第88話 「見ててね、とーこ」
本日もよろしくお願いします。
仕事がとんでもなく激務でした。
「エニ様、大丈夫ですか?」
ユイカが隣でささやいてくる。
「うん……ちょっと、緊張してるだけ……」
「とーこ様が見てくれてます! ユイカ頑張ります!」
ふわっと、手を繋がれた。
魔物なのに、手がこんなに温かいんだって思った。人型だからじゃなくて、ユイカが優しいからかな。
「よーい……」
審判が手をあげる。
呼吸を整える。膝を軽く曲げて、指先に力を込める。
心臓がドキドキしてる。でも、怖くない。不安じゃない。むしろ、ちょっとワクワクしてる。友達もいて、ユイカもいて、とーこが見てくれてる。
だから、大丈夫。
ゴォォォン!
フィールドに8匹の動物型の魔法が出てきた。
走り出した瞬間、風を切る音が耳をかすめた。
地面が波打ち、空が遠ざかるように空間がねじれる。
森が生え、川が流れ、空中に石の足場が浮かび上がる――まるで世界そのものが変わったみたい。
これが地形を作る魔法……!
視界に飛び込んできたのは、霧が立ち込める森、浮遊する足場、水流の坂、ぐにゃぐにゃ動く魔法の壁……!
「わっわっわっ、なんだこれ!?」
「わー! たのしいですー!」
ユイカは飛び石の上を軽快に跳ねて進む。人型のままなのに、動きが素早い。しかも笑ってるし。
あたしも後を追って、動物魔法の1匹が入っていった森の中へ飛び込んだ。
遠くにチラッと見えた。まばゆい金色の鹿が、風のように跳ねながら、横切っていく。
あれを捕まえればクリア。けど――目の前に氷でできた壁が急に現れた。
「わっ!?」
「うわー! 壁に囲まれましたー!」
ユイカ……にっこにこじゃん。
他のペアがわざと進路妨害してきた。
みんな、魔法をこんな風に使えるんだ。
そうか。そうだよね。ただの早い者勝ちの遊びじゃないんだもんね。
「ユイカ、お願い!」
「はーい!」
ユイカはペチンと氷の壁をパンチした。
「壊れませんでしたー!」
「そりゃそうだよ! 魔法使ってよ!」
ユイカは、たしかに! みたいな顔をした後、炎魔法で氷の壁を溶かしてくれた。
少し出遅れたけど、大丈夫。
「行こ、ユイカ」
「はーい!」
あたしたちは再び並走する。
「エニ様、上に行きましょう!」
ユイカが指さしたのは、浮かぶ石の足場。
あの高さ……あたし、いけるかな?
「だいじょぶです! 一緒に行きましょ! 上からの方が動物さん見つけやすいですよ!」
そう言って、ユイカが先に駆け出す。あたしは必死で後を追って――
「せーのっ!」
ぽんっ、と跳ねたユイカの背中に軽く手を乗せられて、あたしはひとつ高い足場へ飛び乗った。
――できた、飛べた!
でも、こうしてる間に何組もクリアしていた。
見上げたスコアボードに、何組通過か書いてある。文字読めないけど、数字の6が見える。6組クリア? 残り6組?
いや、今は自分たちのことに集中しなきゃ。
「ユイカ、ちょっとペースあげよう!」
「はーい!」
でも、すぐに体力が限界に近づく。魔法で妨害されるたびに軌道修正、気を取られて転びそうになる。
あと1組です。というアナウンスが聞こえる。
――見つけた!
最後の1匹。青白いような黄色いようなうさぎがぴょんぴょん跳ねてる。
でも、待ち受けていたのは、風。
もうみんな邪魔ばっかり。
どうしようこんなことしてたら、先越されちゃう。とーこに見ててって言ったのに、頑張るって決めたのに。
「エニ様!」
ユイカがにこぱと笑ってる。
この子はいつも楽しそう。
「ユイカ達も邪魔してやりましょう!」
邪魔。邪魔。そうだよね。
あたしたちだって邪魔していいんだよね。
――いい事思いついた。
「ユイカ、他の人を炎で適当に邪魔しておいて」
「エニ様は?」
「いい事思いついちゃった」
今、あたしはどんな顔をしてるのかな。
ユイカが笑ってくれた。だからきっとあたしも笑ってるんだと思う。
「ユイカ火の玉いきまーす! ぽいっ!」
誰にも当たってないけど、他チームがびっくりして転んだりして、「結果オーライです!」って言いながら笑ってる。
あたしは手を前にかざした。
この魔法使うと、とーこは手を叩いて大喜びするんだよね。だからあたしもこの魔法が1番好き。
大好きな人が好きな、動物を作るこの魔法が。
「おいで」
あたしの周りから10匹、いや、もっともっとたくさんの電気魔法のうさぎがフィールド内に散らばっていった。
混乱させて、本物を見失わせる。
捕まえなきゃいけない青白いうさぎとそっくりのうさぎ。でも、あたしはどれが本物かわかる。
ユイカが妨害してるうちに、あたしの魔法に他の人が気を取られてるうちに一瞬で捕まえる……!
この大会で勝ち上がって、何かを証明したい――そんな気持ちは、たしかにある。
でも、それ以上に……。
「とーこに見ていてほしい」
とーこに見てもらえるなら、あたし頑張れる。
とーこはずっと隣にいてくれた。だから、あたしが強くなった姿を見せたい。とーこが誇りに思ってくれるような、そんなあたしになりたい。
ユイカの方をチラッと見ると、あたしの魔法を元気いっぱい追いかけてる。それ、本物じゃないってば。
そんなユイカを横目にあたしは体に電気を纏わせた。
とーこに危ないからあんまり使って欲しくないって言われたけど、今だけは使わせて。
あたしは、軽く息を吐いて、全力で駆けた。
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