Magic173 一対八
ルクスリアが戦術の魔導書で呼び出した影は、剣と槍の武器を持った二種類の影がいる。
剣を持った相手は今までに相手をしたことがあるのでまだ対処は楽。でも、槍は初めてなので、間合いの取り方がいまいち分からない。
そのせいで思わぬ苦戦を強いられている。
なにせ、その影は全部で六体いるからね。一つ避けてもすぐに次が襲い掛かってくる。イラつくけれど、ルクスリアのいう通り、まるで踊ってみたいな状態だわ。
どうにかルクスリアを見る余裕はなんとかあるわね。でも、私はそれを激しく後悔する。
(うげぇ……。なんて悪辣な顔なのよ。ああ、あの顔と態度が演技だったと知らされて、気分が悪くなるわ)
屋敷に来た時やベリル様を見ていたあの優しい笑顔が嘘だったなんて、本当に信じられないわね。
私は剣を持つ手に力が入る。
だったら、こいつらを全部倒して、その幻想に終止符を打つしかない。
「はああっ!」
私は姿を魔法少女風から、騎士風に変える。この姿ならば、多少の攻撃にも耐えられるからね。
ただ、機動力を考えて、盾は少し小振りになっちゃったけどね。
「ふふふっ、ベルフェルの変化の力かしらね。小賢しいこと」
私の変身を見ながらも、ルクスリアは余裕の笑みを浮かべている。
「さあ、タクティクの傀儡たちよ。その小娘を心折れるまで刻み付けてやりなさい。どうせ死なないんですからね」
さすがは魔導書の主といったところかしら。ベルフェルの力の恩恵もしっかり把握済みってわけね。
ああ、まったくもってイライラしてくるわ。
ルクスリアのあの余裕な態度もだけど、本性を見破れなかった自分自身の情けなさにもね。
私がそんなことを思っている間も、影たちの攻撃は執拗に行われている。
弄ぶかのようにぎりぎり避けられる攻撃を放ってくる。そのせいで、私にはさらに苛立ちが募っていく。
そのせいで、私の動きが少しずつ悪くなっていく。
「ぐっ!」
少しずつだけど、影たちの攻撃がかすり始める。騎士装束になって防御が上がっているとはいえど、攻撃をかすめられていくというのは、実に気分がよくないわ。
『落ち着け、ティアローズ! 怒りを募らせるほど、奴の思うつぼだ!』
ベルフェルの忠告が飛んでくる。
分かっているわよ、そんなこと。だけど、この数の暴力の前で、いつまでも冷静ではいられないってものだわ。
『落ち着けって言ってるだろうが! あんたはまだ自分の能力をほとんど使っていない。それを忘れるな!』
ところが、間髪入れずにベルフェルの声が頭に響いてくる。
その声にはっとした。
確かにその通りだわ。変身能力に頼りすぎてて、自分の能力をほとんど把握していない事実に気が付いた。
魔法にしたってほとんど使っていないものね。
それに気が付いた私は、剣を地面に突き立てて魔法を発動する。
「オーラインパクト!」
剣を中心として、魔法の障壁が発動する。
だけど、影たちは構わず突っ込んでくる。剣や槍を振り回して攻撃を仕掛けようとしたその時だった。
ガキーン!
金属同士がぶつかるような音がして、影たちは障壁によって跳ね返されてしまった。
こんな能力もあったとはね。冷静になってみるものだわ。
影が全部一度に跳ね返されて、ルクスリアが少しだけ動揺を見せたわね。
ならば、攻勢に転じるのは今かしら。
「やああ!」
近くに倒れた槍を持った影に私は攻撃を仕掛ける。
長い槍は間合いを詰められると真価を発揮できなくなる。それを突くためね。
起き上がって私の攻撃に対応としようとしてるみたいだけど、時すでに遅しよ。
「ギャアアアアッ!」
「まずは一体!」
人間じゃないから、思い切って剣を突き立てられるのはよかった。人間相手だったら、躊躇して手が止まるところだったわ。
だけど、これで止まってなんていられない。まだ五体いるんだもの。
私は起き上がって周りを見据えるけど、もう残りの五体は体勢を立て直していた。
だけど、一体やられたせいか、少し陣形に乱れが出てきたみたいね。攻撃方法に変化が出てるわ。
槍を持った二体が私へと襲い掛かってくる。
槍のリーチを活かして、激しい突き攻撃で私へと迫ってくる。
(こいつら、少しずつ分かれていっている?)
だけど、冷静さを取り戻した私には、相手の動きがよく見えるというもの。
槍を持った二体は、気付かれないように少しずつ左右に分かれていっていた。
そして、私の意識を左右に分断したところで、剣を持った影のお出ましってわけか。
「シールドバッシュ!」
剣を持った影の動きが見えたので、私は槍を持った影を無視して、剣を持った影に向けて盾を構えて突進を仕掛けた。
「ガアッ!」
不意を突かれたらしく、盾を叩きつけられた影はそのまま激しく吹き飛んでいく。
地面に叩きつけられ、そのまま形が崩れてしまっていた。
「よし、二体目!」
私はくるりと振り返って、影たちを見る。
さすがに二体もやられたとあって、少し慎重になり始めたみたいね。動きが止まっているわ。
だけど、私はすっかり忘れていた。
ここで相手にしているのは影だけではなかったことを。
振り返った私に大きな影が降り注ぐ。
「やるわね、小娘。でも、私を忘れてもらっちゃ困るわ」
「ルクスリア!」
そう、ルクスリアが知らない間に私に襲い掛かっていたのだった。




