第87話 「巻き起こってるな、可愛い旋風が」
本日もよろしくお願いします。
朝の空気は、ほんの少しひんやりしていて、でも晴れ渡っていた。寒いのに暖かい。そんな感じ。
朝ごはんの時、エニは緊張で全然食べられなかった。ユイカはいつも通りモリモリ食べてた。
空の青さに、これから始まる特別な一日が照らされているようで、なんだかこっちまで背筋が伸びる。
私たちは、街の中心――巨大なコロシアムへと向かっていた。
道中、エニは何度も深呼吸してた。ユイカはエニの手を握って「大丈夫ですよ!」って励ましてる。その姿を見て、なんか泣きそうになった。
コロシアムにつくと、観客席に向かう通路と、選手たちの入り口は別れていて、門の前にはすでに人だかりができている。
「選手の方はこちらでーす!」
係の人が声を張り上げるのと同時に、ユイカが「ユイカです!」と自信満々にトコトコと歩いていく。
「いってらっしゃい、ふたりとも!」
私がそう言うと、エニがぴたっと足を止めて、振り返った。
少し不安げな瞳。でもその目に、ぎゅっと力を込めるように、何度も小さく手を振る。
おお、緊張してるね。
「……ちゃんと、見ててね……」
エニの口がそう動いた気がして、私も手を振り返した。
絶対に見てる。どんな瞬間も見逃さない。この子たちが今日どんな戦いを見せてくれるのか、どんな成長を見せてくれるのか、全部この目に焼き付ける。もうガン見だよ、ガン見。
すると今度は、少し前を歩いていたユイカがそれに気づいたようで、ぴょんぴょん跳ねるように戻ってくる。
ぶんぶんとしっぽを振りながら、両手でぶんぶん手を振ってくれるユイカ。
周囲の注目を一心に浴びているのがわかる。
ユイカの大きな耳と、エニのふわふわのしっぽ。そして、揃いの髪型――ポニーテール。
「……あの子たち、姉妹かな?」
「え、しっぽ違わない? ていうか可愛くない!?」
「やば、今日の推し決まったわ……」
ざわざわと、観客の間にざっくりとした「かわいい旋風」が起きていた。
ちなみに、今日は私もポニーテール。気合い入れるならみんなでだね。私は観客席に向かう列へと足を運んだ。
ぐるりと囲う観客席には、すでに人がぎっしり。
円形の広大なフィールドの中央には大きな紋章が描かれている。いかにもファンタジーって感じだ。
転生前に見たスポーツの試合とは全然違う。魔法が飛び交う戦いを、こんなに大勢の人が楽しみにしてる。
この世界ならではの文化なんだろうな。そして、エニとユイカもその一部になってる。それが、なんかいいね。
「さあ、始まりました第13回U18選抜大会! 若き才能たちの熱きバトルが、今、幕を開けます!」
お! 始まった。
「では、さっそく選手たちの入場です!」
実況の人がそう叫ぶと同時にその紋様がふわっと光を放った。そしてぞろぞろ選手たちが入場してくる。
入場口へと歩き出した選手たちの列。
他の選手たちも、みんな若くて才能がありそう。学園の生徒たちは、きっと正式な訓練を受けてるんだろうな。エニとユイカは自己流だけど、それでもうちの子たちは負けないよ。
私は観客席から視線を巡らせて、すぐに見つけた。
エニとユイカ。
だって目立つんだもの。
しっぽがふわふわが耳ぴこぴこ動いて、しかもポニテ×2。まさに可愛さの暴力。
しかもエニ、きょろきょろしてる。
観客席の私を探してるのかな。ユイカはというと、シャドーボクシングみたいな動きをしていた。最近その動きにハマってるらしい。
周囲の観客からも、「あの子可愛くない?」「尊い……」などとざわつきが起こる。
すごい。エニもユイカも、もうこの大会の非公式マスコットだ。
そのとき、別の選手の列のほうから2人組がエニに近づいていった。
エマちゃんだった。
そしてその隣には、シオンちゃんの姿も。
エマちゃんは手を振りながら走り寄って、エニの手をとってなにか話している。シオンちゃんも口元に手を当てながら笑っているようで、エニが少し照れ臭そうにうつむいた。
エニに友達ができた。
それが、こんなに嬉しいなんて。エマちゃんたちのおかげで、エニは一人じゃない。この大会も、友達と一緒に戦える。それだけで、もう十分すぎるくらいの成果だ。
選手が全員揃い、観客も落ち着いてきたところで、壇上に立った進行係の人が大会の説明を始めた。
「本大会は、まず一次予選として《幻獣追跡試験》を実施! この競技は、魔力で構成された特殊地形の中で、魔法で作られたの獣を追跡し捕獲するものです! 特殊地形や獣の生成はフィートル魔法学校の先生方に協力頂いてます!」
おお……。
想像以上にちゃんとした内容だ。
追跡と捕獲か。戦闘力だけじゃなくて、連携や判断力も試される的な? エニの電気魔法とユイカの炎、どう組み合わせるかがカギになりそう。昨日の特訓が活きる場面が来るといいな。
「先着8組のペアが決勝トーナメント進出! その後の決勝トーナメントで勝ち上がった優勝チームには――!」
ここで一呼吸置いて、会場の演出が変わる。
「――なんと! 現役星5冒険者との特別エキシビション・マッチが待っています!!」
どよめき。歓声。悲鳴。
なんで悲鳴があがるんだ……。
星5って、リーナとミレイたちが目指してるエニを助けに来てくれたシルヴィアさんのいる高み。
そんな人たちと戦えるなんて、優勝者にとっては夢みたいなチャンスだけど……同時に、恐ろしいチャレンジでもあるんだろうな。
知らんけど。
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