Magic41 稀有な魔力なし
本格的な授業が始まって、ようやく家に戻ってきた私。
疲れているせいか、ベッドに倒れ込むという令嬢らしからぬ行動を取ってしまう。
『おう、お疲れさん。魔力がないくせにずいぶんと分かってるようだな』
「うるさいわね……。魔力がないからこそ、細かいところが気になってしまうのよ」
ベルフェルの嫌味に、私は不機嫌ながらも正直に答えてしまっている。
ふぅ、さすがに一緒に過ごすようになってから一か月程度。私もこの状況に慣れてしまったのね。
こう思うと、ただただため息が出るばかりだった。
『おいおい、おいらのおかげで楽しい人生になったんだろ。感謝してくれたっていいんだぜ?』
変なことをいうものだから、私は軽く無視しておいた。いちいち反応する気にもなれないわ。
けらけらと笑うベルフェルの言葉を、私は話半分に聞き流しておいた。
ところが、そうも言っていられない状況が起きた。
それは、その日の夕食の席だった。
私はいつもの通り、お父様とお母様の待つ食堂へと出向いた。
「お待たせ致しました、お父様、お母様」
そうやって挨拶をして顔を上げた時、お父様の状態を見てびっくりしてしまった。
「どうしたんだい、アンジェ」
「い、いえ。なんでもございません」
お父様は驚いた表情で私に問いかけてくる。しかし、私が見たことを伝えるわけにもいかず、適当にごまかして席に着いた。
『けけっ、おいらと同調しているからな。魔力視みたいな能力が発現しているのさ』
(魔力視?)
『その名の通り、魔力を見る目さ。これは魔力が少なくても使えるやつは使えるんだが、それこそ魔力なしのような選ばれた人間にしか使えねえ。魔力なしで魔力視を使えるやつは、初めて見たぜ』
ベルフェルがわざわざ説明してくれている。しかし、魔力に関することなのに、なんで魔力なしの私に発動しているのかは謎だった。
『説明してやるから、あんたの親父さんに見えたものを教えておくれ』
(わ、分かったわ)
ベルフェルが教えろというので、私は食事の真っ最中ではあるものの、ベルフェルにその詳細を伝える。
すると、ベルフェルがどういうわけか黙り込んでしまった。
(どうしたのよ、ベルフェル)
いつもは口が軽いレベルでおしゃべりなベルフェルが、完全に黙り込んでしまったのだ。
あまりにも不自然な状況に、私はつい慌ててしまう。
『いやぁ、このままだとあんたの親父さん、そう長くないなと思ってな……』
「どういうことよ、それって!」
ベルフェルが話した内容に、つい声が出てしまう。
「ど、どうしたんだね、アンジェ」
「そうよ、アンジェ。急に叫ぶなんてどうしたのよ」
両親が自分を心配する声に、私は我に返る。
「あ、いえ……。なんでもありません、申し訳ございませんでした」
両親の姿を見て我に返った私は、両親に謝罪して腰を掛け直した。
食事を終えた私は、サリーとマリアンヌに退席してもらった上で、ベルフェルを問い詰める。
「まったくなんだってのよ。いつもからかうように明るく嫌みったらしいあんたはどこいったわけ?」
私が文句を言っても、ベルフェルの反応は乏しかった。
このまま喋ってくれなければ、私はどうにも釈然としない。
『いやぁ~……。こりゃ、相当親父さんには負担をかけちまったようだな』
ようやく口を開いたベルフェルだけど、どうにも歯切れが悪い。一体どうしたというのだろうか。
『あんたが見た親父さんのもやのことさ。朱色だったんだろ?』
「え、ええ。そうだけど」
『赤じゃなかっただけマシだな。まだ回復できる余地が大きい。まぁ、魔力なしの子どもが生まれたんだ。周りからいろいろ言われて精神的に参ってたんだろうな』
「そっかあ……。私のせいでお父様が……ね」
ベルフェルにいろいろ言われたことで、私はつい責任を感じてしまう。
『気にすんなって。病気とかなら、ティアローズの魔法でどうとでもできるしな。問題は対人関係による精神的負担の方だぜ。お前さん家族がいるから踏みとどまっているようなもんだがな』
私は何も言えなくなってくる。
まるで、自分が生まれてきたことが悪いことのように思えてきたからだ。
『……悪い、あんたのことを考えずにしゃべりすぎちまったな。魔法なしでも有能なところを見せつければ、そんな連中は黙らせられるだろう。そのために座学を学んできたんだろ?』
「……そうね」
『それにだ。あんたが仕事の手伝いをできれば、親父さんの負担も減らせる。いいじゃねえか』
「それはいいわね。早速お父様に打診してみるわ」
私は椅子から立ち上がって部屋を出て行こうとする。
『おっと待ちねい』
ところが、ベルフェルは私を止めてくる。
「なんで止めるのよ」
『まずは病気を軽く治してからだ。手伝ったところで負担の軽減効果が出るのはかなり後だ。それじゃ、親父さんの状態の悪化は止められないぜ』
「くっ、そういうことなのね……」
私はベルフェルの言葉に従って行動することにしたのだった。
真夜中、ティアローズに変身して、お父様の寝室に侵入する。
ベルフェルに言われたのは、自分や殿下のような健康な状態をイメージしながら魔力を使うことだった。
ちなみにそのベルフェルは、今私の代わりにベッドで熟睡している。
(健康な状態をイメージしながら、中の悪いものを取り除くイメージ……)
お父様の前に立って、魔力を注いでいく。
お父様の体が淡く光り始め、しばらく表面を光が包み込んでいた。
しばらく眺めていると、その光が少しずつお父様の中へと吸い込まれていき、すっかりが光が消えると再び静寂に包まれる。
(これで大丈夫なのかしらね)
不安になる私だったけれど、やるだけやったのだ。
気がかりではあるものの、さすがに私自身がもうかなり眠い。
部屋に戻った私は変身を解いて、ベッドにもぐりこんだのだった。




