「この人となら」
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第二章の準備出来次第順次更新していきます!
どれくらい走っただろうか。
何日も逃げ続けたのに男たちはまだ追ってくる。
あたしは全身が泥だらけのまま、茂みの中に身を潜めていた。体が冷えて、力が上手く入らない。耳と尻尾も泥で重く、なっているように感じる。
でも、捕まるわけにはいかない。せっかく魔法が発現したんだ。
逃げるって決めたんだから。
「どこへ行った!?」
「逃げられると思うなよ!」
男たちの怒鳴り声が近づく。
呼吸を殺し、草むらに身を伏せる。
見つかれば終わり――そう思うと、喉がカラカラに渇いた。
――その時だった。
「ちょっとなに!? 知らないってば! 危ないから武器捨てて! 来ないで! もう! 飛んでけ!」
女の人の声が響いた。
え?
何かが地面を転がる音、バサバサと草が揺れる音。
そして――突然、男たちの声が止んだ。
(……何?)
何が起こったのか、確認しなきゃいけない。でも、怖い。
怖いけど、チャンスかもしれない。
あたしはそっと茂みをそっと抜けた。
目の前には、地面に転がる男たち。
そして、その上で何かを物色しているひとりの女の人。
肩までの茶色い髪がふわりと揺れ、少し癖のあるウェーブがかかっている。
そして――彼女も、ぼろぼろの服を着ていた。
擦り切れたシャツと、膝に穴の開いたズボン。
靴もなんだかくたびれていて、まるで長旅の途中みたいだった。
(……この人も、捕まるところだったの?)
一瞬そう思ったけれど―― 何かが違う。
男たちが追っていたのは獣人のあたしだった。
獣人の村にも、牢屋の中にも、こんな人はいなかった。
それに―― この人には尻尾も、獣人の耳もない。
(じゃあ、どうしてこんなところに……?)
不思議に思いながらも、あたしはそろりと近づき、声をかけた。
「……あなたが倒してくれたの?」
あたしがそういうと、彼女はにっこり笑いながら、親指を立てた。
「そうよ! 私が懲らしめてやったの!」
その声は、少し震えていた。
でも、堂々としていた。
(……強い人だ)
私は無意識に、一歩近づいた。
そして、気づいたら彼女に抱きついていた。
温かい。
冷え切った身体が、じんわりと解けていくような気がする。
胸の奥にずっとあった冷たい塊が、少しだけ柔らかくなった。
優しい声とともに、頭を撫でられる。
彼女の手のひらがふわっと耳を撫でるたび、安心感が込み上げる。
――ああ、こんなふうに誰かに撫でられるの、久しぶり。
「お家はどこ? 家族は?」
彼女はあたしを抱きしめながら、そっと聞いてきた。
でも……答えられなかった。
あたしは、この人の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振った。
それだけで、全てを察してくれたのか、彼女は私の背中をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……苦しい」
「わぁ! ごめん!」
慌てて手を離す彼女を見て、私はくすっと小さく笑った。
こんな状況なのに、なんだか少しだけ安心できる気がした。
――この人は、大丈夫な人かもしれない。
そう思ったとき、彼女がふっと空を見上げた。
何かを考えているみたいに。
そして、唐突に言った。
「ねえ、私と一緒に旅をしない?」
あたしは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
でも、彼女の目を見た瞬間――あたしの中に迷いは消えた。
この人の手を掴めば、もう怖い思いをしなくていいかもしれない。
この人についていけば、きっと、自由になれるかもしれない。
「……うん」
あたしはそっと手を伸ばし、彼女の手を握った。
温かくて、強い手だった。
「ほらおいで!」
彼女はしゃがみこみ、あたしに背中を向ける。
あたしは、吸い込まれるように彼女の背中に体を預けた。
森を抜ける風が、汚れたシャツの中をひんやりと通り抜ける。
でも――その冷たさが、彼女の背中の温かさを、より際立たせた。
空を見上げても、答えは書いてない。
でも……この人と一緒なら、大丈夫な気がしてきた。
そんなことを考えていると、彼女がふと笑いながら言った。
「出会ったのも何かの縁だし、エニって名前はどう? 安直すぎたかな?」
あたしは、一瞬だけ考えて――小さく頷いた。
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