Magic135 暇だからお出かけしましょう
ガブリエラの誕生日からというもの、しばらくの間は平和なものだった。
ティアローズに変身しての出動も一回か二回程度と、セラフィス王国に大きな危機を及ぼすような事案は起きていないようだった。
気が付けば年の後半に入ってしまっているのだから、驚きというものだわ。
「はあ、暇だわ……」
これといって事件もないし、かといってやることもない。
ベリル様と注文したドレスも、期間に余裕を持たせているからまだできたという連絡も来ない。
まったくもって暇というものだった。
「お嬢様、ちょっと出かけてみませんか?」
暇そうにしている私を見て声をかけてきたのは、護衛のマリアンヌだった。
あまりにもだらけているのが見てられなかったようね。
でもね、だらけてばかりじゃないのよね。今日もやる勉強は全部済ませてしまったし、お父様たちの仕事にも手伝う余地がないのよ。
それで、今は暇を持て余して珍しくだらけてしまっているというわけ。
どうもマリアンヌはそういう姿を見慣れていないようで、暇だったら出かけようと声をかけてきたわけ。
断る理由もないので、私は一緒に街に出かけることにした。
マリアンヌが一緒ならということで、両親からはあっさりと許可が出る。
サリーも一緒についてきて、私たちは三人で王都を散策することとなった。
「すっかり気候が落ち着いてきましたね」
「夏が終わりましたからね。もうそろそろ収穫の時期を迎えて、寒い時期がやってきます。特に寒い時期ですと、雪が降りますからこの辺りも真っ白になりますよ」
「へえ、そうなのね」
基本的にお屋敷から出ることのなかった私は、自分の家の庭園くらいしか見たことなかった。
なので、自分の屋敷以外も真っ白になるという話を聞いて、ふ~んという感じに聞き流していた。
「王都が白くなった様子、見てみたいですね」
「お嬢様は基本的にずっとお屋敷の中でしたものね」
「そうなのか。魔力なしというのは大変なのですね」
サリーの証言を聞いて、マリアンヌは驚いたように私に確認してきた。
あまりにもびっくりした表情だったから、私は苦笑いを浮かべてこくりと頷いておいた。
不便に思ったことはないんだけど、それが原因で社交界に出してもらえなかったからね、今まではね。
マリアンヌがドロップ家にやって来たのは今年に入ってからだものね。今までの私を知らないというのは無理もない。
よその令嬢だったマリアンヌにとっても、私は魔力を持たない哀れな令嬢でしかなかったはずだもの。どんな生活をしてるかまでは、把握できなかったでしょうね。
そんなわけだから、知らなかったとしても、私としては責めるつもりにもなれない。自分も逆の立場なら同じことをしていた可能性はあるものね。
適当に王都を散策している時だった。
「うん?」
平民街を歩いていると、何かを感じ取る。
私自身に魔力はないので、こんな反応をするというのは珍しい。
「どうかされましたか、お嬢様」
マリアンヌが私の異変に気が付いて声をかけてくる。
「なんだろう。魔力なしなはずなのに、こっちの方角から何かを感じるのよ」
「……それは妙ですね。ということは、魔力によらない勘というわけでしょうか。いかがなさいますか?」
「え、どうするって?」
「調査するか、このまま帰るかということです」
真剣な表情で、マリアンヌが私に迫ってきた。
「お嬢様、戻りましょう。こんな薄気味悪いところ、居続けるわけにはいきませんよ」
対照的に、サリーは私に対してとっとと立ち去るように勧めてくる。
だけど、なんだか気になるからには、私はこう決断する。
「進みましょう」
「ええぇ……」
私が判断すると、サリーは怖がって腰が引けてしまっていた。
「大丈夫ですよ、サリー。私がいます。必ずや、お嬢様方を守ってみせますとも」
なんとも頼もしいマリアンヌの言葉だわね。
散策の予定だったけれど、どうしても気になるために私たちは奥へと進んでいく。
第一、私がここまで何かを感じ取っているっていうことが気になるもの。いや、まさかね……。
『けけけっ、そのまさかだ。こいつは怪しいにおいがぷんぷんするぜ』
ベルフェルは上機嫌のようだ。
まったく、人の気も知らないでのんきなものね。
進んでいるうちに、行き止まりに到達してしまう。
「壁ですね。どうなさいますか?」
マリアンヌに聞かれる私だけど、なんだろうか、不思議とその壁に手が伸びてしまう。
ガコン……。
私が手を触れると、壁が凹んだ。
「わわっ?!」
思わず驚いて声が出てしまう。
次の瞬間、壁が動いて奥への通路が現れる。支えを失って、私はそのまま前へ倒れてしまいそうになる。
「お嬢様、危ない!」
マリアンヌが叫んで私を抱きかかえ、そのまま壁の中へと転がり落ちていく。
どのくらい転がっただろうか。ようやく止まったようだった。
「お嬢様、マリアンヌ様」
明かり取りの魔法を使ったサリーが、あとを追いかけてやって来た。
「あいたたたた……。大丈夫かしら、マリアンヌ」
「大丈夫でございます。護衛たるもの、この程度、何の問題もございません」
マリアンヌはすぐに立ち上がって体のほこりを叩いていた。
それにしても、なんて薄暗い空間なのだろう。サリーが明りをつけてくれなきゃ、何も見えなかったわ。
「お嬢様、前。誰かいます」
「前?」
サリーが何かに気が付いたようだ。
言われた方向を見ると、そこには一人の女性が横たわっているようだった。
確認してみるものの、女性は眠っているようなのだが、いくら叩いても目を覚まさなかった。
「どうされますか? 連れて戻られますか?」
「そうね、こんなところにいたんじゃ、可哀想すぎるわ」
誰か分からないけれど、こんな暗い場所でずっと一人にしておくのは気が引ける。
マリアンヌが女性を背負い、私たちはその場から足早に立ち去ったのだった。




