Magic89 長き眠りから……
王妃様の体から不思議な色のもやが浮かび上がる。
『出やがったな、千年眠の呪い』
もやを見たベルフェルが叫んでいある。
あまりにも不気味なもやだったために、私はおろかミケル殿下も動けずにいた。
というか、魔力なしの私にもはっきり視認できるだなんて、どういうことなのかしらね。
『あんたでも見えるのは、あの首飾りのせいさ。あの呪詛返しの首飾りの魔力の影響で、あんたも呪詛がはっきりと見えてるってわけだ』
なんともご都合的な話だった。
しかし、このもやはこのまま放っておいて大丈夫なのかしら。
「な、なな、なんだ、これは。アンジェ、これはこのままで大丈夫なのか?」
ミケル殿下がものすごく慌てている。見たことのない状況に慌てるのは仕方ないでしょうね。
ただ、私はこの質問に答えることはできず、状況を黙って見守ることしかできなかった。
しばらくもやを眺めていると、もやがくるくると回っているように見える。
(ベルフェル、これは?)
『呪いをかけた主を探してるって状況だな。もう少ししたら、かけた相手を見つけて、一気に移動するはずだ。その後、しばらくすれば目を覚ますだろうぜ』
(ふ~ん、そうなのね)
さすがに知識の乏しい方面の話をされても、私にはそういうものなのかという反応しかできなかった。
「アンジェ、どうしたっていうんだい。さっきから時々上の空になっているが」
「あっ、これは失礼しました、ミケル殿下。この首飾りは呪詛返しなのでしょう? 発動しているのなら、もう安全かと存じますわ」
推測ではあるものの、一応ミケル殿下の問い掛けに反応しておいた。
私の答えに納得ができないのか、ミケル殿下が私に近付こうとしたその瞬間、もやが何かを見つけたらしくものすごい勢いでどこかに向かって飛んでいった。
魔法だと壁も傷つかずに飛び出していけるのね。初めて知ったわ。
呪いのもやの行方は気になるけれど、今は王妃様の方が問題かしらね。
私は壁の方から視線を戻して、王妃様の顔を覗き込む。
「あっ!」
思わず私は叫んでしまう。
「どうしたんだ、アンジェ」
ミケル殿下も慌てた様子で声を掛けてくる。
「王妃様の顔、少し赤みを増したように見えます」
「なんだって?!」
私の指摘を聞いて、ミケル殿下が王妃様の顔を注視する。
「……本当だ。真っ白になってまるで死んだかのような顔色だったのに。これは……」
ミケル殿下は嬉しそうな顔を見せている。その表情は、今まで見たどんな表情よりも明るいものだった。
(実の母親が、いよいよ長い眠りから目を覚ますんだものの。これ以上に嬉しいことはないでしょうね)
私は少し下がった位置から、王妃様に寄り添うミケル殿下の姿を見守っていた。
ようやくミケル殿下が落ち着いたので、私がここに残ってミケル殿下は陛下たちに知らせに行くことになった。
私は戻ってくるまでの間、まだ目を覚まさない王妃様をじっと見守っている。
「まだ眠っているわね。本当に呪いは解けたのよね?」
『ああ、すっかり解けているよ。今頃は呪いを使ったやつが、返ってきた呪いで眠りについているはずさ。この手の呪詛返しは、基本倍返しだ。張本人は千年どころか二千年眠り続けることになるんだろうな。けけけけっ』
楽しそうに笑っているベルフェルではあるものの、この話に私はぞっとした。
二千年眠り続けるって、一体どういう感じなのかしら。目が覚めた時、知り合いも誰もいなくなっている状況って、考えただけでぞっとするわ。
まあ、呪いを使ったような人物の心配なんて、このくらいにしておきましょう。
ミケル殿下からは、戻ってくるまでに王妃様が目覚めた時は、しばらく相手をして欲しいと頼まれている。
でも、正直言って男爵令嬢の私が王妃様と話をしてもいいのかしらと思う。
おそれ多いというかなんというか、声を掛けられただけで心臓が口から飛び出しそう。
「あの……」
ドキーン!
部屋の中に突然声が響き渡る。でも、ずいぶんとかすれた声のようだ。
「ここは一体どこなのでしょうか。私は、自分の部屋で就寝前の水を飲んで。えっと……」
体を起こせず、横になったままの人物の目が動いている。
間違いない、王妃様が目を覚ましたのだ。
「ここは隠された部屋でございます、王妃様」
「そう、なのですね。それより、わたくしはなぜ体を動かせぬのでしょうか」
はてさて、何と答えたものだろうか。正直なことを言っても信じてもらえるわけがないだろうし。
「申し訳ございません。私からは何も告げられません。間もなくここを知る方々がやってこられると思いますので、詳しいお話はその時にでもと存じます」
ひとまず、人がこのあとやって来るという事実だけは伝えておきましょう。
それからも横になった状態のままの王妃様と私は、しばらく話を続けていた。
話を続けるのがそろそろ厳しくなってきた頃、ようやく外から人の足音が聞こえてくる。全部で三人といったところだろうか。
ミケル殿下と呼ばれてやって来た国王陛下と、あとはお医者様かしらね。
足音が部屋の前で止まったかと思うと、扉が数回叩かれる
「アンジェ、入って大丈夫かい」
予想通り、ミケル殿下の声だった。
「はい、ぜひともお入り下さい」
感動の親子の再会の場面だものね。ここは快く了承するものだわ。
私が答えると、扉が開いて陛下、ミケル殿下、それと見慣れない男性が部屋の中に入ってきた。
いよいよ、感動の家族のご対面ね。




