新世代に生きる魔法使いの可能性
「これでヨシっと」
貴一郎さんが気絶した飛鳥さんのお腹の上に茶封筒を置く。
「これは?」
「ただの封筒。実際僕魔法的なものはなんにも持ち込めなかったから本当にハッタリなんだけど【平和主義者】に対して貸し1ってメッセージ。それよりもうケガは大丈夫?」
「はい。戦闘は難しいですが歩いたり、そこまで速度を上げないなら走ることも」
貴一郎さんかっこよかったなあ。
私達が困ってる時に颯爽と現れて、私はお姫様って柄じゃないけど貴一郎さんは間違いなく王子様だよ。
私を助けてくれたヒーローを心の中で称賛する。
だってあの飛鳥さんを倒しちゃったんだよ。
私と兄さんにとっての呪縛の象徴のような人だった。確かに優しく……ううん、丁寧に扱われたことはあっても信用されたことなんて一度もない。
そこから救い出してくれたのは、魔力は一般人以下でありながら私よりもずっと強い人。
私達に会う前に見つかったら即アウトの状況で助けに来てくれた人。
そして、私が作ったA・B・Cのシナリオを好きになってくれた人。
ダメだ。もう貴一郎さんの姿が網膜に焼き付いてしまった。もうとっくに、私は貴一郎さんのことを好……
「あーっ。えっと」
「?」
貴一郎さんに声をかけられた。
どうしよう。緊張して声が出ない。見上げた先の困ったような顔に見惚れながらもなんとか笑顔を作ることには成功した。
――♪
「あ、どうぞ」
ちょうど言いタイミングで貴一郎さんのスマホが鳴ったので出ることを促す。
この状況で音を鳴ったということはこちらの状況が外側に伝わったか、ないと思うけど北斗さんに何かあったかの二択だ。
無意味に音がなる設定にしていたとは思えない。
たぶん電話の相手は隼人さんか北斗さんのどちらかだ。外の状況を聞けるかもしれない。
私に何か言いたげだったけど貴一は結局スマホをとった。
『あ、貴一君? どうだった』
可 愛 い 女 の 子 の 声 が し た。
断じて隼人さんや北斗さんではない。
「一応新藤飛鳥って人は倒した。結局二人に助けられちゃったよ。予定通り」
貴一君って。
あだ名で呼ぶ関係? え、ひょっとして恋人?
湧き上がる嫉妬と敗北の感情。そうだよね、こんな素敵な人なら彼女の一人や二人いて当然。
……。
いや、二人いるなら三人目もいていいのでは?
『そっか。残念。嫌な役回りさせてごめんね』
「……。失敗した身でいうのも言い訳がましくてなんだけど飛鳥さんって人強かった。舐めプしてくれなかったら勝てたかどうか分かんないよ」
親しげに話してるなぁ。
誰なんだろう。隼人さんの知り合いかなぁ。
面白くない。ぜんぜん面白くない。
『なんか声おかしいよ。変な呪いとかかけられてない?』
貴一郎さんに呪い?
攻撃を受けた様子はなかったけど大丈夫かな。でも確かにちょっと変。顔が赤いような?
飛鳥さんとの戦闘は終始圧倒していたし後ろから撃たれでもしない限り……、後ろから?
――プツンッ
キズナ-リンクがまだ接続中だったことに気づき慌てて心を閉ざす。強引に切った所為で普段は聞こえない切断音みたいなものが聞こえた。
え、待って。
どうしよどうしよどうしよどうしよ。
カーッと一瞬で熱くなった顔に両手を当てて冷ます。冷静になれない頭をどうにか回して現状を確認しないといけない。
キズナ-リンクはその性質上感情をダイレクトに伝えてしまう。
戦闘中は余計なことなんて考えてなかったから大丈夫だと思うけど、その後私は何を考えていた?
絶対余計なこと考えてた。あんまり思い返したくない。
貴一郎さんに対する憧れとか嫉妬とか好意とか、いろいろ余すことなく伝わってしまった。
終わった……。
いや待ってまだ、まだ確定してない。キズナ-リンクを兄さん以外に使用したことはないし、万が一くらいの確率で不具合が起こって伝わってないかもしれない。これ感情が伝わるのは双子だからであって実は血縁が必要な魔法だったんだよ。そうに違いない。
「あ、もう大丈夫」
ダメみたいですね。
事情が分かると貴一郎さんの表情から照れがなくなったのがみてとれる。
言い出しづらかっただろうなぁ。ごめんなさい。貴一郎さんはなんとか伝えようとしてくれていたのに私は結局そのサインに全く気付かなかった。これは鈍感系の誹りをうけても仕方がない。
『? まぁいいや。帰り道だけど、そこから前に歩いて分岐を右右まっすぐ左の順。右手のエレベーターに乗って一、四、四、二、四、一、開開閉開ね』
電話の相手は今回の作戦のバックアップの人だった。
つまり私と兄さんの命の恩人の内の一人。嫉妬なんかしてる場合じゃない。
行きに私達とすんなり会えたのはきっとこの人のおかげだ。
帰りもこの人に従って外に出られるはず。すごいなぁ。私も解析はそれなりにできるけどここのセキュリティを抜くのは流石に無理だ。
電話してるってことは外にいるのに内部情報を抜けるほどの腕ってこと?
規格外にもほどがある。
「ありがと」
『もう安全だとは思うけど油断しないでね。私だって万能じゃないんだから』
「ここまで読み切っておいてそれ言う?」
『それはそうなんだけど心配なものは心配だよ』
「分かった分かった。帰るまでが遠足ってね」
そこで通話が途切れた。
「じゃあ行こっか」
足音しか聞こえない微妙な沈黙の時間が訪れる。
なにか話題を変えたいところ。
「あのっ。さっき言ってた失敗って?」
飛鳥さんと戦って、確かに最初兄さんが刺されたけど、後遺症のようなものはないし私からすれば大成功だと思う。
ひょっとして外?
でもそんな雰囲気じゃなかった。
「あぁ、うん。琥冬君に怪我させてしまったからそれのこと。事前に分かってたんだけど未来を変えれなかった。この作戦が一番被害抑えられるみたいなんだよ。犠牲押し付けたみたいでごめんね」
「あ、いや。このくらい傷すぐに治ります。それより夏花が無傷で良かった」
「勝てたのも二人のおかげだしお礼言わないとね」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。夏花はともかく飛鳥さんを抑えられたのは一秒に満たない僅かな間だけでしたし」
「いやいや、12フレームももらえればなんだってできるから充分過ぎたくらい」
……事前に分かってた?
えっ、未来視!?
またすごい人が隼人さんのところに来たなぁ。
無所属で凄腕の未来視持ちの人っていたっけ? それとも私達みたいにどこかの組織からスカウトしたとか?
声からすると私達とそう変わらない年の人っぽかったけどどうなんだろう。私達の世代の未来視持ちに心当たりが全くない。
「あ、さっき言ってた隼人の被検体その2だよ。僕や隼人と同学年。クラスは違うけどね」
その1、その2って仲良さそうでいいなぁ。ちょっとうらやましい。
力の壱号、技の弐号? いや貴一郎さんって超絶技巧で力をイカサマしてる感じだし壱号も技かな。でもそれだと私達が悪の組織になってしまう。しかも貴一郎さんと敵対。絶対やだ。気持ちとか関係なく単純に勝てそうにない。もちろん気持ちだともっと嫌だ。
というか未来視持ちの女の人は後輩でした。
いや、学年は一緒だったけど魔法使いとしての歴とか修行期間は私の方が間違いなく長い。
なんとか動く程度の試作品できたのが一年前だよ。二人ともそれより浅いんでしょ。なのに私以上に魔法を使いこなせているんだから才能ってやっぱり残酷だ。【平和主義者】の裏をかける未来視持ちなんて日本に何人いるのかってレベルの存在。なんなら北斗さんより、……は流石に無茶か。でも北斗さんと比較できるくらいの人材であることは間違いない。
なんか悔しいなぁ。
最近若い世代に魔法使いの資質を持つ人が増えてるって話だけどそれなら私もその世代のはずだ。
でもそっか。私も新世代の魔法の使い方をもう一度見直してみようかな。
個人主義の現世代の魔法はここで中断、一度規格化してそこから最適解を探す新世代魔法に挑戦だ。
幸いお手本にできる人は近くにいる訳だしそろそろゲーム制作はいったん終わりにして今日から真面目に修行しよう。
A・B・Cのスキルは全部手持ちの魔法の下位互換だと決めつけてたけど机上論じゃなくて実戦で嘘だと証明されてしまっては進む道は決まったようなもの。あと北斗さんのあのスキルは解析必須、できればA・B・Cのアシストなしで使えるようになりたい。
「結局あっさり出られるんだよなぁ。もう北斗の方も終わったみたいだよ。予定通り痛み分け」
貴一郎さんは外に出てようやく警戒を解きスマホを確認する。
メッセージが来ていたようで返信を送っていた。
「ありがとうございます。助かりました」
貴一郎さんと兄さんに続いてビルを出たら都会の喧騒が私達を迎えてくれた。
煩わしく感じることだってあった人の奏でる環境音が今は嬉しい。
今朝予想していたより随分とすんなり外に出られた。
いや、飛鳥さんは予想外だったけどそれ以上の想定外のおかげで無事切り抜けることができた。
指示された通りに歩くと本当にエレベーターがあったし、ボタンを指示通りに押すと本当に一階に行けた。
これで無事に【平和主義者】の支社を脱出。これ以上は採算が合わないから【平和主義者】もきっと私達から手をひく。
一般の会社に高校生が出入りするのは不自然ということで普段は別の出入り口を使うからこの正面玄関を見るのは随分と久しぶりだ。
もう他のセーフティハウスも使えないだろう。別に【平和主義者】に未練がある訳じゃないけど、いろいろ思い出してしまう。
自由は大してなかったけど、それでも身寄りのない私と兄さんをここまで育ててくれた組織だ。
慈善事業ではなかったけどそれでも生きてこれたのは【平和主義者】のおかげ。
これが最後だと目に焼き付け……。随分結界がヘタってるなぁ。物理的な被害は全然ないけどそういう目で"視"ると脆くなっているのが丸分かり。これの修復は大変そうだ。外の方が私達よりよほど激しい戦闘をしたらしい。
最後に見る光景がコレかぁ。裏切り者としてちょっと思うところはある。でも、隼人さんの誘いに乗ったあの時から進むと決めたんだ。
【平和主義者】の支社に向かって腰を折って一礼する。
今までお世話になりました
これから私達は新時代を築く。
少なくとも隼人さんはそのつもりだし、北斗さんも既に行動に移した。
泥船か大船か知らないけど進めるところまでついていってみよう。
世界中に遍在する魔力が高まり、やがて臨界点を迎えて否が応でも劇変する。
そんな仮説は魔法使いの間でかなりの支持を得ているし、隼人さんもその前提で動いている。
もうそろそろだ。
世間に魔法を秘匿できるような状況じゃなくなる。
これから日本中、下手したら世界中の魔法使いの組織相手に主導権争いをしなくちゃいけない。
A・B・Cはそのための大事な切り札。正直貴一郎さんみたいな人を量産できるならウチがトップをとることだって夢じゃない。ちょっと訓練方法教えてほしい。
だから世界が一変してしまうその前に
「あ、あのっ」
ひとまずの安全を確保したということでとうとう貴一郎さんを呼び止めてしまった。
話題はもちろん決まっている。羞恥心なんかに負けてられない。
キズナ-リンクで伝わってしまった感情。誤魔化しようがないほどの好意。
それをちゃんと口に出して伝えよう。
振り向いた貴一郎さんは私の言いたいことを察していた。
会社員に紛れるためのカジュアルスタイルがすごく素敵。
うちの会社スーツ一辺倒じゃなくて良かった。でもスーツ姿も見てみたい。隼人さんと同じ高校だよね。制服もきっと似合ってるんだろうなぁ。転校できるなら隼人さんと同じ高校になるだろうしそうなったら一緒に登下校とかできるかな。
「分かってますこれは麻疹みたいなものでそもそもこういうのって実らないものだしあとあと極限状態で助けられて舞い上がっているのは自覚してるんですけどでもでもだからといって全部が全部勘違いってこともないんですよ少なくとも私はそれで終わらせたくないです」
燃え上ってしまった熱が身を焦がす。
「貴一郎さんって彼女いますか?」
これにて完結です。
一応前日譚があるのでシリーズ登録してます。良ければそちらもどうぞ。
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