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魔法が使えるようになるゲーム

 待機命令を無視し、最低限の手荷物を持って【平和主義者】の自室を脱出。

 私物は大切なもの以外全部処分した。今は一般社員とすれ違っても大丈夫なようにオフィス用の私服を着ている。上手く脱出できたら高校は隼人さんのところに転校予定。

 支給されていたコンパスは位置が筒抜けになってしまうから捨てた。

 その所為で絶賛迷子状態ではあるんだけど、そうでもしないとここから抜け出せない。兄さんと離れ離れにならなかったのは幸運だ。二人部屋なのを煩わしく思ったこともあったけど結果的に助かった。


 大ピンチではあるんだけど、一応隼人さんは私達を見捨てずに回収する予定らしい。




――!?――




 建物の外からここまで余波が伝わるほどの魔法の気配に身を竦ませる。

 外でも始まったらしい。


「これ、北斗さん?」


「だろうね」


 北斗さんと隼人さんが内通していることは結構前から知っていた。

 初めて会った時は内包した魔力に中てられて本当に人かと恐怖したけど今は味方だ。


 隼人さんからは簡素な連絡があった。

 『決行は今日。援軍送るから頼りにしていいよ』


 隼人さんを信じて行動を起こしたけれど、【平和主義者】とかくれんぼ状態を脱するあてがない。


 【平和主義者】に北斗さんみたいな日本最強格の人はいない。

 でも、隼人さんみたいな最強に対抗できる人なら何人かいる。

 その人達が今日は全員警戒体制だったからここまで簡単に離脱できた。

 本来ならとっくに見つかってる。


「あ、待って。誰か来る」


 とうとう見つかってしまった。

 隠れる場所もないから迎撃するしかない。

 敵は一人みたいだけど私と兄さんで勝てるだろうか。


 実力を隠すのがとても上手い。

 私の感知能力じゃ魔法を使えない一般人と区別がつかないレベル。この状況では不自然なほど魔力を感じない。


 そして、その人物が廊下の角を曲がってこちらに姿を現した。

 カジュアルな服装で、背は兄さんより少し高い。少し若すぎるような顔つきだけど下の会社で働いてると言われても違和感は薄い。言ってしまえば普通の人。


「あ、君達かな。季羽琥冬と季羽夏花で合ってる?」


「名前と所属、あと目的を話せ」


 いきなり知らない人の口から自分の名前を紡がれたことに対して最警戒の構えをとる。

 兄さんがはいともいいえとも言わずに、すぐにでも攻撃か離脱ができるようにしたうえで会話を試みる。


 目の前の人物に魔法の心得があるようには全然見えないけれど、それが本当だとしても油断していい理由には全くならない。

 例えば懐から拳銃を出されて発砲でもされたら対処するのはすごく難しい。


「えっと、隼人と北斗の遣いって言ったら通じる? 名前は(たいら)貴一郎(きいちろう)。隼人や君らと同学年。組織離脱を手伝いに来た」


 社会人じゃなくて高校生だった。どおりで若い顔つきだ。そしてこの人が喉から手が出るほど欲しい増援。

 でも、この人からはその二人ほどの頼もしさは感じない。いや、北斗さんに関しては怖さしかないけど、そんな絶対の力を全く感じない。隠すのが上手いよりは本当になんの力も持ってなさそう。

 たぶんだけど魔法なんて碌に使えないはずだけど、隼人さんが頼りにして良いというからにはそれなり以上の強さを秘めているはずだ。

 はずってばっかりだなぁ。

 ひとまず嘘じゃないと仮定する。


アルカナ(A)ブルー(B)クロニクル(C)に関して質問するから答えて」


 それは私と兄さんが組織を裏切って隼人さんに付いた理由。

 A・B・Cは私達が組織を離脱して隼人さんにつくことになったきっかけにして集大成。



 A・B・Cは魔法が使えない一般人に魔法を発現するための訓練装置(ゲーム)だ。

 アクション要素の強いロールプレイングゲームの形をとっていて、簡単にいえばこのゲームで遊んでいるだけで魔法が使えるようになる、見ようによってはとても危険な代物。



「えっと、夏花さんの方だよね、シナリオライターの。A・B・Cのデバッグ作業は一通りやったから何でも聞いて」


 今、私達には厳重な警戒がなされている。

 ここまでスムーズに私達と接触できたからには何かしらの要素が必要。できれば幸運などではない方がいい。

 そんなことを思いながら確認をとる。


 シナリオライターは私で合ってるし、兄さんもグラフィッカーだからA・B・Cをやらないとできない質問なんていくらでも思いつく。


「蒼の入り江で現れたドレイク・シーサーペントの変異種がいる場所はどこ?」


 少し意地悪な質問。

 変異種は数多のゲームと同じようにこのゲームでも存在する。色とステータスと、スキル構成を一部変えただけで敵データを量産できるから便利。

 一応正解にするんだけど別の場所に現れるドレイク・シーサーペントは変異種じゃ……


「いやドレイク・シーサーペントに変異種はいないでしょ。シーマ湖の個体のことを言ってるならどっちかが雄個体でどっちかが雌個体だよね。取り巻きの編成見るに入江の方が雄かな?」


 ゲームシナリオのテキストにそれを推察できる箇所はない。

 ただ、ドロップアイテムのフレーバーテキストからは雌雄であることを少しだけほのめかせている。想定していたシーマ湖の個体とそれ以上の答えを聞かせてくれた。


「!? じゃあ、レッドカーバンクルのレアドロップから派生するシナリオどうだった?」


「あー。待って。ルビーじゃなくてガーネットの方だよね。僕アイテム自体がレアドロップだからドロップ率のテーブル意味ないんだよね。大抵はチート……っていうか隼人の管理者権限でアイテム手に入れてるんだよ」


 私達の作ったA・B・Cは対象の魔力操作の習得を促す役割が大きい。

 そして、アイテムを現実に召喚できる機能を実装するに当たって大きな問題がある。


 簡単に言えば、無から有は生まれない。

 私達はゲームを通して魔力を徴収している。それは本当に微々たるもので、体調等に変化は出ないようにしているし少なすぎると徴収どころかゲームが起動すらしないようにできている。

 銀行が近いかな。魔力を預けた分だけ引き出せる。預けている間は私達が好きに使う。そういうシステムだ。


 で、彼、貴一郎さんの魔力はお世辞にも多いとは言えない。

 多分魔力を徴収できる下限に近い。

 魔法使いじゃなくて一般人の範囲内でも結構低め。探さないといないほどじゃないし人通りの多いところで見渡せば一人くらいいるかなってレベルの低さ。だからこそ隼人さんはこの人にデバッグを任せたのかも。


 アイテムのドロップ率はこの徴収した魔力を還元する機能だ。

 当然まともにゲームすらできないくらいには経験値効率もアイテムドロップも悪かったはず。

 私も製作に大きく関わっているゲームにクソゲーの烙印を押されるのは嫌だなぁ。


「あのっ。貴一郎さん。レベルいくつ?」


「この前ようやく6に上がった」


「累積?」


「累積」


 A・B・CではよくあるRPGシステムとは違って敵を倒して経験値獲得とはならない。

 プレイヤー自身の魔力量と練度に依存する。レベルはその到達指標の一つだ。

 転職してクラスを変えるとレベル1から再スタートだけど、そこまでの経験がなくなる訳じゃないからだいたいの強さを測るなら転職してもリセットされない累積レベルが分かりやすい。


 最初の転職が可能になるのはレベル10だから貴一郎さんの初期職で確定。

 一応レベルアップ以外でもスキルの獲得手段はあるから完全に遊べないかというとそうでもないけど、たぶんそのステータスだとストーリー上のどこかで詰む。

 理論上はレベル1でもクリアできるだろうけど、火力が足りないからラスボス戦とか何時間も戦わないといけないので実質不可能だ。

 プレイヤーレベルもそうだけどスキルレベルも本人依存だから魔法の才能が開花できないような人にはクリアできない。


「えっと、シナリオ名は確か『緋色石に秘めた願い』だよね。ルビーの方がハッピーエンドでガーネットの方がビターエンド。これやっぱりトゥルーはビターの方だよね。一回クリアするまでステータスやスキルは意地でも変えなかったの記憶に残ってるよ」


「兄さん、この人は仲間だよ」


 レベル6、いや最近上がったみたいだしレベル5で『緋色石に秘めた願い』をクリアするのは並大抵のプレイヤースキルじゃない。

 私はこのゲームに限らずステータスでごり押しするタイプだから余計尊敬してしまう。当然A・B・Cもカンストまで上げてからクリアした。

 魔法が使えない初心者向けのゲームだしレベル上げが実際の魔力操作と連動するようになっている以上本職の魔法使いとしてはヌルイくらいの難易度だったけど、彼にとっては無茶無謀だったはずだ。この状況だと一般人に擬態した熟練者の方がありがたかったけどないものねだりしても仕方ない。


「あぁ。まぁ正直戦力になるとは思わないけど隼人さんと仲良いのは分かった」


「そりゃあ隼人や北斗レベルを求められると確かに無力だけどさあ」


 その二人、最強と準最強格の人達だから私と兄さんでさえ立ち入ることはできない領域にいる人達だよ。

 でもあの二人のそばにいるなら基準がそうなってしまうのも仕方なし、なのかな。

 いや私なら比べようと思わない。一部の魔法でほんの少しだけ私達の方が上手く扱えるものもあるけど、戦闘力みたいな総合力はお話にならない。貴一郎さんは魔法初心者みたいだしその辺りがよく分かってないのかも。


「あ、A・B・C貸してくれない? あれないとホントに無力なんだ。足引っ張ることになっちゃう」


「ほら、自衛くらいはできると考えていいのか?」


 兄さんが予備の端末を彼に渡したのを横目に、脱出の計画を練り直す。

 私と兄さんだけでも結構ギリギリだけど、そこに初心者が加わるとなると大幅な修正が必要になる。


「それくらいは」


(二人とも静かに!)


 再び私の感知魔法に誰かの使い魔が引っかかった。

 この反応は人間じゃない。


大蛇(おろち)!」


 よりにもよって蛇か。

 嫌な奴を思い出す。まぁあの人が来ていたとしても北斗さんの対応で手一杯のはずだ。


 そこにいたのは人間が入っていてもおかしくないほどの胴回りと8メートルを優に超える体躯を持つ蛇だ。

 同じ高さで目が合うくらい上体を起こし、蛇特有の縦に長い瞳孔を持つ目がこちらを向いている。

 チロチロと出す舌がたまらなく不気味だ。


「あ、後ろからも来たね」


 貴一郎さんの言う通り、挟まれてしまった。

 正直彼を守り抜く自信はない。


「平さん、だっけ。俺達があの大蛇を倒すまで悪いけど全力で生き残って」


「はいよー」


 気の抜けた声からは緊張が感じられない。

 A・B・Cの助けを借りて剣を両手に二本召喚し後ろの蛇に向かっていく。

 あまりに自然体な様子にこれなら少し目を離しても大丈夫と信じて前の敵に集中する。


 兄さんの言う通り、速攻で前の蛇を倒して貴一郎さんの方に行く。

 蛇には嫌な思い出しかないけどやるしかない。


「「キズナ-リンク!!」」


 私と兄さんの合同魔法で心と魔力を共有する。

 連携も取りやすくなるし、何より一人では扱えない魔法を編むことができる。

 双子とはいえ二卵性だから兄妹で思考が違えば資質も違う。

 私が得意な魔法を二人分の出力で放てるのは結構な利点だ。


「 ―解析―、


  ―共有―、


  ―炎呪― 」


 大蛇の正体は人造の疑似生命。

 こういう場合は実際の生命を真似る方が効率よく作成できるからベースは決まっていて、そこからどこまでセオリーを外せるかが魔法使いの腕の見せ所となる。

 今回の場合、蛇は変温動物だから冷やせば動かなくなる、の逆を突いて冷気に耐性を持っていて熱気に弱くなっていることを解析で読みとる。

 解析結果を兄さんと共有してから炎系の魔法で牽制。


 当然の権利のように固い鱗で炎をはじかれ、肉まで呪いが届かない。



「SYaaaaaaaaaaaaaaaaaAAA!!」



 飛んできた毒と思われる液体を横っ飛びで躱す。

 普通の毒ではなく呪いの塊であることを隠そうともしないそれを浴びたらどうなるか、想像したくもない。パッと視えるだけで五感の封印と四肢の麻痺がある。


「 ―断て―、


  ―穿て―、


  ―貫け― 」


 兄さんの言霊による魔法も通りが悪い。

 この大蛇を作った人は私達より上位の存在だ。

 接敵からそう時間は経ってないけどこの場所が伝わってないと考えるのは流石に楽観が過ぎる。


「 ―熱呪―、


  ―炙呪―、


  ―焼呪― 」


 呪いを放つも大蛇の動きを止めるに至らない。

 少しためがあり、勢いよく顔が近づいてきて顎が目の前に迫る。


―夏花!―


 キズナ-リンクの影響で兄さんの焦った気持ちが伝わる。

 触れただけで呪われる毒を直接体内に入れられたら最悪即死もあり得る。


 数歩後ろに下がり、足跡を媒介にしてトラップを仕掛ける。


「 ―略式再現<火砕流>― 」


 大蛇の死角、真下から火柱が上がり直撃した。

 隼人さんに教えてもらった術だけど本家本元の半分も火力を出せていない。

 でもそれは比較対象が規格外なだけで、ちゃんと大蛇の動きを数秒止めることはできた。


「 ―滞れ― 」


 兄さんが放ったその言霊は今までで一番効果が見られた。

 なるほど、細かな脱皮で自身に降り注ぐ熱を切り捨てていたらしい。最初の解析では見えなかった。

 この大蛇の主は私よりずっと高位の魔法使いであることが確定。これほどの使い魔を操れる人に接敵したらもう勝ち目はない。


「 ―散れ― 」


 しかし、兄さんの言霊を振り払って後退して立て直されてしまった。

 呪術耐性が半端じゃない。


 ところどころ鱗が剥がれ、中の虚が見える。

 体を少しずつ崩壊させながら、それでも闘志を切らさずに私達に襲い掛かってくる。


 兄さんに嚙みつきにいったと思ったらその勢いを体の回転に変換して尻尾で叩く。

 ギリギリ躱せたけどヒヤッとした。自分が狙われるより緊張する。

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