第90話 「これ、勝てる人いんの?」
本日もよろしくお願いします。
――大会は、あっという間に終わってしまった。
「行けー! エマー! シオンー!」
観客席から思わず叫んでしまったのは、私だけじゃない。エニとユイカも身を乗り出して見ていた。
でも、決勝で待っていた男子ペアに、エマとシオンは惜しくも敗れてしまった。
退場していくふたりは悔しそうにしつつも、しっかりと笑顔を浮かべていた。
「……ほんと、強い人ばっかりだね」
私がそう言うと、エニがぎゅっと拳を握ったのが見えた。
――そして、エキシビション。
「優勝ペアには、特別戦への挑戦権が与えられます!」
司会者の声に、コロシアム全体がどっと湧いた。
舞台に上がるのは、決勝を制した男子ペア。ふたりとも背が高く、筋肉質で、いかにも僕ら強いですって感じ。
「星5冒険者って誰が出てくるんだろうね」
「……んね」
エニが小さく頷いた。
隣でユイカは「お腹すきましたー」とぽやぽやしてる。
完全に飽きてる。
「あっちの人、お菓子くれそうな顔してますー」
もう、どんな顔だよ……え! ほんとにお菓子くれそう!
赤い服着せて、帽子かぶせたらサンタじゃん!
「続いて入場するのは――星5冒険者! 「鋼の閃光」シルヴィア!」
割れんばかりの歓声が起こった。
会場の空気が、一気に張り詰める。
先に現れたのは――銀色の髪を揺らす、長身の女性。
「――あれ!」
思わず声が出た。
「……シルヴィアさんじゃん」
首都で出会った、あの人だ。
エニが攫われた時に、助けに来てくれた人。
鋭い眼差しは相変わらずなのに、観客からの歓声を浴びると、ほんのり口元をほころばせている。
会場の視線を一身に集めても、シルヴィアさんはただ、ゆるやかに笑うだけ。
なんとなく懐かしさが胸に満ちる。
「学園都市来たらまた会えるって言ってたのはこういう事〜?」
「…………」
どうしたユイカ、エニとシルヴィアさんを交互に見て――わかる、ちょっと似てるよね。
――そして。
「そして! 「学園都市の守護神」ガルヴァン・クロード!」
名前が響き渡るやいなや、地鳴りのような歓声。
現れたのは、黒髪にわずかに白が混じる、背広めいたローブを纏った壮年の男。背は高く、背筋はまっすぐ。武器も持たず、ただ両手を後ろに組んで悠然と歩くだけ。
それだけで、観客は総立ちだった。
私も思わず息を呑む。
力の格ってやつが、見るだけでわかる……!
これがイケおじってやつか!
転生前なら、こういう渋い男性に全く興味なかったけど、この世界に来てから価値観が変わった気もする。
いや、でも、やっぱりエニの方が可愛い――何言ってるんだ私。
試合開始の合図が鳴る。
男子ペアは――迷わなかった。
多分、対応される前に叩き込むつもりなのかな。
「うおおおおッ!」
ふたりが同時に詠唱を叫ぶ。
観客もどよめき、私は思わず身を乗り出す。
――が。
次の瞬間。
ドォン、と地響き。
視界は一面の砂煙に覆われた。
何が起きたのかわからなかった。魔法の光も見えない。
剣の音も聞こえない。ただ、地響きだけが響いて、砂煙が上がった。この一瞬の間に、何かが起きた。でも、私の目には何も映らなかった。
「……やった……?」
あ、フラグだそれ。
誰かがそう呟いた瞬間。
風が、さぁっと吹いた。
砂煙が晴れて。
そこに残っていたのは――地に伏す男子ペアの姿だった。
シルヴィアさんは髪を軽く払っただけ。
イケおじは手を後ろに組んだまま、まるで動いた形跡がない。
ふたりとも、何もしていないように見える。
「……え」
「…………」
「………………」
エニもユイカ、そして私も声を失っていた。
(これが……星5冒険者……)
リーナとミレイが目指してる領域。
でも、この圧倒的な力を見ると、あの二人がどれだけ大変な道を歩んでるのかがわかる。そして、私はまだまだ全然足りてない。
観客席は、しんと静まり返ったあと――爆発するみたいなどよめきに包まれた。
言葉じゃ足りない、理解も追いつかない。それでも、誰もが心を揺さぶられていた。
「……今の、何だ?」
「どんな魔法を……」
「砂煙で見えなかったぞ……」
ざわざわ、ざわざわ。大歓声とはまた違う、驚きと畏れの混じったざわめき。
隣のエニとユイカは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
「……何が起きたかわかんなかった……」
「ユイカもです……」
ふたりの呟きに、私はただ小さく笑うしかなかった。
「これが、星5冒険者……」
その後の閉会式では、優勝ペアの表彰がさらっと行われたけれど、観客の視線はほとんど星5の二人に釘付け。
星5冒険者の圧倒的な存在感だけが会場に残っていた。
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