崇める/銀世界
大学一年生当時、課題として書いたものから一本。
指定された題材は「夢」でした。
こんな夢を見た。
背の高い草が一面に広がっている。すすきだろうか、僕の腰ほどもある。それは、時折吹き抜けていく風に揺られて波を描いていた。
空を見上げるまでもなく僕の真上には、やけに大きな月が輝いていた。浮かんでいると言うよりはむしろ、空を覆っているようで、それでも、僕はそれが月だと知っていた。その大きな月のせいで辺りは夜とは思えないほどに明るかった。白夜の世界はこんな感じだろうかとぼんやり考えた。
少し歩いた。一面の銀世界の中、僕は自分が西に向かっているのだと知っていた。
しばらくすると、小さな駅が見えてきた。無人の乗り場があるだけの駅。少し待つと電車が来ることを僕は知っていた。一両建ての四角い電車。なんだかバスみたいだ。僕はそれに乗り込んだ。ポケットに手を突っ込むと切符が入っていた。切符には「スイタ」と書いてあった。
小さなバスのような頼りない電車は、そのサイズに見合わないスピードでススキの原を駆けていく。しかし、音はしない。滑るように走っている。
しばらくすると、遠くの方に白い何かが見え始めた。空に向かってズンと屹立したそれは、まるで月と対峙しているように見える。それだけの十分な存在感と威圧感を放つそれに向かって、電車は更に速度をあげていく。
近づくにつれ、白い何かはより強力な存在感を示してくる。白い点は腕をはやして巨大な十字架のようになり、頂点の金色の顔、その体を走る赤と青の筋、そして腹部に埋め込まれた白い巨大な顔までもがその陰影を以て主張を始める。
とうとう、それは或る塔としてのアイデンティティを獲得した。そして、僕はより一層の恐怖を感じるのだ。
塔からしばらく離れたところで電車は止まった。無人の駅に切符を置いて改札を出る。
塔は、やはり夜空を覆う月と張り合うようにすっくと立っていた。美しく不気味なそれは、まるで人工物とは思えないラインを描いて、一個の生命体のようである。
恐ろしさに惹かれるように僕は歩き出した。
いくら近づいても塔は変わらず立っていた。視界に入ればそれだけで見たものに強い印象を与える塔は、それでいて他の影響の全てを拒絶していた。僕は知っていた。あの塔は絶対に僕を受け入れない事を。
思い返せばずっと昔から知っていたのだ。俺はどれほどの時間ここにいたのだろうか。ほんの少し電車に乗って、ほんの少し塔を眺めて。ほんの少しの時間の中で。随分と長く俺は塔を思っていた。受け入れて欲しかった訳じゃない。拒絶する姿に憧れさえ抱いていた。
それでもやっぱり、塔と対峙するあの月が羨ましかったのだ。
気づくと僕は一本のすすきになっていた。
(2017年筆)