第二十三話 日月第三条約
内火艇が大和から降り、その中に山本五十六と成斗が乗り込む。
ブルルルルルルと発動機を起動させ、波をかき分けながら進む。
内火艇は他にも長門、武蔵、信濃、から出ている。
奪還作戦の間、副長と長官、他艦の艦長と副長が居なくなり、機能しない可能性があるため艦隊の旗艦は大和から巡洋艦四万十に移された。
そして長門にはあらかじめ各艦に乗っていた赤城艦長、雲龍艦長第7師団長、副長、信濃には琴葉と戦車隊隊長が乗船した。
港の陸に乗り込める場所に行くと、なにやら騒がしい。
月灯の警備員だろうか、我々を守り囲むように道を作っている。
「この人殺し!!」
「お父さんを返してよ……」
「俺の息子を返せぇ!!」
「お父さああぁぁぁあん……わあぁぁぁぁあ!!」
「夫を返して!」
「俺の唯一親友を良くも……!」
そうだ。
先の防衛戦線で月灯の乗員は死者が出たのだろう。
当たり前だ。例えで言うならば日本海海戦に大和が出現し、バルチック艦隊を滅ぼしたようなものなのだ。
「早く……もう持たないかもしれません……チッ……」
一人の警備員がこちらを睨み、そういった。
「…………すまない」
山本五十六は深く帽子を被りながら告げた。
敵の本陣地に足を踏み入れたのだ。
このくらいの仕打ちは覚悟していたはずなのに。
皆、心を痛めてしまった。
雪那は服を引っ張られる感覚を感じる。
「せんぱぁい……怖いぃ……ぐすん」
琴葉が涙目になってしまっていた。
雪那は琴葉に「大丈夫だよ」っと言い聞かせ、頭を撫でながら子供の手を引くように手を繋いだ。
奪還作戦
山本五十六
成斗
雪那
玲香
蒼二
心菜
琴葉
拓哉
宗悟
敏郎
健一
陽炎
東秀
副長の比嘉 秋三郎
の14名は、翔の居る桜月城に、警備員に囲まれながら、鬱憤と怒りにまみれた言葉に囲まれながら進んだ。
奪還作戦予備作戦
艦隊総勢力を集め大和艦長を奪還する。
◯
「こちらです」
ウサギのように白く長い耳と、丸い尻尾をはやした女性の獣人に案内される。
その先には広く、綺麗な装飾をされた場所だった。
事前に知らせていた人数分赤い座布団が、畳の上に敷かれている。
そして奥を見ると、薄い布で姿は見えないが、一段高い、殿様が座っているような場所に、座っている人影がある。
その隣には立っている人影がある。
そして、部屋の両端には大勢の人々が座っている。
恐らく、大臣やらなんやらの上層部だろう。
ということは、あの人影はコユキという女帝だと分かった。
「今日はよくもまぁ大変な中、お越しいただき有難う御座います」
「いえ、こちらこそ談話の条件を呑んでいただき有難う御座います」
山本五十六が答えた。
「所で、談話の内容というのはいかがなものでしょうか」
「談話の内容に関しては、2つ、話したいことがあります」
「ほう?」
「一つは、我々の仲間を、返していただきたい」
「仲間……あぁ!翔様のことですね?」
「そうです。どうか、返していただけないでしょうか」
「………ダメです」
「「「ッ……!?」」」
「おい!ダメってどういうことじゃ!まさか、殺したんじゃねぇじゃろうな!!」
蒼二が取り乱す。
怒りと悲しみが混ざった声だ。
「おい!コユキ様に失礼だぞ!」
一人の月灯の大臣が声を上げた。
「んなもん知るか!おい!どうなんだ答えろ!」
「武蔵艦長、少々お静かに」
山本五十六が静粛する。
「しかし……!」
「いいから、座りなさい」
「っ……………………」
蒼二は少しなにか言いたげだったが、大人しく座った。
「ダメ……とはどういうことでしょうか。まさか本当に身に危険があったという解釈でいいのですか?」
「フフフ……まさか、愛人に痛めつけるようなことはしません。しかし、翔様は私の婿に入るのです。それはもう止めることはできません。それに、先の防衛戦線での此方の負傷者は数知れません。その代わりとは言いませんが、当たり前の代償なのでは?」
「いえ、それは違います。我々は専守防衛を敢行したまで。先に攻撃したのはそちらです」
雪那が口を開いた。
「それは我々の領海に入った貴方方が悪いのでは?」
「しかし直ぐに攻撃するでしょうか。まずは相手と通信を取り合うものではないのですか?!その前兆さえも、貴方方月灯艦隊の行動は見られなかった」
コユキは少し苛立ちを見せる。
「あぁ……そうかも知れませんね。分かりました。そこに関しては我々の責任と言うことにしますが……なぜそれ程まで翔様に執着するのですか小娘。まさか、「好き」なのではないのですか?」
「え!?い、いやいやいやいや!ち、違います!全然そんなことは……」
「泥棒猫に取られるのはゴメンですね」
「な!誰が泥棒猫ですか!誘拐したのはそっちでしょう!?」
「先輩すこし落ち着いて……論点がズレてます」
「そうですよ先輩!」
琴葉と莉奈が口論になりそうなところを止める。
その時だった。
「あぁもう我慢ならん!コユキ、俺はお前の婿になる気はない。すまないが俺は帰らせてもらう」
そう声がして、人影が此方に近づいてくるのを感じる。
「え!?ちょ、ちょっと貴方様!?そ、それじゃまるで……「フラれた」みたいな感じじゃないですか!!」
「そうだよ。俺はフった」
「そ、そんな無責任なっ!!一夜を共に過ごした仲ではありませんか!!」
コユキが立ち上がり、涙を流しながら言った。
『『『え?』』』
大臣を含めた全員が驚きの声を発する。
「アレは違う!手も出してないのに誤解を招く言い方するな!」
「ガーーーン…………」
布の向こうでも分かる落ち込みぐわい。
そして、布をめくりあげて出てきたのは「藤野翔」だった。
「久しぶりだな、皆。ただいま」
「「「先輩!!」」」
「翔!」
「翔君!」
「「「「「「この人が、大和艦長……」」」」」」
「若っ!!」
健一が驚く。
皆俺の周りに集まってくる仲間達。
皆泣いて迎えてくれた。
「翔、俺は……クッソ心配したんだぞ!もしかしたら死んでるかもって……俺様をこんな仕打ちしやがって……「真剣勝負」で許してやる!」
「そ、それは勘弁……で、あの人達は一体……」
翔は琴葉達の方を見た。
「わ、私は空母大鳳艦長、高橋琴葉です!先輩方が失踪してから50年後から来ました!」
「俺は戦艦長門艦長稲田拓哉だよ〜ん。なんか、よくわかんないんだけど皆別々の世界から集まったみたい。よろしくね、翔ちゃん」
「私は航空戦指揮官兼空母赤城艦長菅野敏郎です。稲田艦長と同じように、別世界から来ました」
「わ、私は空母雲龍艦長島健一です。菅野長官と同じ世界から来ました!」
「第七師団師団長厚賀東秀です」
「第七師団副長比嘉秋三郎です」
「私は戦車隊隊長丸山陽炎です!」
「あぁ……アイツが言ってた通りか……」
俺は聞こえないように呟いた。
何も言わず座って見守っていた山本五十六は、ゆっくりと立ち上がり、翔の方へ行く。
「翔君、よく戻ってきた」
翔は敬礼をする。
「私戦艦大和艦長、藤野翔、ただいま帰りました!!」
そのようにして翔を歓迎している間に、月灯の大臣たちは少々ザワつき気味で、コユキにいたっては口から魂が抜けていた。
「わ、私……貴方様に振られてしまっては……生きてる価値なんて……」
「こ、コユキ様、元気を出して!翔様への気持ちはそんなものなのですか!?」
召使いがコユキの体をさする。
「あ、そ、そうよ!絶対に婿入りの件に関しては絶対に手を引きませんわ!」
漂流者一同、すこし唖然とした。
「はぁ……奥の手使うか」
すると、翔が再び布の中に入っていく。
そしてコユキを抱擁し、耳元で囁やいた。
「コユキ」
コユキは思わず体をはねらせる。
「あ、貴方様!?わ、私……耳は弱く……」
「コユキの俺への気持ちはよくわかった。だから、表には出さずに、裏で付き合おう。そうしたら俺だってずっとこの関係で居られる」
「は、はわわわわわわわわ………わ、分かりました!分かりましたから、耳は……ちょっとモゴモゴ……」
完全に顔が真っ赤になっている。
これは、勝った……。
俺は心のなかで笑った。
「皆、大丈夫だって」
「先輩、一体何を……」
成斗が俺の方を向いて呟いた。
「こ、コホン。で、2つ目は一体どんな内容ですか?」
コユキが改めて話を進める。
皆それぞれ元の場所に戻り座る。
俺は長官の少し離れた隣に座った。
「2つ目は、我々との貿易を頼みたい」
「ほう……貿易。しかし、貴方達はなにか貿易の代わりとなるものはあるのですか?」
「そこには関しては今から説明します。なにか、黒板などはありますかな」
「黒板ですね」
コユキが手を2回叩く。
すると、襖があいて、大きな黒板がもって来られる。
「皆様、それぞれ見える所に移動してください」
山本五十六がそう呼びかけると、皆黒板が見える場所に移動する。
「それでは、始めます。まず、我々が月灯の方々に求めるのは、「物資」と「情報」です。「物資」は鉄、食料、水、「情報」はこの世界のもっと詳しい情報を求めます」
山本五十六は、話しながらスラスラと黒板に分かりやすくまとめていく。
「そして、我々は見返りとして、防衛力と戦力を提供します」
「ほう……?」
コユキが珍しく興味を持つ。
月灯の大臣らはすこしざわつき気味だ。
なるほど、防衛力と戦力……か。
俺は心のなかで察した。
大和の力は、話を聞くに先の防衛戦線で分かっているはず。
「もし、月灯が他国に責められる場合、我々は防衛戦力として艦隊を派遣、または反撃時に戦力として艦隊を派遣します。そうすることによって……」
「他国は我が国に手を出しづらくなる」
コユキが答えた。
「御名答です。つまりは安全保障条約です。平和を維持する事を望んでいるのならば、この条件はあまり悪くないのではないでしょうか」
「……なぜ平和を維持する事を望んでいると?」
「貴方は我々が民間居住区を攻撃するかもしれないという脅し文を送った瞬間、すぐに談話の場を設けてくれました。そこで、恐らく争いなどを好まず、平和を愛している人だと思いました。そこで、条約を結びたいと考えます」
「条約……?」
「はい。我々、大日本帝國と月灯との3つの条約です。一つ、共に手を取り合い共存共栄を行う。二つ、もし戦時下に陥った場合、お互い共に同盟を組み共闘する。三つ、お互いに貿易条件を遂行すること。しかし、条約を破った場合、大日本帝國側は安全を、条約破棄したその瞬間から保障しない……これをまとめて、「日月第三条約」とでもいいましょう」
「ふざけるな!それではまるで我々が貴方方の国の傘下ではないか!」
「そーだそーだ!」
大臣等が声を荒げる。
すると、成斗が立ち上がり、山本五十六に「あとは私が」っと耳打ちをする
「えー皆様、少々お静かにお願いします。日月第三条約は、確かに一見月灯のほうが不利の条件に見えます。しかし、詳しく書けばこうなります。まず一つ目を枝分かれさせると……「共存共栄を行うにあたり、多少の技術提供を大日本帝國側は行う」そして二つ目をさらに枝分かれにさせて……「もし、戦争犯罪の疑惑が月灯にかかった場合、条約を持ちかけた大日本帝國側の責任とする」三つ目は……「大日本帝國側が安全保障条約を遂行できなければ、大日本帝國側は月灯の法律に則り裁判を受ける」っということでどうでしょうか」
成斗はスラスラと黒板に書き込んだ。
大臣達は「ほう?」っとすこし興味を持っている。
恐らく、戦争犯罪にかからないことに関してが大きいことだろう。
「なるほど。確かに、悪くない条件ですね」
コユキがそう言った。
すると、立ち上がり、布から姿を現す。
「分かりました。我等月灯は、大日本帝國との条約を結びます」
成斗がコユキに条約の詳細が書かれた紙を手渡す。
「此方に……」
コユキは、その紙に調印し、大日本帝國側も調印を終えた。
こうして、「日月第三条約」が結ばれたのだった。
襖が切り刻まれる。
それと同時にその破片が吹き飛んだ。
吹き飛んだ襖の向こうには、カスミが立っていた。
「か、カスミ!?」
「カスミ、どうして!」
全員、驚きの表情を露わにする。
「何故……何故、ですか?「やくそく」してくださりました……よ……ね?ね?ね?!」
その瞬間、ものすごい速さで小さな針が飛んでくる。
その方向には翔がいた。
翔は体を右にそらした。
その小さな針は壁を貫通した。
くッ……!ま、まずい……しかも、カスミなんだかさっきより強くなっている……?あの短時間で何があった。
でも今は、戦えない者達の非難が優先か……!
「皆、早く逃げろ!おい蒼二……!いけるよな?」
「勿論だ!ハハハ!血が騒ぐ!!」
そう言い、腰に携えていた刀、右には「名刀海綱」、左には「名刀夜神」を鞘から抜刀する。
「貴方様、私もお供します!」
すると意外なことにコユキが名乗り出た。
「駄目だ!早く逃げろ!」
「いえ、カスミは私の娘。親としての責任があります!それに、今のカスミは感情による魔力暴走が起きてます……人は多いほうが有利ですわ!それに、私をそこらの小娘と同じにしないでくださいね!」
「コユキ……分かった。それじゃあカスミには、最後、コユキがトドメをさしてくれ」
「はい!」
「成斗!長官と雪那達で先に艦に戻っててくれ!」
「了解しました!」
「翔君、無理はするんじゃないよ!」
山本五十六はそういう。
「はい!ご心配有難う御座います!」
そう返した後、成斗達に大臣の召使い達が「此方に」っと出口に案内する。
「カスミの目を……覚ませてやる」
俺はそうつぶやき、刀の持ち手の部分に手を添える。
蒼二とコユキが、先に飛び出る。
コユキと蒼二で挟み撃ちに攻撃を仕掛ける。
コユキは、尻尾の長さが長くなり、爪の長さが伸びている。
カスミに攻撃を加えようと、残り10センチ程度のところで、甲高い音が響くと同時に刀、腕の動きが強制的に止まった。
細く鋭い糸が張り巡らされている。
すると、見えないほど緻密な糸がコユキと蒼二の足をすくう。
そして上下に叩きつけられるが、コユキは鋭い歯で噛み切り、蒼二は片方の刀で地面を貫き引っ掛け、もう片方の刀で糸を切る。
蒼二とコユキに夢中になっている間に、翔が走りだす。
「藤古刀術三之舞「龍落」!」
持ち手の部分を握り一同上に、昇龍のように空気を切り、龍が落ちるように思い切り降ろした。
カスミはその斬りを左に避ける。
次の瞬間、蒼二が仕掛けた。
「二柱古刀術上一式「稲妻」、下一式「暴風」!!」
上が右手、下が左手である。
それは嵐のように荒々しい激しい斬り。
しかし、カスミは魔力暴走のおかげかその斬撃が見える。
最小限の動きだけで避ける。
「クッソ……当たらねぇ……」
蒼二は一度後ろに下がり、呼吸を整える。
次に翔が素早く刀を動かす。
連なるように甲高い音が重なる。
カスミも素早く器用に指を動かす。
押すと押され、押すと押されの繰り返しが長い間つづいた。
時には壁を蹴って攻撃を仕掛けたり、寸止めをしたりして気をそらそうと思ったがむだだった。
なので、一定の動きをずっと繰り返すことにした。
そう、繰り返し。
繰り返しをすることによって、その集中は何処にいくだろう?
そう、目の前だ。
後ろから、獣のように気配を消したコユキが忍び寄る。
カスミが気づき、後ろを向いた時は手遅れだった。
(あぁ……死ぬの……)
カスミは、死を覚悟した。
しかし……。
柔らかく温かい感覚が体を包んだ。
驚きで目を開けると、優しく抱きしめるコユキがいた。
殺されると思っていたカスミにとって、それはにわかには信じられなかった。
「お義母……様?」
「カスミ、ごめんね。辛い思いをさせて。ずっと……辛かったわよね……苦しかったわよね……寂しかったわよね……」
コユキは涙を流しながら、しっかりとカスミを抱きしめた。
「お義母様、なんだか、胸が苦しいです……そして、なんだか、目の前が……滲んで……」
徐々にカスミの声が震えていく。
「嘘ついててごめんね……私、なんにも分かってなかった。カスミの親なのに、なんにも……ごめん……ごめんね……」
「お義母様……ごめんなさい!私、本当は寂しかった!!本当はもっと、愛してほしかった!!そして、自分は、本当のお義母様の子供じゃないって、知って……翔様に……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ううん……大丈夫、カスミは何も悪くない。貴方は私の大切な娘よ」
コユキは、泣きじゃくるカスミの頭を優しく撫でる。
「お義母様……ううん、お母様、大好きです!」
「うん!私も大好きよ……」
俺と蒼二は、その光景を二人で、お互いが落ち着くまで見守った。
◯
──難波戦艦大和──
翔が、コップにお茶を入れる。
そして、煎餅が入った器を二人が座っている机に置く。
「いやはや、貴方方までこの世界に来ているとは、驚きました」
「ハハハ、拾ってもらった上にお茶までくれて感謝しているよ。にしても、あの大和が随分とやられたようだね」
「航空機に戦艦が沈められる……か。マレー沖海戦と同様に、この大和も沈んだか……」
一人の男がお茶を啜る。
「長官がおっしゃっていた通り、時代は航空機だったのだな。なぁ、お前、最後は雷撃処分となったと聞いたが、艦はどうなった?一緒に流れ着いたんじゃないのか?」
もう一人の男に話しかける。
「分かりません。気づけばこの島に流れ着いていたので、でも、何故貴方もここに来られたのですか?あの海戦からは逃れたんじゃあ……」
「私は陸上勤務になったよ。最後はサイパン島で自決した」
「それは……なんというか……」
「言わんでいい」
「まぁまぁ、ゆっくりしていってくださいよ。南雲長官、山口長官」




