Magic90 目覚めた王妃
扉が開いて、国王陛下とミケル殿下、それと王室お抱えの医師が入ってくる。
「アンジェ・ドロップ男爵令嬢、状況を聞かせてくれ」
陛下は入ってくるなり、私に命令をしてきた。
私は緊張しながらも答えようとするけれど、それよりも先に響き渡る声があった。
「その声は、陛下ですね……」
かすれた声ながらも、王妃様が発言したのだ。
「おお、この声はファーマ。お前、目を覚ましたのか?」
陛下はものすごく驚いた様子で話し掛けている。
それもそうでしょうね。ほぼ五年は眠っていたという人物が、言葉を発しているのだから。
「はい……。この通り、私は起きておりますよ」
しっかりと発言ができている。あれだけ眠っていたのだから、喋るのも本来なら困難だろうに、すごいことだと思う。
「ええい、主治医よ。ファーマの容態を確認するのだ」
「承知致しました、陛下」
感動に打ち震えながらも、陛下は王妃様の容態をすぐさま医師に確認させている。
「ミケル、アンジェ。詳しい事情を説明してもらおうか」
「はい、父上」
「承知致しました、国王陛下」
医師を信頼しているとはいえ、あまり離れるのはよろしくない。そのため、陛下は同じ部屋の隅の方に移動して、私たちから事情聴取を始めた。
私とミケル殿下は、その聴取に素直に応じている。全部丁寧に正直に答えていくのだけど、あまりにも突飛な内容だったみたいで、何度も確認を取られる事態になっていた。
「ふむ、王妃様は衰弱しておいでですね。ひとまずはこのまましばらく横になった状態で過ごして頂くしかございません。食事はおかゆから始めていかなければなりませんし、歩けるようになるために体も慣らさなければなりません。おそらく社交の場に戻るには早くて半年はかかるかと存じます」
事情聴取中の私たちに、医師はそのように診察結果を伝えてきた。
やはり、五年間という時間は長すぎたのだ。その間動けなかった王妃様は、かなりの衰弱が見られたのだった。これでは部屋を移すこともできなさそうであり、王妃はしばらくこの物置のような部屋で過ごすことになったのだった。
「すまないな、ファーマ。私がもっと早く目覚めさせる方法にたどり着けていたのなら、これほどの状態にはならなかっただろうに」
「陛下……。いいえ、再び目を開けられただけでも十分ですわ。長い夢から覚めることができて、本当によかったです」
目覚めたばかりの王妃様は、もうずいぶんとしっかり喋ることができるようになっていた。思ったよりも回復が早いようだ。
実はこれには裏がある。
原因は、私の左腕にある。いわずもがなベルフェルだ。
ベルフェルが誰も気が付かないようにこっそりと魔法を使っているらしい。
本人が言うには、王妃様に身に着けた首飾りを通じて治癒効果を高めたとか言っている。
禁書同士だからこそ、こっそりと誰にも気づかれずに魔法の力を発揮できるらしい。なんとも便利な能力のようね。
(ベルフェル、回復させるのはいいけれど、やりすぎないでよ)
『分かったよ。せっかくおいらが出血大サービスしてやってるのによ』
(いや、医者がせっかく診断をしてくれているんだし、下手に回復させると彼の評判に響かないかしらね)
『ああ、なるほどな。そこは首飾りの力だとか適当にごまかしゃいいぜ。そもそも禁書から出てきた呪いの装飾品なんだからな。どんな効果があるか正確に分かるやつなんざ、そうそういやしねえからよ』
私がベルフェルを止めようとしても、あれこれ理由をつけてやめようとしないベルフェルだった。
王妃様が早く回復するのは確かにいいことだけれど、そのことによって新たな問題が出ないか、私はそっちの方が心配なのよね。
はあ、これが禁書っていうやつなのかしらね。本当に自由だわ。
『あんたは考えすぎなんだよ。王国を救うという使命があるあんたの前には、この程度のことなんて大した問題じゃない。それよりも問題なのは、呪詛が跳ね返った先だ。そっちの調査を持ちかけるんだな』
(わ、分かったわ)
ベルフェルに言われた私は、こっそりとミケル殿下に近付く。
「どうしたんだ、アンジェ」
ミケル殿下にはあっさりと私に気が付いていた。どんだけなのよ。
「なんで静かに近付いたのに気が付くんですか……」
「アンジェのことならよく分かるよ」
ミケル殿下からの返しを聞いて、一体何を言っているんだと思う。
やっぱり私、ミケル殿下のことを好きになれないわ。うん、生理的に無理。
でも、今は相談したいことがあるから、我慢して話すしかないわね。
私はぐっと手とおなかに力を入れる。
「ルキさんでしたっけか、確か首飾りに呪詛返しがあると仰ってましたよね?」
「確かに言っていたね。それが何か?」
「いえですね。呪詛返しということは、王妃様が目覚められた今、王妃様に掛けられていた呪いを跳ね返されて眠った者がいるはずです。お調べになった方がよろしいのではと思うのです」
私がこう提案すると、ミケル殿下は少し考えていた。
「そうだね。父上と相談の上、捜索を始めるのなら始めようと思うよ。やはり、国王である父上の判断は大きいからね」
ミケル殿下は、ちょっと悔しそうに唇を噛んでいるように見えた。
なんにせよ、眠っていた王妃様が目を覚ました。
これで、セラフィス王国をめぐる事態が少しでもいい方向に向かっていけばいいのだけど。
私はまだまだ気が緩められない状況にある気がして仕方がないのだった。




