自称天才怪盗クロカゲだけが知っている
暗い部屋に男はいた。
名は「クロカゲ」。
自称、天才怪盗である。
あくまで自称にすぎない。
だが──
彼はまぎれもなく本物の、天才であった。
部屋は彼のコレクションルームだった。
次なる“獲物”を彼は夢想する。
「──『眠れる乙女』か」
とある富豪の所有する名画に、彼は狙いを定めた。
クロカゲには美学がある。
ただ盗めばいいわけじゃない。
あくまでフェアに。華麗に。
予告状を送り、堂々と獲物を奪い、鮮やかに逃げ去る。
怪盗とは何とリスキーなのだろう。
だが。
全ては杞憂であった。
なぜなら──
彼は天才だから、である。
犯行に最適な日時を、一切リスクのない確実な方法を、彼は知っていた。
クロカゲの頭の中には膨大な知識と情報がつまっていた。
あらゆる状況が計算できた。
物事の先の先を読むことが可能だった。
警察がどれほど強固な警備を行おうとも、それをかいくぐり盗み出すことは容易だった。
彼は、天才なのだから。
☆
ひとつだけ懸念があった。
「シロガネ──か」
白銀輝。
やはり天才と謳われるこの名探偵は現在、英国にいる。
帰国してくる確証はない。
だが、無視はできなかった。
犯行は確実に。完全にだ。
「──お手並み拝見といこうか。名探偵」
☆
シミュレーション252回目。
完全なるクロカゲの犯行を、彼はあっさりと阻んでみせた。
恐るべし、名探偵シロガネ。
計画は全て失敗していた。
これは彼の脳内で行われている単なる空想にすぎない。
実際にはシロガネはそれほどの天才でなく、クロカゲの思考がそれを生み出しているだけかもしれない。
だが──
天才クロカゲに傲りはなかった。
☆
ダメだ。
何度繰り返しても、結果は同じだった。
──やむを得ないか。
クロカゲは天才である。
故に──退くべき時を知っていた。
「今回は君の勝ちだ」
犯行計画の全てを、彼は白紙に戻した。
完全成功の保証がない以上、
これは行うべきではない。
次は必ず。
天才クロカゲは誓うのであった。
部屋に明かりがついた。
ここは彼のコレクションルームである。
部屋は……がらんとしていた。
何も、なかった。
彼の“獲物”はまだ、ただの一つとして、並んではいなかった。
クロカゲは天才である。
だがその結果、彼の思考は名探偵シロガネを無視できず、犯行は中止に追い込まれていた。
これまで全て。
彼の犯行が行われたことはない。
まだ一度も。
自称天才怪盗クロカゲ。
彼はまぎれもない天才である。
だが、天才であるが故に──
彼は未だ、
“自称”怪盗のままである。




