Magic3 交わされる契約
「な、なによこれ!」
一冊の本が突然光り出す。
その本は、さっき気になって手を伸ばした本だった。
本から放たれる光によって、私に降り注いできた本がぴたりと空中で止まってしまったのだ。
『まったく、なんて無茶をするんだろうね、あんたは。呼んでくれればおいらから出ていったのに』
へ?
どこからともなく不思議な声が響き渡り、降り注いだ本が元の場所へと戻っていく。
……ただ一冊の本を除いて。
私の目の前まで降りてきた本は、見事な装丁をしたきれいな本だった。
『おい、助けてやったのに礼もなしか。今度の主は実に礼儀のなってない奴だな』
「へ? もしかして、この本が喋っているの?」
『おう、おいら以外に誰がいるってんだい?』
「えええ~~っ! ……おぶっ!」
思いもよらなかった事態に驚いていると、本が顔面に体当たりしていた。
あまりの痛さに私は顔を押さえずにはいられなかった。
『へえ、魔力なしか。なるほど、それおいらと共鳴したってわけか、納得がいったよ』
本がずっと喋り続けているけれど、何を言っているのかまったく分からない。どういうことなのか理解するには、私の頭が追いつけなかった。
ダメだ。あれだけ普段勉強しているのに、予測不能なことには対処できないなんて悔しいな。
『なあ、ちょっといいかい?』
「な、何かしら」
目の前の本に急に声をかけられて、つい身構えてしまう。
私の怪しいものを見る目に、目の前の本は急にくるくると回り始める。怪しすぎる。
『嬢ちゃん、あんたは魔法の力が欲しくないかい?』
「魔法の力?」
『ああ、おいらと契約を交わせば、魔法の力が手に入るぜ』
急に現れた怪しい本からの提案。当然ながら私は訝しんでしまうというものだ。
『ちっ、なにを迷ってやがるんだ。そっちがその気なら、こっちにだって考えはあるぜ』
わざと聞こえるように喋った本は、私に向かって突進してきた。
訝しんで身構えていたせいか、私は反応が遅れてしまう。
「きゃっ!」
当たると思った次の瞬間、眩いばかりの光を放って本が姿を消してしまった。
一体何が起きたのか分からなかった。でも、さっきまで浮かんでいた本は間違いなく姿を消していた。
「夢……だったのかしら?」
私は部屋の中をきょろきょろと見回す。どこにも変な本の姿はない。
きっと変な夢だったのよと思おうとしたその瞬間だった。
『誰が夢だって?』
「ひゃっ!?」
さっき聞いた声がどこからともなく響いてくる。
どこから聞こえてくるのか、驚いた表情であちこちを見てみるものの、まったく声の出ている位置が特定できなかった。
『けけけけっ、もうお前はおいらの術中さ。契約を交わさせてもらったぜ』
「はあ? どこにいるのよ、姿を見せなさい」
私が叫ぶけれど、姿は見えない。
ふと自分の左腕に視線が行くと、そこには見慣れない装飾品があった。
「まさか……、このバングルって」
『正解。この姿は正式に契約が交わされた証さ。あんたが死ぬまで、ずっと一緒さ。ついでに言うと誰にも見えないぜ』
「誰もするなんて答えてないでしょうに」
左腕を持ち上げながら、バングルに怒鳴りつける。
『魔力がないことが契約の条件さ。けけけっ、恨むなら魔力なしに生まれたことを恨むんだな』
さっきまで本だったバングルが、偉そうな口を利いている。本当にイラッとしてくる。
『まぁ、契約が終われば魔法が使えるようになってるからな、安心しろ』
「本当に?」
『ああ、俺を額に当てて魔法を使いたいと願うんだ』
「分かったわ」
私は言われた通りにバングルを額に当てて、魔法を使いたいと強く願う。
光があふれて、なんだか体に力があふれてきた気がした。
ところが、次の瞬間、私は信じられない光景を目にする。
「ななな、私?」
「よう、どうだい、体の調子はよ」
憎たらしいまでの笑顔を見せてくる。自分の顔なだけになんとも気持ち悪い。
「どうして、私が目の前に……」
「そうか、自分が今どうなっているのか分からないか。ほれ、鏡だぜ」
目の前の私の偽者が手鏡を出して、私の姿を見せてくる。鏡に映った私の姿に驚かざるを得ない。
「えっ、髪の色が赤くなってる。これってどういうことなの?」
「おいらの力で、あんたを魔法を使える体にしてやったんだ。ただ、姿が変わっちまうから、元々のあんたがいなくなっちまう。それを埋め合わせるためにおいらがこうやってあんたに変身してるってわけだよ」
けらけらと笑う目の前の偽者。私の姿で下品な笑い方をしないでよ。
「さて、無事に契約が終わったし、その内容を伝えるとしようか」
「ちょっと待ってよ。それって先に契約内容を話してから結ぶもんじゃないの?!」
「けけけっ。その順序をあべこべにするのが、このおいら、魔導書ベルフェルってわけさ。それじゃ話すぜ」
私の抗議をまったくもって無視する魔導書ベルフェル。
聞かされた契約内容に、私は思わず言葉を失ってしまった。
ベルフェルの役目は、セラフィス王国に危機が訪れる時に生まれる魔力なしに、王国の危機を乗り切るための力を貸すこと。
無事に王国の危機を乗り切れられれば、魔力なしには魔力と絶大な幸福が訪れるという。
しかし、そんなにおいしい話ばかりではなかった。
制約として、その正体を知られてはいけないのよ。だからこそ、魔力なしが変身している間、ベルフェルがその人物に成り代わるのだ。
もし、正体を知られるようなことがあれば、私どころかその一族郎党、使用人に至るまでが処刑されてしまうのだという。
「嘘でしょ……? 勝手に契約された上に、そんな重い使命と罰則が科せられるの?」
「そうだね。なにせおいらは禁書扱いだからね」
だから、私の顔でそんな下品な笑い方しないでよ。
ところが、落ち込んでばかりもいられなかった。
「おや、早速仕事だぜ。ほう、いきなり王子様の危機か。初仕事にしてはちょっときついかな」
ベルフェルが笑いながら話す内容に、私は思わず青ざめてしまう。
ああ、私ってばこれからどうなってしまうのよ……。