私のいる意味を求めて
新藤飛鳥さん。
正確な年は知らないけど私達より干支一巡くらい上の世代。魔法使いとしての格は隼人さんと同じく準最強級。
つまり私や兄さんでは時間稼ぎが精々。
貴一郎さんがどこまでやれるか推し量れないけど飛鳥さんが負ける姿も想像できない。
怪獣大決戦に巻き込まれた一般人の気分だ。
「あんまり時間をかけると表の桜坂北斗に好き勝手されますからね。悪いですがすぐに決めさせてもらいます」
「北斗と合流させてくれない? そこまで時間稼ぎに付き合ってよ」
幻の大蛇が口を開いて迫ってくる。
私には動き出しが分からなかったけど突如現れた半透明の蛇に貴一郎さんはしっかり反応していた。
「属性変換:水楯+水楯+水楯」
貴一郎さんの方もいつの間にか大楯に持ち替えていて普通に対応。
水属性を連結して信じられない防御力を見せてくれた。
「うーん。防御系じゃジリ貧か」
「思っていたより強いじゃないですか。何者ですか」
「隼人の仲間!」
「なら油断はできませんね」
凌ぎきった瞬間にはもうその手に楯はなく、次に彼が選んだ武器種は魔法長杖。
杖は魔力弾を放つ武器種で、銃と違って撃ってからその軌道を変えることができる。片手武器の魔法短杖なら一回、両手武器の魔法長杖なら二回。
「征け、三頭毒大蛇」
「属性変換:水弾+風弾
マルチショット」
飛鳥さんが新たに首が三つある蛇を召喚。
とうとう違う属性を混ぜだした貴一郎さんが魔力弾を五発作ってそれをその蛇にの方に向かって飛ばす。
少しずつ水属性と風属性の混じり方を変えているようで画一の対処を封じているのは分かるけど三頭毒大蛇を打ち破るには少し出力が足りない。
「ここは狭いですね。キミもそうは思いませんか?」
「何する気?」
「こうするんですよ」
瞬間、廊下の幅が5倍ほどに増えた。
空間拡張の魔法がこんな簡単に使えるにはなにか仕掛けがあるはずだけど、ここは【平和主義者】の持ちビル。支社とはいえその地の利は飛鳥さんの方にある。
おそらくこの空間を破る手段は貴一郎さんにもない。
「大型の得物が振り回しやすそうだね」
「季羽兄妹を守れるといいですね。生け捕りの方が都合がいいですが最悪殺してしまっても構わないと許可はおりてますよ」
はっきり足手纏い扱いされてしまう。
言い返すこともできず事実に胸をグサッと抉られた。
「属性変換:地突+地斬+地撃」
貴一郎さんがハルバードを振り回して三頭毒大蛇の猛攻をとめて反撃にうって出る。
互角、いや貴一郎さんが若干押している。
私では太刀打ちできそうもない疑似生命といえど飛鳥さんの直接介入でもなければ貴一郎さんの方が強いみたいだ。
あの三つ首の蛇、私と兄さんの二人では逃げるのも怪しい。
「っ!?」
油断なんてなかった。
兄さんを治療しながらいつでも動けるように構えてた。
それでも、貴一郎さんがいつの間にか私の前に立って魔法を切り裂くまで何もできなかった。
「不可解ですね。キミや園崎隼人、桜坂北斗からすればそこの季羽兄妹は特に気に掛ける必要のないレベルの魔法使いじゃないですか。どうして彼らを命を懸けてまで救おうとするのですか?」
「命懸けてないからね。貴方程度じゃ僕を殺せない」
「言ってくれますねぇ」
空間が広がって、確実に貴一郎さんが押され始めている。
私達を守るために近くにいなきゃいけないのに敵は四方八方から来るようになった。
しかも飛鳥さん級の魔法使いには一度見せた魔法が二度目にはもう効かない。どころか逆手にとって罠をはってくるので使ったら詰む場合も多い。貴一郎さんもそれくらいできそうだけど、飛鳥さんと貴一郎さんでは年季が違う。持っている手札の数が違う。
言葉の端々から隼人さんや北斗さんと戦った経験がありそうな貴一郎さんもきっとそれは分かっている。
貴一郎さんの手が一つまた一つと減っていくのを見守るしかない。
だって私は、単なる足手まといでしかない……。
下手に動くと貴一郎さんの邪魔になる。
……ホントウに?
私達は足手まといなんかじゃないという心の叫びが身を灼かれ……。
悔しさと正しさを全部全部ぜーーーーんぶ投げ捨ててもう一度私の一番得意な魔法を編んだ。
「キズナ-リンク!」
A・B・Cの根幹は隼人さんと北斗さんが作った。
極論私と兄さんがいなくても完成した。
なら、どうして私達の力が必要だったのか。
シナリオとかグラフィックはおまけで買われた能力はこのキズナ-リンクの方だ。
私達はこれでネットワークを形成する。
単なるオフラインゲームからオンラインゲームへの進化。
誰でも魔法が使えるようにするためのゲームはネットワークなしに実現しえない。
大勢のプレイヤーから魔力を徴収し、そして魔法を使う時に返還するには隼人さん達の力では無理……とは思わないけど私達が担当した方がずっと早く現実にできる。
プレイヤー全員から一斉に魔力を引き出されたら赤字を起こすけど二千人程度の規模までなら一晩くらい個人で支えることができる北斗さんを最終ラインとして機能させるらしい。
その魔力のやり取りの要がキズナ-リンクだ。
別にこれは双子ならではの魔法じゃない。そもそも二卵性だしあんまり血筋の意味はない。
ただ、思考が伝わってしまうから赤の他人にするにはちょっと恥ずかしい。強制的に感情が全部伝わってしまう欠点を放置してきたツケだ。
魔術的なパスがつながるので被術者から呪術に無防備になってしまう関係上信頼できない人には怖くてできない。本来ならできることすら敵に見せたくない。ゲーム同士を繋ぐのとは訳が違う。
いや、ゲームの方は隼人さんが本気でプロテクトを組んでいたから違う端末への介入なんて北斗さんレベルでも侵入に二晩はかかるらしい。
―貴一郎さん。A・B・Cの全スキルをアンロックしたよ。今ならどんなスキルも使い放題。魔力は私持ちだけど無茶しようが二時間は枯渇させない!―
A・B・Cは初心者から中級者を対象にしているから魔力消費なんて高が知れている。
だから半日って言いたかったけど属性の連結なんていう見るからに魔力を三倍は持っていかれそうな技を見せつけられてはそうも言ってられない。
北斗さんが来るまでどのくらいかかるか知らないけど、流石にそれだけあれば充分だよね?
なんて疑問や不安は全部一方通行。魔法を一晩で改良とかできるのは一部の魔法使いだけだ。
兄さんと繋ぐときは相互通信だから会話もできたけど貴一郎さんに兄さんと同じことはできない。
こればかりは隼人さんでも北斗さんでも不可能、私と兄さんの誇りの魔法。
実際のところアンロックしたと言っても使えるスキルなんて限られてる。ぶっつけ本番で試せるようなものではないし飛鳥さんがその隙を見逃すとは思えない。
でも、属性の連結を主力とする貴一郎さんにとって確実に有用なものがある。
「一回やってみたかったんだよね。
属性変換:極氷斬、獄炎斬」
双剣に相反する属性を付与して(事も無げにやっているけど実はめちゃくちゃ難しい)蛇に斬りかかる。
さっきより明らかに攻撃の手数が増えた。属性を連結させて瞬間火力を上げていたようだけど連結をしなくても良い分攻勢に移る機会が増えたみたいだ。ここぞとばかりに他のスキルも使って優位に立ちまわっている。
その超越的な技量で瞬く間に三頭毒大蛇を倒してしまった。
途中飛鳥さんがいろいろやっていたようだけどその全てに対応してそれでも圧倒。そう、まさしく圧倒的だった。
上位属性を使えるだけでここまで強くなるのは私もびっくり。
「あぁもう。想定外です。良いでしょう。桜坂北斗のために残しておきたかったですがここでキミを確実に潰す方が優先度が高い」
「戦力の逐次投入は悪手だよ。大人しく引き下がったら?」
「キミが本命なんでしょう? つまりキミが失敗すれば桜坂北斗は引き下がらざるを得ない。違いますか?」
「いやいや、北斗をただの陽動扱いなんてできないって」
それはそう。
いや本当に、北斗さんって結構自分でやりたがるからこのまま正面突破して問答無用で私達を攫うつもりだとばかり思ってた。
なんというか、自分の力を一番信じているからこそ最も重要なことは自分でやるタイプ。
その北斗さんが人に任せることにしたって聞いても私なら信じない。
でも、貴一郎さんがこんなにも頼もしいから北斗さんも引き下がったんだ。
「来い! 八岐大蛇!!」
それは神話の再臨。
飛鳥さんが次に召喚した蛇は胴体の直径が私の身長より大きい。
いつの間にか天井も拡張されていて、顔が見上げなければならない位置にあった。
八つの頭が貴一郎さんをにらみつける。
「……ふう」
そのタイミングで、貴一郎さんは全身の力を抜いた。
まるで、諦めたかのように蛇を見上げる。
「どうしました? 命乞いをするなら聞きますよ」
「いや、終わったなぁって」
諦めた訳じゃないことはすぐに分かった。
私と飛鳥さんが次に思ったのが北斗さんの到着。
貴一郎さん本人が時間稼ぎと言っていたのを思い出した。
キョロキョロと周囲を見渡すも誰かが介入してくる様子もない。
北斗さんも他の【平和主義者】のメンバーも来そうにない。
飛鳥さんも私ほど露骨ではないけど周囲を警戒している様子。
だけど、ここで一番注視しなくちゃいけなかったのは貴一郎さんだった。飛鳥さんは選択を間違えた。
「何がですか?」
その問いに、貴一郎さんは短く答える。
「同期」
瞬間、貴一郎さんの身体がブレた。
ハイステップ
さっきまではデフォルトの距離を移動するだけだったのが少し長く、出だし早めで後半減速するようにカスタムされている。
ホバーストライド
これも移動スキル。こっちも既に見せた挙動と違い、半歩短い。
袈裟斬り
基本の攻撃スキル。大振りになってその分威力が増している。
ミラージュシフト
幻影を生み出して自分は姿を隠しながら移動。これはまだ見せてないけど私からすれば発動にワンテンポ要するようになって幻影の質と移動距離が伸びている。
クイックスロー
持っている剣を二本とも投げつけた。貴一郎さんは素の火力がない分攻撃スキルは全部溜めを作って補っているみたいだ。
同期の意味は飛鳥さんには分からない。
A・B・Cのスキルは全て自分用にカスタマイズすることができる。
同じスキルを不特定多数の人が使う以上、モーションを全く同じにするとその対抗策がプレイヤー全員に及んでしまう。
現世代(隼人さんや北斗さんに言わせれば旧世代)の魔法使いは自分用の魔法を持っているから初見で完璧に対策されることはまずないけどA・B・Cは違う。精々同じ流派くらいの共通点に留めておかないと後々不都合になる。
初期職の貴一郎さんに多彩な攻撃をできるのもその一環。
貴一郎さんが兄さんから借りた端末はそのスキルカスタムがデフォルト設定になっている。
それを貴一郎さんが手に取った瞬間から同期は始まっていた。魔力紋でアカウント認証、どこにあるか知らないけど隼人さんの管理下にあるサーバー(と同じようなナニカ)からデータをもらう。システムを真似ただけだけどオンラインゲームってやっぱり元にするには都合が良い。
つまり、今までの貴一郎さんは手枷足枷がある状態で闘っていたということになる。
同期が終わった今が本来の貴一郎さんの強さ。
北斗さんを待つなんて完全なブラフ。時間稼ぎが必要だったのはこの最も強いスタイルを確保するためだったんだ。
毎回攻撃を当てる自信があるからこそ使い勝手を下げて火力を上げることに特化したカスタム。正直防御まで回す魔力がないからか全部回避やパリィで補っているのが見ていて危なっかしい。
はい。私ゲームでは無防備な状態で急所にでも当たらない限り何発かくらっても動けるようにカスタムしてます。
だから飛鳥さんみたいな格上の存在と戦うことができないんだろうなぁ。
そもそも現実ではゲームのスキル使うより自分の魔法を使った方が強い。A・B・Cを使いながらここまで戦える貴一郎さんが例外なだけだ。A・B・Cのスキルアシストなんて中級者を過ぎれば無用の長物……だったはずなんだけど貴一郎さんはそれを仕様以上の領域で使いこなしている。
「属性変換:獄炎鏃+獄炎鏃+獄炎鏃」
武器に補正がつかない初期職を前提としたとき、遠距離武器で一番ダメージを出せる武器はなにかと言ったらそれは弓だ。
銃と違って片手持ちができず、射った矢は杖のように途中で軌道を変えることができない。その代わり、威力はお墨付き。貴一郎さんが最大火力を叩きこむなら近接の大太刀か遠距離の弓。
その弓を取り出して魔力矢を生成。勝負に出た。
そして魔法の威力のみを単純比較した場合、上位属性と下位属性の三連結なら下位属性の三連結の方に軍配があがる。
インパクトの瞬間以外は上位属性の方が上だし使い勝手も良いから私なら上位属性の方を使うけどね。そもそも三つも連結できる? 二つならできそうだけどそのうえで別のスキルを使うのは難しそうだなぁ。
さて、下位属性でもそこまで威力を追求できる貴一郎さんの連結という技術、上位属性で連結させるとどうなるのか。
答えは目の前にある。
「エナジーストライク」
「なっ!?」
飛鳥さんの八岐大蛇が消し飛んだ。
……え? 一撃?
目を疑ったけど既にアクセルダッシュで飛鳥さんに向かっている貴一郎さんの姿で我に返る。
ここは戦場。惚けて良い場所ではない。
私が驚きのあまり動けなくなろうが戦況はどんどん動いていく。
貴一郎さんは矢を射って即弓を送還、しきる前に走りだしていた。
――パンッ――
そして空になった両手で柏手を打つ。
瞬間、私が内包している全魔力のうちの四割弱がごそっと減った。
急激な魔力量の変化に若干の眩暈がする。
なぁにこのスキル。
絶対北斗さんでしょ。また勝手にスキル追加して! 調整で大変なの私と兄さんなんだけど!
でも効果は魔力消費に見合った絶大なもの。たかだか柏手一発で飛鳥さんの魔力の流れを止めた。
これだと碌に魔法を編めない、なんてのは木っ端魔法使いである私の認識だ。飛鳥さんみたいな埒外の魔法使いはこの状況でも対処できるらしい。
懐から禍々しい呪符を取り出そうとして、
……その手が止まる。
「季羽、琥冬ううぅっ!!!!!」
「飛鳥さん。今までありがとうございました」
その魔法は縛鎖の蛇眼としてA・B・Cに登録されているスキル。
見たものに石化の呪いをかけるもの。呪力抵抗を抜きさえすればなかなか万能ともいえる魔法。
私と兄さんが飛鳥さんに教わって、そしてA・B・Cのスキルとして昇華させた魔法だ。
本来なら師である飛鳥さんに効くはずもない。
だけど今、飛鳥さんは北斗さんの謎スキルに魔力の流れの大半を止められている。
貴一郎さんと戦っている今、兄さんの放った呪いを解くのに一瞬手間取るだけでそれは致命的な隙となる。
「属性変換:極氷拳+極氷拳+極氷拳」
その隙を貴一郎さんが見逃すはずもなく、魔力を宿した掌底が飛鳥さんの腹部を撃ちぬいた。