第21回参加作品「イケメン王子がヒロインを溺愛するために必要なたった一つのこと」
<あらすじ>
日本のごく一般的な高校生であるオレは、姉貴の激推しする乙女ゲーにハマり、なぜかその世界に転生してしまう。
オレの役回りは、ファリス第一王子。
主人公である令嬢ソフィアのメイン攻略対象だ。
もちろん他にもエンディングのあるキャラは何人もいるが、なんといってもファリス王子は特別なエンディングが用意されている、いわばトゥルーエンドキャラだ。
そして実際に会ってみたソフィア嬢は、目を疑うほど可愛らしい。
こんな娘と恋仲になれるなんて、なんという幸運と思ったのもつかのま。
最近どうもソフィア嬢の様子がおかしい。
いったいどうしてしまったんだろう。
きっと何か原因があるに違いない。
なんとしてもそれを探し出して、彼女との幸せなエンディングを目指さなくては。
彼女に会いたいなぁ……
オレは執務室の机に肘をついて、ため息をひとつ。
一人で使うには広すぎる部屋、豪華な調度品、きらびやかな服。
最初は王子様の生活ってすげえなって思ったけど、今は全く魅了的に映らない。
つい半年前まで、日本の普通の高校生だったオレには考えられない生活なのは間違いないんだけど。
オレが生まれたのは、ごく一般的な家庭だった。
二つ上の姉貴は、サブカルとりわけゲームに詳しく、その耳の早さや腕前は並ではない。
オレもかなり好きな方だが、推しに対する熱意は姉貴の方が上だ。
そんな姉貴が持ってきた一本のゲーム。
「恋は争い、奪い合え」などと少々物騒なことが書かれているそれは、パッケージのイラストを見るに、いわゆるアレだ、「乙女ゲー」。
貴族社会を舞台に、ヒロインの女の子が意中の男性とのエンディングを目指すという、内容だけ聞けばスタンダードなもの。
まったくやる気が起きないのだが、姉貴がどうしてもと迫ってくるので、仕方なしにコントローラを手にとってみると……
面白いんだ、これが!
ただストーリーを追っかけて、それっぽい選択肢を選べば良いんだろうとかナメててすんませんでした。
アクションバトルはあるわ、パズルはあるわ、バレンタインチョコ作りのミニゲームに至っては、全国ランキング対応ときた。
どこに需要があんのかと思ったら、何気に参加者が多いのが笑えてくる。
操作が単純なだけに中毒性があって何回でも挑戦したくなる。
くそっ! またかき混ぜ方を失敗した!
「どう? 面白いでしょ?」
その声で、オレはふと我に返る。
姉貴が、してやったりと言わんばかりの顔でこっちを見ていた。
認めるのは悔しいが、たしかにこれはハマる。
「しばらく貸しといてあげるから、存分に楽しんで」
「姉貴はどうすんだよ?」
「あたし? 自分のは別にあるから。そっちは『布教用』ってやつ?」
さすがだ。
部屋から出て行った姉貴を見送って、その後もずっと遊んでいたオレは、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。
で、目が覚めたらこの部屋に居たってわけだ。
最初はそりゃあ驚いた。
この鏡に映ってる金髪イケメンは誰だってね。
初めて見たはずなのに、部屋も自分の姿も、どっか見覚えがある。
これ、さっきまでやってたゲームのファリス第一王子じゃないか。
夢でも見てるのかと思っていたが、いつまでたっても目が覚める気配がない。
まさかとは思うが、これがマンガやアニメでよく聞く乙女ゲー転生ってやつか?
まてよ、ここがゲームの世界で、キャラクターたちがいて、ということは……
「初めまして殿下、ソフィアと申します」
緊張した面持ちで少々ぎこちない挨拶を送ってくる彼女こそ、このゲームの主人公であるソフィア嬢だ。
ゲームをやっている時から可愛いとは思っていたが、実物は想像以上だな。
ぱっちりとした大き目の瞳に艶のある黒髪。
ドレスから覗く手足はほっそりと色白で、繊細さが際立っている。
性格も健気で優しい一方で、芯が強く努力家。まさに非の打ち所がない。
ゲーム内では、ファリス王子と結ばれるのがトゥルーエンドとされている。
だが、そんなことは関係なく、この娘と一緒にいたいと願った。
これが一目惚れというやつだろう。
自分にこんな感情があるとは驚いた。
それから半年あまり。
とにかく彼女を幸せにしたい。大事にしたい。
オレの中にあるのは、それだけだった。
急速に仲を深めていったオレとソフィア嬢は、互いの気持ちを確かめ合い、婚約を発表することになった。
そうして開かれたパーティ。
主だった貴族たちを集め、幸せな二人を祝福してもらうための宴。
でも……
その席上に、ソフィア嬢は最後まで姿を見せなかった。
後日、体調が思わしくなく、自室で臥せっていたと聞いた。
それならば仕方ないと思っていたが、それからどうも様子がおかしい気がする。
全く顔を見せなくなり、手紙を送っても送っても返事がない。
こちらから会いに行っても、なんのかんのと理由をつけて断られる。
何が起きたんだろう。
オレが彼女の気に障ることをしてしまったんだろうか。
だとしても、この豹変ぶりは……。
オレは、またひとつ大きなため息をつく。
どうしたらいいんだ、わからないことだらけだ。
と、そのとき、部屋にノックの音が響いた。
「どうした?」
「殿下にお会いしたいとソフィア様がいらっしゃいました。いかがいたしますか?」
「なんだと!」
執事の声だ。
思わずオレは椅子から腰を浮かす。
「すぐに行く、客間に通しておいてくれ。くれぐれも粗相のないようにな」
「かしこまりました」
向こうから会いにきてくれた。
よかった、オレの取り越し苦労だったようだ。
今までのことも、なにか事情があったに違いない。
オレは逸る気持ちをおさえ、いそいそと準備をして客間へと向かった。
「よく来てくださいましたソフィア嬢、お待たせして申し訳な……」
客間の扉を開けると、ふわりとハーブティーの良い香りが届いた。
ソファに腰掛け、ティーカップを持ったソフィア嬢が、ちらりとこちらに視線を送ってくる。
その冷たさに、オレは言葉を飲み込んでしまった。
……誰だ? この娘は。
改めて見ると、間違いなくソフィア嬢本人だ。
見間違いだろうか。
オレは、なんとも言えない不安を抱きながら、彼女と向かい合わせに腰掛けた。
「お待たせして申し訳ない、なにぶん突然の訪問に驚いてしまって」
なんとなく話し方が他人行儀になってしまう。
なんだろうこの違和感は。
「いえお気になさらないでください。お約束もなしに押しかけてしまった、こちらが悪いのですから」
ソフィア嬢は、ティーカップをソーサーに戻すと、柔らかい笑みを浮かべる。
その表情は、いつもの見慣れたものだ。
「身体を悪くされたと聞いたのですが」
「ええ、殿下にはご心配をおかけしましたが、今は大丈夫です」
「それはよかった」
久しぶりなせいか、なんとなく話しにくい。
妙な距離感があるというか。
「それで、今日はどういった用件で?」
この雰囲気は、どう見ても『ただ会いたいから』という感じではない。
「そうですね、単刀直入に申し上げましょう」
向けられた目線の冷たさに、オレは思わず気圧されてしまう。
「以前お話していた、殿下とわたくしの婚約の件ですが……」
やっぱりその話か、オレは息を呑む。
「パーティが無駄になってしまったのは残念ですが、あれは後日改めて……」
「いえ、あの約束は無かったことにさせていただきます」
え?
なにを言われたのか、理解できなかった。
部屋に入ったときから悪い予感はしていたが……婚約破棄?
「どうして急に……冗談だろ」
「冗談で、こんなことを言えるとでもお思いですか?」
「なぜだ、オレが何をしたっていうんだ」
「言わなければわかりませんか? わたくしは最初から殿下に恋愛感情など持ち合わせてはいませんのよ」
信じられない。
それじゃあ今までの半年間は全部嘘だったってことか?
そんなはずがあるか。
「ですので、今後は節度のある関係をお願いいたします。そうですね、さしずめ良き友人といったところで」
「待て! そんなの納得できるわけがないだろう!」
立ち上がろうとするソフィア嬢を慌てて引き止めた。
彼女がイライラとした様子で髪に手をやる。
これがあのソフィア嬢だというのか。
「これだけ言ってもダメですか。あたしには心に決めた人がいるのです、たとえ世界を味方につけたとしても、それであたしをモノにできるとは思わないでくださいまし。失礼」
オレは、がっくりとうなだれ、部屋を出て行く彼女を見送ることもできなかった。
それにしても、これほどこっぴどく振られるとは。
まるで、好感度を最低まで下げたときのギャルゲーみたいだな。
……ゲーム?
オレの頭に彼女の最後のセリフが引っかかった。
『たとえ世界を味方につけても』
オレの中でひとつの推理が組み立てられて行く。
このゲームでのトゥルーエンドはファリス王子と結ばれること。
そのせいか、ファリス王子のイベントは明らかに他キャラに比べ優遇されている。
つまりゲームシステム、いわば世界が味方しているのだ。
彼女が、それを口にしたのは単なる偶然か?
違う。
おそらくソフィア嬢は知っているんだ、この世界がゲームであることを。
いや知っているのは彼女の中に居る何者か、今のオレと同じように彼女の中に居座ってる転生者だ。
普段、自分のことを『わたくし』と言っていたソフィア嬢が、『あたし』と言ったのもそうだ。
あれは感情が昂ぶったあまり、転生者の素が出てしまったのではないか。
確信はないが、そうだとするとソフィア嬢の豹変の理由も納得が行く。
転生者が入り込んだのは、おそらく婚約パーティの直前。
そして、その何者かにはファリス王子以外の推しが居る。
このままでは、ソフィア嬢は転生者の意のままに操られ、本人の意思とは関係なく相手を選ばされてしまう。
それではあまりに彼女が不憫だ。
オレはソフィア嬢を幸せにすると誓った。
仮に相手がオレでなかったとしてもだ。
そのために、なんとしても転生者の正体を突き止め、彼女の身体から叩き出してやる。
覚悟しろ! 無粋な転生者め!
第三会場で参加
会場12位、全体48位でした
以前から一度、婚約破棄ものに挑戦してみたかったんですが、ちょっと変わった設定の方が良いなということで、主人公がゲーム内の攻略される側に転生する形にしてみました。
最初にプロット練ってた時には、王子に転生して、これで安泰と喜んでいたら、ヒロインが三択を悉く間違えるのをコミカルな感じでって考えてたのですが、まあこれがうまく書けないのなんのって
結局、ちょっとシリアス目に寄せてみたんですが、これが裏目に出る結果になってしまいました。
感想でとにかく言われたのが「主人公のダブルスタンダード」っぷり。
主人公が憑依型の転生者なのに、ヒロインに憑依した相手に、ヒロインの意思を無視してると憤る。
確かにダブルスタンダードなんですよね。
で、言われて気づいたのが「主人公はもっとエゴを出すべき」。
なるほどと思いました。
たぶん主人公の言い分を「せっかく得た俺の遊び場に土足で踏み込みやがって、許せん!」みたいな感じにすると、ここまでのツッコミは入らなかったのかなと
やっぱり、素直な感想は学びになります
で、まあこの辺でちょっと設定語りもしちゃおうかなと思います
実はこのゲームにはダイブもしくはVRの対戦モードがついてて、主人公は寝落ちしている間にこのインタフェースを勝手に取り付けられてしまったという設定です。
片方がヒロイン、片方がメイン攻略対象の王子役を受け持ち、互いに「好き」か「嫌い」を設定した後にゲーム中で心変わりをさせられたら負けというルールです。
なので、この作品中では王子には「好き」、ヒロインには「嫌い」が設定されており、王子側はヒロインを振り向かせれば勝ち、ヒロイン側は王子をかわして違うキャラとくっつけば勝ちって感じの勝利条件が設定されています
ヒロインの中に入っているのは、ほとんどの方がわかったようですが、主人公のお姉さんです。
主人公にインターフェースを勝手に装着したのも同じくお姉さんの仕業です。
余談ですが、この作品のエンディングは、紆余曲折を経てヒロインを振り向かせた主人公がエンディングと同時に現実に戻ってくる。
部屋の扉が開いて、お姉さんが顔を出す
「いや~、まさかあんな情熱的な告白受けるとは思わなかったわ~、あんたもなかなかやるじゃない。あ、そうそう、今回のはしっかりプレイ動画に残させてもらったから」
とかお姉さんに言われて、結局最後まで頭が上がらない主人公って感じで終わる予定でした。
続きを書くことは……たぶん無いと思います。ごめんなさい