組織の裏切り者
その日、日本の魔法使いの間で激震が走った。
国内最強の一角である桜坂北斗を要する【結社】が墜ちたのだ。
主犯とされているのは園崎隼人。
個人としての力量は間違いなく上の上。桜坂北斗のような例外を除けば誰にも負けない実力者で、条件さえ揃えばその例外にだって勝てる優秀な魔法使いだが彼には弱点があった。
資質が罠に特化していて攻めに向いていないのだ。防衛戦では無類の強さを誇っていても下準備がなければその力は半減する。
また、園崎隼人が個人勢なことも驚かせた理由の一つだ。
今の時代、ソロでやっていける魔法使いは多くない。ある程度以上の力を持っていないとすぐにどこかの組織に目をつけられて潰されるか吸収されてしまう。
たとえば【平和主義者】とかがそうやって勢力を伸ばしている。
園崎隼人のやったことはその真逆。
あの桜坂北斗を裏切らせたのだ。
二人とも高校生という若さで魔法使いの頂点に手をかけるという天才同士で波長はあっていた。一時期コンビを組んでいたぐらいだけど完全に決別したというのが世間(狭い業界だけど)の認識で、それが今回の事件で覆った。
幹部かつ最高戦力を盗られた【結社】はなす術もなく敗走。
個人的には【結社】がその程度のことで――たとえ相手が隼人さんだとしても――個人相手に揺らぐとは思っていないのでプラスアルファで何かあったはずだけど一介の魔法使いである私には想像することしかできない。
さて、現在の情勢を踏まえてもう少しだけ現状を確認する。
私の名前は季羽夏花。二卵性双生児の片割れで兄の名前は琥冬。
17歳で花の女子高生だ。よく言われるけど私も兄さんも春生まれ。北斗さんや隼人さんと同学年になる。天才が同学年の同分野にいて正直比較されたくないけど残念ながらそうもいかない。
魔法使いとしての資質は中の上程度。二人とも変わらない。
所属は【平和主義者】。恥ずかしながらスカウトを断り切れずに組織に下った半端者だ。
現在【平和主義者】では【結社】の二の舞にならないように裏切者がいないかを精査している。
読心系の魔法使いによる一斉検挙だ。
いるかいないかも分からない内通者を炙り出すためうちの支部に本部の人間が来ることになった。
「大丈夫かな」
「とりあえず今の時点ではね」
【平和主義者】がいくつか所有している会社の一つが私達の今いる場所だ。
表向きは七階建てのビルで、カモフラージュのために普通のIT系の業務をしている会社が所有している。無関係の一般人もいて一応儲けはあるらしい。
だいたい一階から四階まではそんな感じだ。
私達が今いる場所は六階。
ただし、五階以上は空間を歪めているから標がないとすぐに迷子になってしまう。
広さも外見の数十倍はある。
末端メンバーの私室はだいたい七階にあって、私達もそこで暮らしていた。
私達が普段使う入口は別の建物にあってそこから七階まですぐだ。
【平和主義者】の人間はコンパスを支給されているから迷うことなく目的地へたどり着ける。
コンパスがない時はひたすら廊下が続き、分岐や曲がり角でどちらに進めばいいか分からず途方にくれる。
どこか部屋に入ってしまえば十中八九罠だ。窓も同様外にはつながっていない。空間の繋ぎ目も巧妙に隠されているから下手したらいつのまにかとんでもない座標に飛ばされていることだってありうる。
「本部の人、もう来たかな?」
不安からどうしても口数が多くなってしまう。
なにせ
「隼人さんならきっと助けてくれる。心配ないよ」
【平和主義者】が探している園崎隼人の内通者。
それは私達のことだ。