
エニは俯いたまま、崩れた鉄をじっと見つめていた。
その表情はどこか暗くて、苦しげで耳が後ろに倒れている。それを見て私はようやく気づいた。
「エニ、それ……魔法?」
小さく頷くエニ。
銀色の髪が顔を隠すように揺れる。
「……足枷とか、鉄格子とか」
ぽつりとこぼされた言葉に、私はハッとする。
――そうか。
エニがこの魔法を手に入れたのは、きっと捕まってた時。
そこから逃げ出すため、心から願って、必死で力を求めたんだ。
「エニ……」
エニの手がかすかに震え、しっぽもしおしおと垂れている。
私は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
「……もう大丈夫だからね」
気づけば、私はエニをぎゅっと抱きしめていた。
彼女は少し驚いたようだったが、やがて私の腕の中で力を抜いた。
「絶対にもう、辛い目にはあわせないよ」
そう誓うように告げると、エニは小さく頷きながら、私の服の背をぎゅっと握った。
「……うん」
その小さな声を聞くと、私の中に熱が流れ込んでくる。
私は言葉の代わりに、エニの頭を優しく撫でた。
すると――
「……エニ、また噛んでる」
エニは私の服越しに、鎖骨のあたりをカプカプっと甘噛みしていた。
マーサさんの村にいた時も何度かやられているけど。服越しに噛まれるのは初めて、なんかじんわりあったかい。
そこである疑問がよぎった。
(……狼って、噛むことでこれは自分の餌だってアピールするとかじゃないよね?)
急に不安になってきた。食べられちゃうのか私は……!
いやいや、まさかそんなはずは……。
そう思いたいのに、エニはもぞもぞと鼻先を私の服にこすりつけながら、さらにぎゅっと噛んでくる。
(やっぱりマーキングじゃない!?)
私が狼について知ってることなんて、せいぜい「群れで暮らす」とか「狩りをするときに協力する」とか、そんな程度。
何度「スマホが手元にあれば……!」と思ったことか。
すぐ調べられないのは本当にモヤモヤする。
思わず動揺する私の肩を、エニがぎゅっと抱く。
「……とーこ」
私の胸元に顔を埋めながら、くぐもった声で私の名前を呼ぶ。
「エニ……?」
私はそっと彼女の背中を撫でた。
すると、エニはゆっくり顔を上げた。
でも、あまりにも体が近すぎて、顔がすぐ目の前にある。
美人すぎる顔。微かに潤んだ瞳。ふわふわの耳。
風が銀色の髪を揺らし、長い睫毛の下で琥珀色の瞳が揺れている。
――不意に、意識が彼女の唇へと引き寄せられた。
(……エニって、こんなに顔、綺麗だったっけ?)
「……はっ」
私は急いで視線を外した。
(何してるんだ私、いったい何をしようとした?)
エニは気づいていない。
ほっとしたのも束の間、彼女は何事もなかったように、私の胸元に顔をうずめてきて、鼻をこすりつけてくる。
(ちょ、ちょっと待ってエニ、それはもう確実に甘えてる仕草なのでは!? いや、でも狼のマーキング的なやつなのか……? どっち!?)
胸元にぴたりと押し付けられた顔の温もりが、じわじわと伝わってくる。
さっきまで震えていたのに、少し落ち着いたみたいだ。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
すると、エニはさらにぎゅっと私の服を掴んで、甘えるように擦り寄ってきた。
(普段はつんけんしてるくせに、こういうときはほんとに子供みたいなんだから……)
私は、エニの頭をそっと撫でた。
「……ん」
微かな声が聞こえた。
何かを言おうとしたのかもしれないけれど、それは私の胸元に吸い込まれて消えた。
(……なんか、安心してくれたみたいで良かった)
エニがぎゅっと私の服を握る感触が、なんだかくすぐったい。
そんな彼女の頭を撫でながら、私はふと思う。
(……そういえば、私、日頃からエニに噛まれてばっかりじゃない?)
なんか悔しい。
でも、エニは別に悪気があるわけじゃないらしいし、痛くもないからいいんだけど。
いや、だからこそ余計に気になるというか。
むしろエニにとっては当たり前のことなのか?
いや、でも獣人の中でもこの文化が普通かどうかもわからないし……。
もしかしてエニだけのクセだったり?
(いや、もういい! とりあえずやり返そう!)
目の前には、ふわふわとしたエニの耳。
柔らかそうで、温かそうで――。
(……よし!)
私はエニの耳に、そっと噛みついた。
思った以上に柔らかくて、温かい感触。
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