天月心理の異世界旅行
気が付けばそこは、異世界だった。
なんてどう想像すればいいのか分からないだろうと思うけれど。
しかし、僕様の置かれている状況を端的に現すのであれば矢張りそう言うだろう。
まさしくさっきまでいた世界とはまるで違う、いうなればファンタジーの世界に来たようだ。
ファンタジーといえば指輪物語だけどもまあ、そんなことを語っても仕方が無いので、僕様の置かれている状況を整理しよう。
まず僕様が居る場所を説明しよう。
ここは、路地裏だ。
表通りの喧騒が聞こえてくるこの場所は、しかし人通りが少なく建物に日が遮られているため全体的に薄暗い。
そして、そんな僕様を囲む身なりの貧相な男達。
数えてみると六人ほどだ。
彼らと僕に関係はない赤の他人である。
賢明な読者はお分かりだろう。
そう、僕様は今、絶賛大ピンチなのである。
「ここはどうでしょうか。
一旦お互い見なかったことにするというのは」
「おい、さっさと出せるもん出せ」
効率がいいことですね!
しかし、困ったことに僕が渡せるものは今着ているジャージぐらいである。
現代社会でカツアゲを見たことすらないのに人生初めてのカツアゲが異世界なのは何の冗談だろうか?
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
出せる物なんてぐぇ」
「グダグダ言ってねぇで脱げその服でも十分金になりそうだ」
なんということだご所望は、このジャージだったのか。
その証拠に僕様のジャージに男達の視線が注ぎ込まれている。
何という貧しさ、人から服を奪う必要にまでかられるなんてよっぽど切羽詰まってるのだろう。
「わ、分かりました」
僕が服を脱ぐとギラついていた他の男の目がとたんに興味を失ったかのようになった。
おや?
「だから言ったろこいつは男だって」
その言葉を聞いて僕は震え上がった。
体目当てだったの!?
「いや、どう見ても女だったからよう」
「っていうか兄貴よくわかりやしたね」
「女だったらそもそもこんなところまでのこのこついてくるかよ」
「それもそうでやすね」
「おい、お前ら!
そんなところでなにしている!」
「やべ人が来た」
「ずらかるぞ!」
野太い男性の声と複数の足音が聞こえてきた。
僕様を囲んでいた男達は、状況が悪いと判断したようで即座に逃げ出した。
その後を筋肉ダルマと複数人の男が追いかけて行った。
「其処の貴方、だい……!」
心配そうな声を出しながら現れたのは、しかし、心配しているとは思えないほど鋭い目つきの冷凛な女性だった。
もろ好みだった。
「ありがとうございます。
助かりました」
「貴方、服はどうしたのかしら?」
顔を背けて話す女性、僕様の貧相ボディが目に毒なのかな?
それはそうと回りを見るが僕様のジャージは見当たらない。
「多分あの男達に盗まれました」
「多分って、まあいいでしょう。
私の部下たちが追いかけて行きましたから、運が良かったら取り戻せるかもしれませんわ」
「ありがとうございます」
「しかし、貴方にも問題はありますわよ。
こんな路地裏にのこのこと」
くどくどと説教を受けることになってしまった。
それも仕方が無い。
現に彼女が言っていることは正しいのである。
知らない人に着いていかないというのはこの年でも変わらないと言うことか。
成人してそこそこ経つというのにちょっと傷ついちゃったよ。
ぐすん。
「其処の所、気をつけるように」
「はい!」
「返事はいいですわね」
ふふふ、僕様の自慢できる唯一の特技だ。
どんな時にも元気よく返事するのが僕様の流儀なのである。
「ところで貴方、名前はなんて言うのかしら?」
「天月心理永遠の14歳だ」
「アマツキシンリですか。
永遠の14歳というのはどういうことかしら?」
「ただの冗談だよ。
本当の年齢は教えたくないね」
「……まあ、いいでしょう。
私は、アリエステルと申します。
以後、お見知り置きを」
「はい、よろしくお願いします」
アリエステルさんかいい名前だね。
何かの話に出て来そうな名前だなぁ。
「しかし、貴方も運がない事ですわね。
今時、あそこまでやられるのも珍しい」
「珍しい?
日常茶飯事ではなくて?」
「……この町で身ぐるみを剥がされてるような事件はまず起きませんわよ」
「ええ!?」
何という不運!
まさか、何所とも分からない場所に飛ばされて最初に声を掛けてきたのがそんな希少な犯罪だったなんて運が悪いにも程がある。
「何をそんなに驚かれるのかしら?」
「知らない場所に飛ばされて、最初に巻き込まれた嫌なことが、滅多に起きないことって言うのはショックが大きくて」
「そう、知らない町ですか。
貴方はどうやってこの町に来たのかしら?」
「分からないんだよね。
気が付いたらこの町にいたんだから」
「何処かから攫われてきたのかしら?」
「うーん、そうかもしれない」
「貴方の出身は?」
「京都だよ」
「キョウト?
ちょっと知らない場所ですわね。
まさかとは思いますが、貴方この国の人間ではないのではなくて?」
「ん?
ここって日本じゃないのか?」
「いいえ、エルドリア帝国ですわよ」
「エルドリア!?
ここがあのエルドリア帝国なのか!?」
エルドリア帝国って初めて聞いたよ。
「あら流石にエルドリア帝国はご存知のようですわね。
しかし、ニホンというのは私も聞いたことがございませんわ。
どんな所ですの?」
「平和な国かな?
いろんな意味で」
「平和な国、羨ましいですわね」
「この国って平和じゃ無いのか?」
「ええ、戦争真っ只中ですし、何なら内乱も起きてますから」
「おいおい、そんなのに話していいのかお嬢様」
背後から唐突に野太い声がした。
「あら、私ったら少し口が滑りましてよ」
おほほほ、と誤魔化すアリエステルお嬢様。
「それで、そいつはどうするつもりなんですか?」
「服は回収出来たのかしら?」
「残念ながら。
逃げ足が早くてな」
「そうですか。
流石にこのままさよならと言うには、酷ですし」
こちらをチラリと見てアリエステルお嬢様は言葉を続ける。
「一旦、我が家においで頂きましょうか」
「お嬢様、見ず知らずの人間を勝手に招き入れられては旦那様に面目が」
「あら、貴方、私に素っ裸の人間を其の侭外に放り出すようなそんな酷い事をしろとおっしゃるのかしら?」
「いえ、ですが、身元も分からない者を」
「口説いですわ。
はあ、少し耳をお貸しなさい」
お嬢様に耳を貸す図体がデカい男って、しかし、滑稽に見えるな。
そんな僕様の思考を読み取ったのか野太い声の筋肉ダルマがジロリとこちらを見る。
パンツ一丁の僕様としてはとても恥ずかしいのだけども、疚しいことは何一つないので堂々とした態度を取る。
そんな僕様を見て
「そう言うことでしたら。
分かりました。
護衛の方には自分が伝えておきます」
「よろしくね」
ん?
どういう風に説得したのかな?
何だかパンツの方に視線が行っているように見えたんだけど?
「その格好でうろつかれても困るので、これを羽織って下さい」
と渡されたのは、白くて大きいローブだ。
「え?」
「きっと似合いますわ」
困惑している僕様に嬉しそうに言うアリエステルお嬢様。
とは言え他に着る物がないので、僕様は仕方なくそのローブを羽織るのだった。