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属性変換

「はぁ、はぁ……」


 炎系の呪いを十は当てた。

 それを体内に留め、オーバーヒートを狙う作戦がようやく実を結ぶ。


「 ―還れ― 」


 兄さんの言葉に従い蛇の身体が霧散していく。

 最後の悪あがきがないことにホッとする。流石にこれだけ戦闘技能を詰め込んだ個体に更なる機能の追加はできなかったようだ。


「やっと倒した……。あ、貴一郎さん! まだ生きてる?」


 大蛇を倒すのにだいぶ手間取ってしまった。

 兄さんと一緒にこの大蛇を倒すので精一杯で後ろを気にする余裕なんて一切なかった。


「あ、そっち終わった? ならこいつらもう倒していい?」


 後ろで繰り広げられる激戦に絶句した。

 彼は()()の大蛇を相手にしながらこちらに被害がでないようにずっと戦場をコントロールしていたのだ。

 それも口ぶりからするに、倒さないように手加減しながらだ。


「!? あぁ。倒せるなら倒してくれ」


 言葉が出ない私に代わって兄さんが答える。


「? なんか倒す前に解呪とかするんじゃないの?」


 酸の雨を余裕を持って回避し、正面の大蛇が嚙みついてきたその毒牙を左手の剣ではじく。

 右手の剣を投げつけて別の大蛇の目にあて、瞼を貫くことはないが注意を完全に自分に向ける。


 尻尾の攻撃も、毒弾も、いきなりの体当たりも全部いなして立っている。それも三匹分。

 想像の何倍もすごい人だった。


「死を起点にした呪いはなかったよ」


「そうなんだ。じゃあすぐ終わらせるね」


 まるでそれが簡単な作業であるかのように言い放った。


 あれ、でも貴一郎さんは攻撃はどうするんだろう。

 彼の技術がすごくすごいのは見たら分かるけど、理論値を突き詰めていけば可能だ。TASレベルの技術を要求されるだけでたぶん私だって猛練習して相手が合わせてくれたならできると思う。

 でも、大蛇の鱗を貫く火力は貴一郎さんには生み出せない。


 そのはずだった。


属性変換(コンバート)火斬+火斬+火斬(プロミネンス)


 スパイラルスラッシュ」


 もう充分驚いたはずだった。

 でも、それで彼の底が知れたと思ったら大間違いだった。


 左手の剣も送還して、代わりに大剣を召喚。そのスピードですら理解が追いつかない。いくら初期職が全武器種に適性があるとしてもここまで早く武器を切り替えていることが信じられない。

 双剣と大剣をタイムラグなしに連続して扱うことは私には無理だし、おそらく隼人さんでも無理だ。その偉業が前座。



 大剣に炎を纏わせ、回転切りで三体の大蛇を同時に葬り去った。



 スパイラルスラッシュは私でもできるA・B・Cのスキルの一つ。

 だけど、その技単体で大蛇を倒せるような技じゃない。これは隼人さんや北斗さんでも変わらない。だからカラクリはその前の属性変換(コンバート)にあるはずだ。


 属性変換自体はその名の通り、攻撃に属性を付与させるもの。

 ただ、炎系は下位の火属性(ブレイズ)と上位の獄炎属性(プリズン)があるだけでプロミネンスなんて属性はない。

 仮に隼人さんが私達に黙って実装したとしても、この威力のスキルを貴一郎さんのような非才の身で扱える訳がない。


「平さん。すみません。その」


「大丈夫。北斗ですら最初は僕を侮ったからね。実力を信用されないのは最初から織り込み済み」


「非礼をお詫びします。それと助けに来てくれてありがとうございます」


「ほいよ。あと敬語とかなくて良いよ。A・B・Cの現物ないと魔法使えないしどっちかというと僕の方が製作者である琥冬君と夏花さんに敬語使わなくちゃいけない立場。なんなら僕は君たちの被検体だよ」


「そういう訳には」


 謝罪と感謝を全部兄さんに任せて事象の解析を行なう。

 一つ一つ可能性を消していき、徐々にだけど彼のやったことを絞り込んでいく。

 これでも隼人さんにスカウトされた魔法使いの端くれ、一度目にした魔法を解析できずに仲間を名乗れない。

 前提としてA・B・Cのスキルなことは確定しているのだからピースは全部揃ってる。


「魔力の位相を合わせてる? 直流じゃなくてパルス波なんだ。すごい。すごいすごいすごいすごい! すごいよ貴一郎さん!!」


 何か隠し玉があるとしても単なるデバッカーだと思ってた。

 魔力下限でも魔法を使えることを証明するための要員だと思ってた。


 とんでもない。

 直接の戦闘力なら貴一郎さんの方が私なんかよりずっと強い。頼りにして良いという言葉を疑っていた訳じゃないけど想像以上だった。


 これが、()()()()()()()()()なんだ。


「いや、このくらい隼人や北斗なら初見で攻略されちゃうよ。三連結程度じゃよっぽど不意をつくかサポートないと無理」


 その言葉を言えることに尊敬の念を覚える。

 私も兄さんも、北斗さんや隼人さんに近づける訳がないと線を引いていた。


 だって、敵うはずのない人に追いつこうとなんてできないよ。

 それでもあの人達の信念に共感して、必死に後ろに続こうと努力は怠らなかったと今日までは自信を持って言えた。

 でも彼を前にするとどうだろう。


 勝手に諦めていた自分が恥ずかしくなる。


「貴一郎さんは強いんだね」


「全部A・B・Cのおかげだよ。これないと何にもできないし、君達が頑張ってきたおかげ。そういえばシナリオライターなんだよね。ありがとう。僕、シナリオの続きが見たくて必死で全クリしたんだよ」


 私ってチョロいなぁ。

 たったこれだけの言葉で救われてしまった。


「ちなみにグラフィックはどうでした?」


 兄さんも気になるようで口を挟んできた。


「ごめん専門外。絵柄と世界観は合っていたと思うしシナリオの邪魔もしてない。バグ挙動探しても見つからなかったのは凄いと思う。個人的には戦闘システムとシナリオしか見ないから絵はあんまり重要視しないタイプなんだよね。店舗特典は一枚絵じゃなくて(ショート)(ストーリー)の方買っちゃう」


 残念ながら刺さらなかったらしい。

 兄さんは微妙な表情をしていた。私だってシナリオが絵のついでと評価されたら悲しい。


「仕方ない、か。結構頑張ったんだけど」


「あ、でもゲームじゃなくて魔法発現装置としてみればかなりありがたかったよ。戦闘をイメージしやすかった」


 私達が作っているのは単なるゲームじゃない。

 ゲームをすればするほど魔法を鍛えることができる画期的な代物だ。

 ただ、貴一郎さんのような一種の規格外を生み出すことができるとは思っておらず想定としては私より少し弱いくらいまで育てることができるならと始めたゲーム制作。


「もう一人被検体がいるんだけど、そっちの子は絵を気に入ってたよ。ぜひ会いたいってさ」


「なら絶対にここを生きて脱出しないと。いろいろお任せしますがすみません」


「いや、僕魔法始めて半年程度だから実際は君達の方ができること多いよ。でも戦闘に関しては任せて」


 そっか、A・B・Cで魔法が発現したのなら必然的に私の方が先輩なのか。

 強烈な才能に抜かされてそのまま突き放される経験がない訳じゃないけどやっぱり慣れないなぁ。


 体内に貯蔵できる魔力量とか一度に放出できる魔力量は私の方が断トツに多いのにこの体たらく。流石に落ち込む。

 いや、落ち込んでばかりもいられない。


 そもそもこの状況で貴一郎さんが予想の何倍も超えて強かったことはこの上なく幸運なことだ。今はこの程度のことで悲観にくれる余裕はない。


「そういえばどうやって私達に合流したんですか?」


「ビルに入るのは簡単だったよ。明らかに魔法関係だなって人とすれ違っても普通に挨拶すれば普通に返事が返ってくるからそのまま歩けば良かった」


 あー。

 だろうなぁ。

 すれ違った程度で貴一郎さんを魔法使いと思わないもん。A・B・Cを持ってたらまだ警戒するけどそれ現地調達だったし警戒のしようがない。

 というかよく敵地に丸裸で来れたね。怖くなかったんだろうか。


「あとはまぁ、指示に従って歩いているうちに君らを見つけたからだいぶスムーズに……



 カウンターエッジ!!!!」



 大蛇の撃破から貴一郎さんの実力を知って、私は少なからず安堵していた。

 私も兄さんも油断していたとはっきり言っても良い。


 だけど貴一郎さんは違った。戦闘が終わったのに武器を送還せずに抜き身のままずっと周囲を警戒していたんだ。

 既にキズナ-リンクの展開を閉じていた私達とは違う。


「あまり剣を振り回さないでくれませんか。急所を外してしまったじゃないですか」


「……」


 スーツ姿の男が貴一郎さんの剣閃を躱し、軽口のような言葉を放つ。


 その男に見覚えはあった。

 私と兄さんを【平和主義者】に引き入れた張本人。毒々しいナイフを片手に肩をすくめた様子と無言で私達の前に立つ貴一郎さんの姿が対照的だ。


「……飛鳥さん」


 腹部から血を流し、膝をついた兄さんの口からその人の名前が漏れる。

 大蛇を見た瞬間から予感していた。今日本部から来た魔法使いは新藤飛鳥さんだった。

 ただし、飛鳥さんが読心術がそこまで得意ではない。私でも抵抗できるレベルだ。


「やはり裏切り者は琥冬君達でしたか。正直抜けてもらっても戦力的にはさほど痛手ではないのですが、前例を赦せば【平和主義者】の不利益は計り知れません」


「なんで。来るのは読心系の人って」


「別に一人で来るとは言っていないでしょう? とはいえ一刻も早く彼女と合流しなければ怒られてしまいます。桜坂北斗は脅威ですからね。未だ姿を現さない園崎隼人にも対処しなければなりません」


 私と兄さんだってツーマンセルで動くことが基本だ。本部の人もそれは変わらない。

 いや、戦力を分散させたみたいだからまだ状況はマシ。マシかなぁ。


「やっぱり奇襲は性に合いませんね。キミ、名前は?」


「夏花さん、琥冬君の解呪お願い」


「う、うん」


 名前を聞かれても無視したままだ。ただし視線は飛鳥さんにむけたまま。

 脂汗を浮かせながら肩で息をする兄さんを"視"る。


 幸い貴一郎さんのおかげで傷はそこまで深くない。ナイフに編み込まれていた呪いも掠っただけでは不完全だ。このくらいなら呪詛抗体は簡単に作れる。肉体的な傷も単純でこの程度なら応急処置は難しくない。

 もちろん戦闘なんてできないし、魔力の流れもめちゃくちゃにされているから戦線復帰にはしばらくかかる。

 ただ、飛鳥さん相手だと復帰してもそこまで役に立てるとは思えない。

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