第三十二話 こちら双巨龍、鳳となりて竜を穿つ(後編)
空から降り注ぐ竜の群れ。
その中で、数機機体が食われたのを目の端で確認した。
すまぬ……!
目をつむり勇敢な戦士たちに詫びる。
こんな事になるはずじゃなかった。
我々は少し、敵を侮っていた。
不覚だ。飛行隊長ともあろう自分が、少しばかりの平穏な生活に、溺れて平和ボケでもしていたのかもしれない。
少し混乱状態の戦闘機編隊。
しかし一機、微動だにせず真っ直ぐに飛んでいる紫電を見つけた。
矢木機である。
陽斗は無線機のスイッチをつけ叫ぶ。
「矢木!早く散れ!死ぬぞ!?」
その刹那、矢木機は急上昇し、自ら龍の雨に突入していく。
まさか……特攻か!
そんな予感が頭の中でよぎる。
しかし、その予想とは反するように、矢木機はゆっくりクルクルと機体を回転させながら、機銃を竜に向けて発砲させたのだ。
そして竜は力尽きたのか脱力するように落ちていった。
周りを見渡せば、矢木機を筆頭に竜に攻撃をする機が増えている。
陽斗も竜に対して迎撃態勢を整える。
青い竜が僚機を狙うその後ろにつき、機銃の引き金を撃つ。
ダダダダダダダダッ!
竜は血を吹き落ちてゆく。
確認した後、無線機の電源を押す。
「全機伝達、敵を巻き直ちに母艦に帰投せよ!」
◯
ハルバード隊長率いる第一飛龍隊は、漂流物捕獲の任に着いていた。今は指定された座標に捕獲用魔法装置を竜に装備して移動中である。
だが、ハルバードは少し悪巧みをしていた。
捕獲なんてつまらぬものではなく、戦争を、闘争を、戦いを楽しみたい。
そう彼の血が騒ぎ立てていた。
自称独立国への攻撃の際、俺は目覚めてしまった。
人を殺すのが、街を壊すのが、燃やすのが、拷問をすることが、命乞いをする民を見ることが、闘争が、こんなにも楽しいことだなんて……!
充血した眼で獲物を探す、赤い竜に乗った男。
彼こそ空の精鋭部隊、第一飛竜隊隊長その人である。
「早く……俺に!!人を殺させろ!!!命乞いをしろ!!!闘争を、戦争を、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く───!!!!!」
血に飢えた獣。
そう例えるのが妥当だ。
第一飛竜隊の隊員たちは、ハルバードを”空の魔物”と言うほどだ。希少種の赤い竜は気性が荒く、手懐けにくい。
だが彼等はその気性の荒さで意気投合して居る。
決して赤いからといって、速さが3倍にはなったりはしないが、青い竜とのスピード差は圧倒だ。
赤い彗星の如くスピードで天を駆け回る。
彼は戦いそのものを自身の中で美化し、死を美化し、存在を美化している。それは彼にとってとても優越感に浸る以上の至福であり、まさに狂気。
そう、彼の二つ名は、彼自身しか指すことのない単語──。
関門『戦闘卿──ハルバード・レビンソン』である。
だが今彼は、素晴らしい機会に直面していた。
彼は感動し、自分の敵であることに感銘を受けていた。
それは、大鳳から発進した隊長機、大久保機と闘争しているからである。
ひとまず全体の混乱体制を整えながら帰還を促す下田機、だが運の悪いことに無線機は故障を起こしていたのだ。
無線機は故障がつきものであるが、こんな肝心な時に故障とは空気が読めないらしい。
下田機は上空に上昇しながら戦闘空域全体を見渡す。
「クソっ!無線が聞こえてないのか?」
けたたましいエンジン音をとどろかせながら右斜め下に降りていく。すると一瞬、左端に閃光が走った。
赤い閃光、その次に緑色の閃光が走る。
敵の隊長機と予測される目立った赤い竜、その後ろには零戦。
機内には見覚えのある女性が居た。下田はその人を忘れるはずがない。模擬空戦で自身を負かした相手、大久保莉乃であったからだ。
それに気づいた下田は、お得意の急降下から急上昇に転じる。
急いで追いかける。本能が言った「追いかけろ」っと。
空を舞う竜は神同然であった。
まさに天の支配者の様で、威風堂々たる眼光で零戦と紫電を見据えた。
スコープの真ん中に竜が入る。
その瞬間莉乃は左手で発射スイッチを押す。
しかし赤竜の俊敏さは群を抜いており、機械にはできない動きで銃弾を避ける。
体を回転させながら翼を細め、被弾範囲を小さくすると共に空気抵抗を少なくし加速する。
しかし、パイロットはどうなっているのだろうか。
人間が、あのような軌道に伴うGに耐えられるわけがない。
だが、この世界には「魔力」がある。ハルバードは魔力を使い脳に血液を回しているのだ。それに、足にはゴムのような防具が取り付けられており、足を前にしたり後ろにすると、締まったり緩くなったりし、足に血がたまらぬよう工夫がなされていた。
赤竜は翼を広げながら右斜め下に下がる。
零戦も続くように軌道を変えた。
二人の空戦は激しくなり、ダダダダダッ!っと、機関銃を数秒事に置きながら発射し、左右に機体を傾けながら赤竜を撃つ。
しかし赤竜は空を自由に駆け回り、航空機にはできない動きで避ける。
「ハハハ、ハハハハハハハハハッ!その程度かぁ!?面白くねぇな……そろそろこっちも本気で楽しんでやるよぉ!!」
その時、赤竜は翼を広げ空中で一瞬止まった。
莉乃は驚いた、自爆でもするのかと思ったからだ。このままのスピードで突っ込むと、体当たりしていまう。零戦は赤竜の懐に凄い勢いで突っ込む。だが赤竜は、その巨大な翼で空を仰ぎ、零戦に暴風を促した。
「くッ!」
莉乃が苦痛の声を漏らす。
安定飛行を保っていた零戦は、何かに弾かれたみたいに後ろに吹っ飛んだ。自由落下のような状態でクルクルと回りながら落ちてゆく。
紙飛行機が予期せぬ風に当てられ地面に落ちていくように。
だが、飛行隊長と呼ばれるに相応しい実力を莉乃は持っていた。
零戦と身体を一体化し、操縦桿を両手で握りメーターを見ながら調整する。
エンジンスロットルを絞り込み、出力を下げる。
零戦の頭が海面に90度に等しい角度になった時、スロットルを広げ操縦桿を下に下げた。
間一髪、零戦は海面スレスレを飛び、水しぶきがプロペラの下で飛び散る。
ゆっくりと機首を上げ上昇していく。
どこ?どこに行った?
あたりを探し回っていた時、赤竜は太陽の中から現れた。
「ッ……!」
凄まじい反応速度で、機体を逸らしどうにか交わすことができた。零戦が上昇する。莉乃の背中が凍てつく。背面に赤鬼が迫りつつ恐怖に冷や汗を描きながら必死に逃げる。
そして、高度2500メートル程の高さで、上昇を辞めた。
赤竜の居場所を確認する。
赤竜は零戦の背ににびっしりと張り付いていた。
莉乃はその事を確認すると”あの技”を使う準備をする。
猛獣のような目をした赤竜の搭乗員が目に入る。
腹をすかせた狼のように赤竜を操り速度をあげる。
赤竜は翼を大きくはためかせ、体に引っ付けるように細め空気抵抗を減らし、急加速した。
もらった………ッ!
竜は大きく口を開く。
人を喰らえる感動がハルバードの体全身を包みこんだ。
だが、竜が喰らったのは「虚空」だったのだ。
「………は?」
消えた?
どこだ、どこに行った!
目の前の緑の竜が消えた。確実に喰える距離だった。ハルバードは戸惑いを隠せない。ハルバードの頭の中には疑問でいっぱいだった。殺戮に支配されていた彼の脳内は、疑問で埋め尽くされたのだ。
その答えは、彼が後ろを向いた瞬間に分かった。
「ッ………!」
消えたはずの緑の竜は、ハルバードの背中に居た。
ハルバードは初めて感じた。
獣に喰われる恐怖を、戦いの中で襲ってくる背中の凍てつきの感覚を……。
莉乃が使った技は、陽斗との模擬空戦で使用した技であった。
この技は、長い零戦乗りならば知らぬ人は居ない技であり、熟練した兵士ならば使用は容易い。
だが、この技を磨きに磨いた莉乃のこの技は、まさに極地であった。
達人の侍の斬撃が見えないのと同じことだ。
自分の機体の速度、傾き、重量、そして相手の速度と傾き、タイミング、その全てが精密に計算され、莉乃の完璧な操縦技術を加えてできる境地の技。
その名も「横滑り」である。
加速を確認した莉乃は、操縦桿と方向舵を逆に踏み込み横滑りに転じ、消えるように早く、美しい軌道を描き右斜めに滑り攻撃を交わした後、すぐに左に機体を動かし敵の背面についた。
相手の背後に入れる時間はほんの1秒。
その一瞬を逃せば、超加速にのった相手はすぐに離れていってしまう。
莉乃はその1秒を、掴むことができた。
零戦の機関銃から銃弾が放たれ、その銃弾は見事赤竜に当たった。
「グギヤァアアアアアアアアアァ!!」
竜は耐えがたい痛みに悲鳴を上げながら血を吹き下に落ちていく。
だがその時、黄色い閃光が莉乃の零戦を襲ったのだった。
※長い事投稿できなくて申し訳ございません。
受験生なので、今年は投稿頻度かなり少なくなるかもしれませんが、不完全燃焼では終わらせませんので、偉そうに思うかもしれませんが信じて待っていてください!
加えて、私の知らぬ間にアルファポリスでは100お気に入り登録を超えていてとてもびっくりしました。こんな色々ガタガタな作品を読んでいただき本当に感謝です。
伝えたかったことは、アルファポリスの方で感想を頂き、お返しした通り、私自身は一応海軍の礼儀作法などは頭に入れている”つもり”です。
でも知識不足というかにわかというか、まだまだそういうところがあると思いますので、なるべく温かい目で見てほしいです。
手間をかけますが、感想などで教えてくださると嬉しいです。
手間を掛けぬようなるべく気をつけたり、勉強はしていくつもりですので、どうかご理解ください。
細かな設定などは、本文、または解説文や、こういった作者のあとがき文をお読みください。
長文失礼します。長い間更新できず本当にごめんなさい。※




