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第20回参加作品「つばさを取り戻すために」

<あらすじ>


再生医療による身体機能の回復技術が大きく発展した、ちょっと未来のお話。

専門的な知識や設備が必要で、まだまだ一般に浸透したとは言い難いものの、手や足が動かない、指先が自由にならないといった障害から人々は徐々に解放されていった。

だが、未だ治療には長い時間がかかり、身体が機能を取り戻したとしても、そこから長いリハビリテーションが待っている。

この問題を少しでも改善し、患者の社会復帰を少しでも早くするため、ある方法が考案された。

医師の素養に大きく依存するものの、着実に効果が認められるその方法とはいったい何なのか。

この先は、本編をご覧ください。


※なお、作者本人は医療関係はズブの素人ですので、色々と妄想全開です。あしからず(笑)

 深夜の入院病棟は、ひっそりと静まり返っていた。

 昼間は、ひっきりなしに人が行き交う廊下も、今は空調の音や機械音がかすかに聞こえてくるだけだ。

 いつものことだけど、なんとなく気が引けて、足音を立てずに歩きたくなってしまう。


「患者さんを起こしてしまう心配はしなくてもいいんだけどね」


 独り言を言いながら廊下を歩いていく。

 やがて、僕は目的のドアの前で足を止めた。

 ドアの横には『七星 美月』と書かれたプレートが一枚だけかかっている。


「さて、それじゃあ失礼しますよ」


 いつもならノックしてから入るところだけど、今日は必要ない。

 僕は、ドアを開ける事もなく、するりと中に入り込む。


 一人用の病室には、中央に大きなベッドがあり、傍らには車椅子が置かれている。

 それに、私物をしまうためのキャビネットとテレビ。

 お気に入りの本やぬいぐるみが並べられているが、やはりどうにも殺風景だ。

 その様子が、そのまま患者の不便さを表しているようで、なんとも気の毒な気分になってしまう。


 僕は静かにベッドの傍らに立った。

 中では、一人の女の子が、すやすやと良く眠っている。

 見下ろしている僕に、気づく様子もない。


「さあ起きてください、時間ですよ」


 耳元に顔を寄せて、静かに囁いた。

 ふっと目を開けた女の子が、ゆっくりと上半身を起こす。


「あ、先生、おはよう」

「おはよう……には、ちょっと早いかな。美月ちゃん、具合はどう? 気分が悪かったりはしない?」

「あれ? まだ夜なんだ。明るいから朝なんだと思っちゃった」


 美月ちゃんが時計を見ながら、首をかしげた。

 明かりのついていない部屋が、僕と同じように明るく見えているなら大丈夫だな。


「具合は悪くないよ、それどころかいつもより体が軽いくらい」

「それはよかった」


 笑みを浮かべる僕を、美月ちゃんは不思議そうな顔で見返した。


「先生、今日はなんか変だよ。体が透けてるし、それにちょっと光ってる」

「うん、美月ちゃんのために、この姿になってるんだ。幽体離脱って知ってるかな?」

「ゆーたいりだつ?」

「そう、身体と魂が別々に動いてる状態のこと。今の僕は魂だけなんだ」


 美月ちゃんが、難しそうな顔をして考え込む。

 昼間のうちに、特別な練習をするとだけ話してたんだけど、もうちょっと詳しく教えるべきだったかな。


「それって、お化けってこと?」

「う~ん、似てるけど、ちょっと違うかな。そんな怖いものじゃないよ」

「うん、先生は怖くないよ」

「それなら良かった」


 人によっては、霊とか魂とか言うだけで、無条件に怖がったり胡散臭げな視線を向ける人も多いんだが、美月ちゃんは大丈夫なようだ。

 僕は内心、胸を撫で下ろす。


「それにね、今は美月ちゃんも同じようになってるんだよ」

「え?」


 美月ちゃんは、自分の手や身体が僕と同じように透けて光っているのを見て、驚いた表情を浮かべた。


「後ろを見てごらん」

「あたしが寝てる……」


 美月ちゃんは、僕の力で魂だけ起こしたので、当然、身体の方はベッドに寝たままだ。


「起きたりしないんだ。わたし、お化けって空中に浮いたりとか、物に触れないんだと思ってた」


 興味深そうに美月ちゃんは、身体の方の額をつついたり、頬をつねったりしている。


「うん、魂が抜けちゃってるから起きたりはしないよ。それと必要なら浮かんだりもできるんだけど、それだと練習に不便だから、できないように僕が調整しているんだ」

「そっか、ちょっと残念だな」

「そうだなあ、うまくできたら、最終日に少しだけご褒美ってことにしようか」

「ほんと? 約束だよ」


 満面の笑みを浮かべた美月ちゃんだったが、すぐに悲しそうな顔に取って変わった。


「でも、ほんとに歩けるようになる?」


 視線が、自然とベッドの傍らに置いてある車椅子へと向いてしまう。


「もちろんさ、そのために先生も頑張るから」

「でもね、わたし事故にあってから、何年も歩けなかったんだよ? 病院の先生も、もう歩けないだろうって……」


 ベッドで寝ている美月ちゃんの目に、じんわりと涙が浮かんだ。

 前の病院では手の施しようがなかったという報告は、僕も聞いてる。

 でも、ウチは身体機能回復を主体にした専門病院だ。

 設備もやり方も、全く違う。


「ここには腕のいい先生がいっぱい居るから大丈夫、だから美月ちゃんは、僕といっしょに練習をしよう」

「うん……でも、どうしたらいいか、わかんないよ」

「それも大丈夫。さっき身体がいつもより軽いって言ってたでしょ?」

「うん」

「歩けていた頃を思い出して、足を動かしてみて」


 美月ちゃんは、ベッドに手をつくと、真剣な顔で自分の両足を見つめる。

 しばらくそのまま様子を見ていると、不意に美月ちゃんの足がぴくっと反応した。


「あ! 動いた!」

「やった! すごいぞ美月ちゃん!」


 嬉しさのあまり、二人してバンザイして喜んだ。


「でも、いままで全然動かせなかったのに、なんで?」

「うん、それは僕らが魂だけの状態になっているからなんだ」

「どういうこと?」


 歩けなかったり、手が使えなかったりといった身体の機能障害は、主に肉体の不具合によるものだ。

 逆に言うと、魂の方はその不具合に影響されないので、本来は完全な状態で稼動する。

 しかし、長い期間その機能を使用せずにいると、魂の方が動かし方を忘れてしまう。


 医学の進歩によって、肉体の修復技術は格段に上がったが、魂がその状態だと、どうしてもリハビリテーションに時間がかかってしまう。

 そこで肉体への治療と平行して、患者の魂を抜き出し、訓練によって正常な機能を思い出させる方法が考案された。

 全国でもまだまだ数は少ないが、それを行うのが僕ら心霊リハビリテーション師の仕事だ。


「それじゃあ、これを頑張れば、また歩けるようになる?」

「ああ、もちろんさ。美月ちゃんの足を治療している先生からも経過は順調って聞いてるしね」

「嬉しい! わたし頑張る!」


 美月ちゃんが、満面の笑みを浮かべた。

 それを見ていると、僕も嬉しくなってくる。


「美月ちゃん、足が治ったらなにがしたい?」

「そうだなあ……海! 海に行きたい!」

「いいね、泳ぐの好き?」

「泳ぐのも好きだけど、砂浜で遊ぶのも好き! パパと砂のお城作ったりとか」


 こーんなの! と、美月ちゃんは両手をいっぱいに広げてみせた。


「そっか、僕は生まれたところが山ばっかりだったから、泳ぐの苦手なんだよね。美月ちゃん教えてくれる?」

「うんいいよ! そのときは、わたしが先生ね」


 美月ちゃんの声が弾んでいる。

 きっと、足を悪くする前は、すごく明るい娘だったんだろうな。


「じゃあ、今度は僕がちょっと手を貸すから、もう少し練習頑張ってみようか」


 僕は、介助のために、美月ちゃんの足に手を添える。

 とたんに美月ちゃんの顔が真剣なものに変わった


「じゃあ、ゆっくり動かすよ」

「うん」


 がんばれ、がんばれ。

 僕は心の中で祈った。


 ……

 …………


 医局の片隅、仮眠用のベッドで僕は目を覚ました。

 顔だけ向けて時計を見ると、既に二時間が経過している。

 美月ちゃんの熱心さに引っ張られて、少し無理をさせすぎたかもしれない。

 明日からは、ちょっと考えないといけないな。


「おつかれさまです、せ~んぱい」


 目の前の簡易テーブルに、缶コーヒーが置かれた。

 見上げると、白衣姿の男が人懐っこい笑みを浮かべていた。

 手をついて起き上がろうとする僕を、両手を振って慌てて止める。


「ああダメですよ、幽体離脱の後はしばらく起き上がれないんでしょ? そのままそのまま」


 そう言って、自身も傍らの椅子に腰掛けた。

 こいつは、美月ちゃんの足の治療を担当している医師で、軽い見た目と態度によらず、腕はウチでも折り紙つきだ。

 それにしても、こんな時間に何をしているんだろう。


「今日は夜勤なんですよ。それで先輩が美月ちゃんのリハビリを始めるって話を聞いて、ちょっと様子見ってとこです」


 僕が聞く前に、勝手にペラペラと喋りだす。

 相変わらずの察しのよさだ。


「それで、どうです? 美月ちゃんのようすは」

「やる気も熱意もある。希望が見えたのが相当嬉しかったんだろうな、あれならそう遠くないうちに霊体の方は歩けるようになると思う」

「初日から二時間もぶっ続けですしねえ」

「ま、そんなとこだ」


 こいつは、いったいいつから観察してたんだろう。

 ただの興味本位なら、別に気にすることもないんだろうが。


「さて、それじゃあボクも頑張らないとなあ。せっかくの先輩の苦労が無駄になっちゃっても困るし」

「僕よりも患者を失望させないでくれよ」

「はいはい、わかってますって。じゃあボクはちょっと調べ物があるので行きますね、ごゆっくり~」


 ひらひらと後ろ手を振りながら去っていく様子を見送る。

 心なしか、いつもより歩くのが速いような気がする。僕が横になっているせいだろうか。

 引っ掛かりは感じるが、疲労で頭が上手く回らない。

 僕はそのままウトウトと眠りの世界に引き込まれていった。

第四会場で参加

会場22位、全体85位でした


前回より順位が下がってしまいましたが、地味に1位票が二本入っていたのはうれしかったです。

いま改めて見てみると、説明不足感があるなぁと。

まあこの作品については、欠点がはっきりしていて、とにかくヒキが弱いというのが書き出しとしては致命的だったのかなと。

ただ、アイディアが斬新という評価を複数いただいたのは嬉しかったですね、ひとえにアイディアを活かしきれない僕自身の実力不足ということで、要修行って感じですね


この作品に関しては、連載するとすれば、色んな事情を抱えた患者が主人公の下を訪れる一方で、なにか一本大きなストーリーを通すみたいなオムニバス形式になるんじゃないかと想像してはいますが、実は現時点では連載は考えていません。

これを連載しようと思ったら、ディテールに凝れるだけの医療知識、現行のリハビリテーションに関する知識、そしてなによりオムニバスのひとつひとつをハートフルに書く表現技法と足りない物が多すぎで、正直、今の僕には手におえないなと。

ただ、アイディアそのものは、かなり前から暖めてたものだったので、今回書き出しだけでも作れてとても楽しかったです。

次回参加はすでに決まってるんですが、次はもうちょっと上を目指してみたいなぁと思ってます

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