Magic30 追われる馬車を救え
『おっ、久々に何か引っかかったな』
ベリル様と街に買い物に出かけた翌日の夜だった。ベルフェルが何かを感じたのか、急に独り言を呟いていた。
「なんなのよ」
『貴族の馬車が襲われてるな。出番だぜ、ティアローズ』
ベルフェルが、からかうように気持ち悪い声で笑っている。
でも、襲われていると知ってしまった以上、私は出ていくしかなさそうだった。知ってて放置なんて、寝起きどころか気持ちよく眠りに就くことすら無理だもの。
「はあ、行けばいいんでしょ、行けば」
『けけけっ、そうこなくっちゃな』
ベルフェルの笑い声を無視して、私は左手を前に出して集中する。
光が放たれ、私はティアローズに変身する。目の前には私に化けたベルフェルが立っている。
自分の目の前に自分がいるという光景には、相変わらず慣れないものだ。
「それじゃ行ってくるわ。族が相手なら、剣が得意な方がいいかしらね」
「おいらは知らねえよ。あんたの思う通りのものでいいんじゃねえのか?」
「まあ、現地で考えて決めるわ」
私は目を閉じて、ベルフェルが感じ取った現場を思い浮かべる。
次の瞬間、私の姿は自分の部屋からかき消えたのだった。
「まあ、頑張れや」
消える瞬間、ベルフェルの声が聞こえた気がしたのだった。
私はティアローズの時の特殊能力で、あっという間に現場まで瞬間移動する。
場所は辺りがよく見える崖の上のようだ。
少し遠いけれども、目を凝らしてみると街道を馬車で移動する土埃が見える。
「おかしいわね。夜中なら普通は街で休んでいるか、そうでなくても野宿するはずなんだけど」
馬車の後ろを見ると別の複数の土埃が見える。
これから察するに、どうやら賊に襲われていることは間違いないようだった。
「このままじゃ追いつかれるわね。急ぎましょう」
私は足に風魔法を乗せて、飛ぶように馬車へと近付いていく。
少し離れた場所で状況を確認するけれど、馬車の声は四人に対して、襲い掛かる賊は十五人。馬車の中に戦える人物がいれば違うけれど、これでは多勢に無勢に等しかった。
「ヒャッハー! 貴族の小娘は高く売れるんだ、とっとと捕まれ!」
聞こえてきた言葉に、私は思わず渋い顔をしてしまう。
また人さらいの類か……。頭が痛かった。
それにしても、こういった人たちに襲われるとは、なんという不運なのかしらね。
「これなら、魔法で動きを止めて剣で制するのがいいわね。魔法と剣、魔法剣士ってところかしら」
次の瞬間、私の姿が変わる。
セラフィス王国のものではないけれど、ぴしっとした騎士服に身を包み、マントに大きなつばのついた羽根つき帽子、細身のサーベルを持ったなんとも不思議な姿になっていた。
「さあ、行くわよ。まずは賊どもを追い払わなきゃ」
覚悟を決めて馬車に近付いていく。
私が近付いていくと、馬車はいよいよ賊に近寄られてしまう。
「へっへっへっ、悪く思うなよ?」
御者が危ない。
「させない!」
「うおっ!」
間一髪。私の風魔法を乗せた突きが賊の持つ剣を弾いた。それと同時に、賊はバランスを崩して馬から落ちる。
「ぐわぁっ!」
ものすごく痛そうな声が聞こえたけど、賊だから気にしない。
「誰だ!」
そう叫んで、賊の一人が止まる。
「お頭!」
「お前たちは馬車を追え! ここは俺が食い止める」
「へい!」
おっと、そうはいきますかっていうの。
お頭と呼ばれた人物の面目を潰すように、私は追いかける賊たちに魔法を使っていく。
普通、動く標的に魔法を当てるのはとても難しい。
でも、不思議なことに、私は何の問題もなく賊たちを一人、また一人と撃ち落としていっていた。
「くそっ! 誰だ、姿を見せやがれ!」
お頭と呼ばれる人物以外を全滅させた私は、ようやくご希望通りに姿を見せてあげた。
「女?」
私を見るなり、お頭はその表情を歪ませていた。
「けっ、たった一人で俺たちを壊滅させたというのか?」
ギリギリと歯ぎしりをするお頭だけど、私は何も答えなかった。
「くそっ、こうなったらお前を捕まえて売り飛ばしてやる。覚悟しろ!」
お頭が振りかぶって襲い掛かってくるけれど、私は実に落ち着いていた。
突っ込んでくるのに合わせて、私は剣を引いて迎え撃つ。
同時に放った突きが交差する。
「か、は……」
だが、そこは武器の長さがものをいうというもの。お頭はショートソード、私のは少し長めのサーベル。
私の攻撃の方が先に届いていたし、魔法も使って攻撃を逸らしていた。
とはいっても、魔法を使って避けるのはほどほどにしなきゃね。普段の私は魔法が使えないんだし、こういう回避の仕方は無理だからね。
どうにか賊を全員倒して縛り上げたのだけど、屋敷に戻ろうとする私は、なぜか帰れずにいた。
『よう、賊は倒せたようだな。だが、まだ馬車の危機は去ってないぜ』
ベルフェルの声がどこからともなく聞こえてきた。
「なんですって!?」
様子を見ていたかのごとく飛んできた声に、私は驚きで大声を上げてしまう。
そういえば、賊に追われて馬車は全力疾走をしていたのだ。
直前の状況を思い出した私は、さっきの要領で馬車を追いかける。
「ああ、もう。簡単に解決してよね!」
思わず叫んでしまった私は、再び馬車を追って転移をしたのだった。




