とあるシリアルキラーとの邂逅
ウーウー…
遠くでなにやらサイレンが鳴っている。
夜の街に雨が降り注いでいる。
サイレンの場所は遠いようだった。
雨の降る街の景色を、姫野は1人眺めていた。
ここは彼の隠れ家である自宅。
いや、ハッキリと言うと、姫野さん、の家だ。
姫野Kラングス
今彼が名乗っている名だ。
彼自身のことは謎が多過ぎて、その名を名乗っている理由もなかなかに深い闇を抱えている。
この日本の外で、彼は姫野さんを殺した。
そしてそれから彼に成り変わり、姫野を名乗っている。
本当の名前はなんというのか、姫野自身もあまり興味がないのだった。
彼は長いこと1人でいた。
2人でいても、いつかは終わる。
彼が殺してしまうからだ。
そう、彼はシリアルキラー。
殺人鬼だ。
彼自身はなんの不思議も抱いてはいない、その素性。
あまりにも血生臭い半生であった。
「なんだろな〜警察が集まってるみたいだけど…」
ぽつりと姫野が呟くそばから、窓の外の道路をパトカーが走っていく。
その量は結構な数だった。
姫野には鋭い勘がある。
その勘が、これから何か起こるぞ、と告げているのだ。
姫野はくるくると、手に持った注射器を回した。
とても器用に。
これは彼の武器だ。
これで血を吸って殺す。
殺し方もどこか吸血鬼を彷彿とさせる。
彼は闇の住人。
暗い場所にしか住むことのできない人間。
いや、人間なのか…
ふと彼はたまに思う。
僕はなぜ生まれて、何をして生きるのか。
何のために生まれて来たのか。
そんな答えのない疑問が彼の中に存在していた。
やがてまた夜が明けてる。
その前に姫野はベッドへと潜り込む。
彼は夜の闇でしか生きれない存在。
昼間は寝て過ごすことがいつものことだった。
「これで何軒目だ?なぁ王子田!」
ピシャリと持っていた資料の束をその男は机に叩きつけた。
目の前には大きな男が立っている。
大きな体格だが、顔つきはとても優しい感じの人物。
王子田雅哉
彼はこの捜査一課の刑事だった。
王子田の前でふんぞり返っている男、彼は王子田の上司、田中だった。
彼は不機嫌そうな顔で王子田をジロリと睨みつけた。
「この事件…なんなんだろうな!若い女ばかり狙われて、殺されてる」
「はい…!」
田中の言葉に王子田は顔をこわばらせた。
今一課が受け持っている件、連続婦女殺害事件。
若い20代の女性ばかり狙われている。
犯人は仕事帰りな女性を狙い、暗がりに連れ込み殺す。
殺害方法は様々だった。
しかし犯人の目星は全くついておらず、こうして王子田が田中に縛られるのが日常になっていた。
「なぁ王子田、お前この犯人どう思うよ?」
田中が資料をパラパラとめくりながら聞くと、王子田は背筋を伸ばし
「自分は、快楽殺人の筋で見ております!」
そう言った。
ふうん、と田中は息をついた。
「まぁ、それは可能性としてはかなり高い。若い女ばかり狙う変態的な殺人鬼の相手、お前だったらどうするよ?」
田中の言葉に、王子田は少し逡巡し
「はぁ、まぁ捕まえます」
「どこの誰だかもわかってねぇんだぞ!簡単にいうな!」
田中の雷が落ちた。
しかし王子田はのほほんとした表情をしていた。
彼にとってはここまでが日常茶飯事なのだ。
しかし、犯人は早く捕まえなければな。
王子田はそう思いながら捜査一課の詰め所を後にする。
早く見つけなければ。
その思いに囚われ、王子田は焦っていた。
警察署の外にある自販機でコーヒーを買う。
ベンチに座りながら一口飲んだ。
その時だった。
「あのーすいません」
急に誰かに声をかけられた。
そこに立っていたのは、長身の若い男だった。
顔の造形が美しい。
切れ長の目がとてもクールに王子田を見つめている。
王子田は驚いていた、が、
「どうかしましたか?何か俺に用事が?」
ニコニコとしながら、王子田はその男に答えた。
男は美しい顔をしていた。
その顔が一瞬曇った。
「うーん、なんか今、殺人事件が起きてるんですよね?僕にも何か手伝えることありませんか?」
突然の言葉は、王子田の予想外なものだった。
えっ、と思わず聞き返す。
この美しい男が、なぜ?
すると男は少し笑い
「あ、すみません、まだ名乗ってなかったですね。僕は姫野。姫野Kラングスと申します。」
男はそう言うと薄く笑った。
とてつもない美しい笑顔だった。
王子田はポカンとしている。
な、なんでこの人は殺人事件に協力的なんだ?
王子田はなぜか予感のようなものを感じていた。
なぜかこの男は普通の物差しでは測れない気がする。
何かわからないが、闇の匂いがする。
王子田がじっと姫野を見つめると、姫野は照れたような笑いを浮かべた。
「やだな、警察署から出て来たんだから、刑事さんでしょ?ちがったかな?」
「いや、合っていますよ。しかし姫野…さん、なぜそんなことを言うのです?あなたは一般市民でしょう?」
「僕はただ、気に入らないだけなんです」
姫野の表情が一瞬鋭いものになる。
「こんないい街で殺人をしている奴がいる、許せませんね」
姫野はそう呟くと、王子田に向き直った。
「だから僕、犯人を殺すことにしました!」
ニコッと天真爛漫な笑顔で言う。
王子田はあんぐりと口を開けた。
な、なんだこの人は…!?
あまりにも規格外な存在だと、気づき始めていた。
姫野はゆっくりと目を瞑り、また開けた。
表情が鋭い。
「僕は犯人の居場所は知っています、一緒に来てくれませんか?刑事さん。あ、お名前聞いてなかったですね」
「俺は王子田、王子田雅哉だ。姫野…くん、君は一体…」
姫野はまた無邪気に笑った。
この男がシリアルキラーであると、王子田が気づくはずもない。
やがて2人がいつか対立することになるなど、今は知りもしなかったのだ。
そして2人は連れ立って街の外れにあるアパートへとやってきた。
「ここは、昔から犯罪をした人間がよく潜伏しているアパートですよ。知人から聞きました。」
姫野はサラッとそう言った。
彼は日本には知り合いはいない。
しかし夜な夜な夜の街に繰り出しては色々な情報を聞き出していたのだ。
彼の情報網は異常なものだった。
「姫野くん、その情報は確かなのか?」
王子田が不安げに聞き返すと、姫野は人差し指を口元に持っていき
「もちろん!大丈夫ですよ?王子田さんっ」
なんともはや、とても明るい調子で言う。
王子田は調子を狂わされっぱなしだった。
この人は一体何者なんだ。
しかし、気にしている場合ではない。
その時だった。
物陰に隠れてアパートを見ていた2人の前を影が横切った。
男が1人…そして
その腕にはだらんとした女が抱えられていた。
ビンゴ…!
王子田は驚いた。
多分この男が殺人鬼に間違いない。
姫野もクールな表情で状況を見ている。
「部屋に入ったらすぐ踏み込もう!女性が危ない」
「ですね、そうしましょう」
しかし王子田は姫野の肩に手を置いて首を振った。
「姫野くん、君は一般人。ここまでだ。あとは俺がやる」
姫野は王子田を見つめ返した。
そしてふっと笑った。
「わかりましたよ、僕はここで待ってますから。王子田さん、お気をつけて」
ああ、とつぶやき、王子田は1人でアパートの男が入った部屋へと向かった。
その背後で姫野はスッと厳しい表情をしていた。
「そこまでだ!警察だ!」
男を追って、王子田は部屋に飛び込んだ。
中には女を今にもロープで首を絞めようとする男の姿があった。
間違いない、現行犯だ。
王子田は、携帯していた銃を構えた。
「動くな!その女性を離すんだ!」
男はギョロリとした目の小さな男だった。
そして女を離して、両手を上げる。
くっ、あっけないものだったな、しかしこれで事件解決…
そう
王子田が考えた瞬間だった。
バン!
男が床を踏んだ。
すると古い木の板が持ち上がり、王子田の拳銃を持つ手にぶつかった。
思わず王子田は拳銃を手放した。
「しまった!」
王子田が慌てて拳銃を拾おうとする。
しかし
男はその拳銃を蹴り、どこかへやってしまった。
まずい…!
男はとんでもない怪力だった。
持っていたロープをピンとはり、王子田の後ろに回り込んで首にかける。
体格のいい王子田を翻弄する小柄な男。
しかし筋力はとてつもない。
まずい…やら、れる…
意識が朦朧として来たその時だった。
バァン!
突然の発砲音。
ロープが緩んだ。
男はゆっくりと王子田の後ろで倒れた。
な、まさか…!
「間一髪でしたね~王子田さん?」
そこには姫野がいた。
片手に銃を持ち、男を撃ったのだ。
拳銃の銃口から煙が立ち上る。
「ひ、姫野くん!?君が撃ったのか!?」
慌てる王子田の前で、姫野は笑っていた。
「当然ですよ、この僕が住んでる街を荒らしたんだ、絶対に殺してやるって思っていました」
笑いながら姫野が言う。
「き、君は一体何者なんだ…?」
王子田は唾を飲んだ。
姫野は薄らと笑みを浮かべたまま言った。
「僕は姫野。姫野Kラングス。ただのシリアルキラーですよ」
殺人事件は犯人死亡でかたがついた。
攫われた女性も無事で、王子田は田中からも大いに褒められた。
お手柄だと。
しかし王子田はあの時、自分を救い、そのまま姿を消した男のことを考えていた。
姫野…姫野Kラングス
「くそっ、何者なんだ…」
王子田はモヤモヤと晴れない思いを馳せていた。
この街に住んでることは確かだが。
王子田はまた再び、出会うことをなんとなく予感していた。
そしてその予感は姫野もまた…
「んー、昼間は本当に陽の光が眩しいなぁ」
自宅のカーテンを引きながら、姫野はベッドに横になった。
ま、いっか、1人殺せたし。
「おやすみ、世界」
呟いて姫野はゆっくりと眠りについた。
END