第8話 「やばい、可愛すぎる」
昨日までの投稿分でこの二人を自由に旅させる下地ができたと思います。
これから二人の旅をよろしくお願いします。
第二章スタート!
村を出てから数日。日が昇り、私たちは川辺で一息ついていた。
エニは少し離れた岩に腰掛け、川に足を浸して水面を揺らしている。
「服、結構汚れてきちゃったね」
私は自分の裾をつまんで、泥が乾いた跡を指ではじきながらため息をついた。
エニの服も同じように汚れているけど、それでも銀の刺繍だけは綺麗に光っていた。
「これしかないし、野宿ばっかしてるから仕方ない」
エニは足元の水をパシャパシャと弄びながら答える。
「せっかくエニとお揃いなんだから、ちゃんと綺麗にしたいな」
私は銀の刺繍を指でそっとなぞった。
陽射しを受けてきらりと光る刺繍を見るたび、なんだか嬉しくなる。
嬉しすぎてあの村を出てすぐにお礼を言ったら、「なんで知ってるの!?」って言われて、ミスった内緒かこれと思ったけど、ブンブン揺れていたエニの尻尾を見るに大丈夫そうだった。
「……恥ずかしいからやめてよ」
エニは少し頬を赤くして言った。耳をピココと動かし、視線を逸らすしぐさがあまりにも可愛くて仕方ない。
「ほら、すごくきれいだよ」
私はいたずらっぽく笑いながら、もう1度刺繍をなぞる。
「もう! 触っちゃダメ!」
エニは手を上げて抗議するけど、その反応もまた可愛い。
「照れてるの? エニ」
「ち、違うし」
ぷいっとそっぽを向いて、耳をピコピコとさせるエニ。
この反応がたまらなくて、私は思わず飛びついた。
「エニの耳~♪」
「触るなー!」
エニは私の腕を押し返しながら必死に逃げる。
じゃれ合いながら岩の上をぐるぐる回って、私はエニの尻尾を捕まえようと手を伸ばした――その瞬間。
――ぐらっ。
「え」
足元の石がぐらりと動いた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
次の瞬間、私たちは川に滑り落ち、水しぶきをあげながらずぶ濡れになった。
「ぷはっ……つめたっ!」
予想以上に水が冷たくて、思わず身震いする。
「……もう、何やってるの」
エニは濡れた服をぎゅっと握り締めながら、呆れたように私を睨む。
ほんとに申し訳ない。
「うーん、どうしよう。これ乾かすのに時間がかかりそう」
陽射しはあるけど、乾くのを待つのはなかなか大変そうだ。
「とーこ。魔法使えば?」
エニがふと顔を上げて言った。その言葉にハッとして、私は少し固まった。
――あ、そうか。
「よし! やってみるね」
私は服に手をあて、意気揚々と唱える。
「乾け」
――ビュオッ!
「きゃっ!?」
突風が吹き抜け、エニの銀髪が一気に逆立つ。
ついでに尻尾だけがふわっふわになり、見事なモフモフ状態になってしまった。
エニは呆然としたまま、自分の尻尾を掴んだ。
もふっ、とした感触に一瞬きょとんとするが、次の瞬間。
「……え、なにこれ……」
しっぽを何度もぎゅっぎゅっと握り、もふもふ具合を確かめるエニ。
「ふわっ……ふわふわ……」
どうやら、想像以上に手触りが良かったらしい。
しばらく無言で撫でていたが、我に返ったようにバッと顔を上げる。
「ちょっと! とーこ! なんでこうなるの!?」
尻尾をバッサバッサと振りながら、私を睨みつけるエニ。
でも、動くたびにふわふわの尻尾がゆっさゆっさと揺れるせいで、まるで可愛いぬいぐるみが怒っているみたいだった。
(やばい……可愛すぎる……)
私は口元を押さえ、笑いを堪える。
「ご、ごめん! もう1回やるから!」
私は再び服に手をあて、もう一度念じた。
「乾け!」
――ボフッ。
なぜか今度は、エニの耳だけがぴかぴかに乾いた。
「……ねえ、ちゃんとやってよ……」
エニがパタパタと耳を振るが、相変わらず尻尾はふわっふわのまま。
ピンと立った耳と、もふもふの尻尾。
そのままの姿で「とーこ……」と困ったように見上げてくるエニが、可愛すぎて、もうダメだ。
「も、もうダメ……ぷ、ぷはっ……あはは!」
「笑うなー!」
怒ったエニが私に飛びついてくるが、ふわふわの尻尾がぺちぺちと当たるだけで全然迫力がない。
私は涙を拭いながら、必死に笑いをこらえた。
「も、もう1回やるから! 待って!」
私はエニの肩をポンポンと叩きながら、もう一度深呼吸をする。
「……ちゃんとやるね! 今度こそ!」
そして、服にそっと手を添え――。
「乾いてください!」
――ボワッ。
今度はちゃんと効果が出た。
よし、困った時の丁寧語作戦成功。やっぱり魔法も礼儀が大事なのかもしれない。
みるみるうちに服が乾き、髪の毛もふわっと元に戻る。
ついでに体までぽかぽかしてきた。
「エニの服もやったげるね」
「……ありがと」
エニが少し恥ずかしそうに微笑む。その控えめな仕草や、ふわりと揺れる尻尾が目に入るたび、胸がじんと温かくなる。
最近、エニのことをつい目で追ってしまう。
彼女の耳が動くたび、尻尾が揺れるたび、なんだか気になってしまう。
「とーこ、なに見てるの?」
「え?」
じっとエニを見ていたことに気づかれてしまい、私は慌てて目をそらす。
「いや、なんでもないよ! ほら、もう服も乾いたし、そろそろ歩こ」
「……変なの」
エニは首をかしげながらも、私の後をついて歩き始める。
その耳がピコピコと動いているのが視界の端に入るたび、また顔が熱くなってしまいそうになる。
(なんでこんなに気になっちゃうんだろ)
じわっと体温が上がるのを感じながら、私はそっと目を伏せた。
――ほんと、可愛すぎ。
小さく呟いた言葉は、川のせせらぎにかき消された。
心なしかエニの顔が赤くなってる気がする。いまの、聞こえてないよね?
読んでくださりありがとうございます。
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