天月心理の異世界旅行2
アリエステルお嬢様に連れられて着いた先は、豪邸と言う言葉がしっくりくる西洋館だった。
と言っても途中からそんな気はしていた。
路地裏を出ると馬車が待っていて、馬車に乗って暫くすると明らかに大きい建物が増えていった。
言うなれば富裕層がすむ区画なのだろう。
その中でも一際大きい建物の前に止まった時は、何かの冗談かと思ったよ。
けれど、アリエステルお嬢様は、当然のように降りていった。
「ほら、其処に居ても始まりませんわ。
馬も草臥れておりますので早く休ませてあげたいので降りて来なさい」
アリエステルお嬢様に急かされて僕様は、急いで馬車から降りる。
「さて、行きますわよ。
流石にその格好のままでは悪いので服を支度致しましょう」
「助かります」
本当にこの格好は恥ずかしい。
そんな僕様の考えてることなど気にも留めずアリエステルお嬢様は、建物のある方へどんどん進む。
すると建物のとびらからイケメン風味の貴族風味の青年が、飛び出してきた。
青年は僕らに気が付くと止まり挨拶をした。
「おかえりアリエステル、お客さんかい?
可愛らしいお嬢さんだね」
「ただいまお兄様、こちらアマツキシンリさんと言いますの」
「アマツキシンリ、変わった名前だね」
「ええ、後、この人は、男性ですわよ」
「え?」
「それでは、後で詳しいことはお話ししますのでまた」
お兄様が、硬直した直後、僕様の手を引いてアリエステルお嬢様が歩みを進める。
「お兄様?」
「ええ、一つ上のお兄様、お兄様の中でも一番自由に行動されてるわね」
「一つ上ってことは何人兄弟がいるんだ?」
「お兄様があの人以外に上に二人、お姉さまが一人、弟が一人で妹が二人よ」
「多いな」
「一般市民の感覚ね」
「あら、おかえりなさいアリエステル、そちらは?」
「ただいまお姉さま、こちらは私の客ですわ。
名前は、アマツキシンリといいますの」
「そうですか。
あなたは、どうしてここへ?」
こちらを向いて尋ねるお姉様。
「男たちに襲われましてたまたま近くにいた。
アリエステルお嬢様に助けて頂きました」
「なんこと!
大丈夫ですの?
肌に傷は?
顔は、大丈夫そうね。
どこまで……いえ、それは聞いても仕方がないことね。
ゆっくりお休みなさい、困ったことがあればアリエステルにお伝えしなさい。
アリエステル、この子をしっかり慰めるのよ!」
「はいお姉さま」
え?
この流れそのまま流すの?
「ひとまずこの子に服を着せますのでこれで」
「ええ、何か必要なものがあれば私か私の従者に伝えなさい」
「ありがとうございますお姉さま」
「それじゃあ、私は従者たちに伝えるわね」
「よろしくお願いいたします」
「任せなさい!」
アリエステルお嬢様のお姉さまは颯爽と建物の中に消えて行った。
「アリエステルお嬢様?
あれでよかったので?」
「ええ、問題ないわ。
だって勘違いじゃなくなりますもの」
「え?」
え?
「まあ、おいでなさい」
あの、取っても嫌な予感が、そんなに引っ張らないで力強すぎないですか?
アリエステルお嬢様!?
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人は、服を着ることにより個を表す生き物である。
僕様の数少ない友人は、そう言った。
だけど、僕様にその言葉の意味を理解することは出来なかった。
もったいぶって言い過ぎなんだよね。
けれど、そんな言葉を思い出すように僕様の格好は、僕様を表す上で大変不本意な格好となっていた。
具体的に言うと上のチュニックは、まだ大丈夫なんだけれども。
下にはいている物、本来ならズボンがあるべき場所にはスカートがあった。
要するに女性の格好である。
ついでを言うと全力でメイクをされているせいで目の前の鏡に映るのは、自分で見ていても自分と思えないほどに可憐な少女になっていたのである。
酷いや!
「思った通りね。
とっても似合ってるますわね」
「何で女物の格好を」
「私には立場というものがございましてね。
具体的に言いますと未婚の女性が男性を家に連れ込んだというのは貴族社会ではとてもまずいのよ。
だから、あなたには、女性として行動してもらうわ」
「ええ……」
そんなのあんまりだ。
とはいえ、僕様も馬鹿ではないんだよね。
右も左も分からない場所に放りだされることを考えるとまだ女装を受け入れるしかないんだよね。
「いきなりで戸惑うのは分かりますがどうか受け入れてくださいまし」
「分かってるよ。
僕様としても保護してもらってる身だ。
このくらいのことは受け入れるよ」
「それは良かったですわ」
しかし、当分は特にできることがないのは困ったな。
まあ、転移してくる前も特にこれと言ってやることがなかったんだけどね。
「しかし、こんな格好をする以上僕様を外に連れ出す予定もあるってことだよね?」
「あら、気付かれてしまいましたか」
「ふむ、差し詰め僕はスケープゴートかな?」
「役割を分かっていただけたならそれを真っ当してくださいますか?」
「まあ、恩には恩を返すのが僕様の流儀だからね」
「ありがとうございます」
流麗なお辞儀で頭を下げるアリエステルお嬢様に見とれる。
「あ、頭を上げて、こんなところを見られたら何を言われるか」
僕様の言葉を言い終わるが早いか扉が唐突に開く。
「アリエステル!
いくらいい男性が見つけられないからと言って女性に手を出すのはどうかと思うぞ!」
「……出て行って下さいフレンツゴーシュ御兄様」
アリエステルお嬢様の冷めきった言葉に御兄様もたじろぐ。
「男性に襲われた女性を助けたのですよ?
急に男性が突入してきたらどう思うかわかりますか?」
「う、しかし」
ぷるぷると震えながらアリエステルお嬢様の陰に隠れる。
「怖いようアリエステルお嬢様ぁ」
「す、すまない」
御兄様は、そんな僕様の姿を見てそそくさと出て行った。
「貴方、なかなか演技がうまいですわね」
「ご期待にそえたかな?」
「ええ、重畳ですわ」
「それはなにより」
「ただ、言葉遣いを覚えて頂いた方がよろしいですわね」
「これでいいかしら?」
「……順応が早すぎますわ」
順応が早いのは僕様の特技なんだよね。
「しかし、その調子なら晩餐は乗り切れそうね」
「晩餐」
食事!
あ、お腹が……。
「ふふ、もう少しお待ち下さいな。
もうすぐ準備が整う頃ですわ」
その言葉を聞いて嬉しく思いつつもやはりお腹が鳴ったのは恥ずかしかったので、アリエステルお嬢様の顔を見ることは出来なかった。