エピローグ
“雨の鳩バス亭”の客が全員チェックアウトし、静かになった店内。
夕食の下ごしらえを終えたジャネットは、二人分の紅茶を入れてカウンターに置いた。
「はい、レモンティー」
「ん」
レモン果汁を数滴混ぜた紅茶をガンダンに差し出すと、彼は受け取ってティーカップを傾ける。
「……美味いな」
「でしょ?」
よーく見なければわからないほど、かすかに目元を緩ませる。そんな彼の笑顔と称賛の言葉を受け、ジャネットも自分の分の紅茶を飲む。こちらはミルクたっぷりのミルクティーだ。
「あの二人組、知り合いだったの?」
不意にジャネットが訊ねる。
ただの盗人相手に、ガンダンが改めて自警団の詰め所へ向かうなんて珍しいと思ったのだ。
「…………ああ」
しばし躊躇った後、ガンダンは頷いた。
「昔、身を寄せていた組織が、そうだった」
「……そう」
それきりジャネットも黙ってしまう。
ジャネットとガンダンの出会いは奇妙なものだった。ジャネットは家出同然に故郷のトモロレを飛び出し、料理の修行中だった。ある時、修行先の食堂の近くで倒れていたガンダンを見つけたジャネットは、大将らに頼み倒し、必死に彼を介抱したのだ。
誰かに襲われていたのか、傷だらけだったガンダンだったが、看病の甲斐あって意識を取り戻した。その後、「うちは病院じゃない」と揃って追い出された二人はそのまま共に各地を旅し、この木の根元で宿を開いた。
ジャネットは料理の勉強ができればどこでもよかったし、ガンダンは行く当てがなかったのと、彼女への恩を感じて同行していた。
だから、二人の関係を一言で表すならば、「相棒」が一番近い。
二人とも、互いの過去についてはよく知らないし、聞かない。自然と暗黙のルールになっていて、けれどそれが心地よかった。
「あ、そうだ」
不意にジャネットが胸元のポケットを漁る。取り出したのは、小さな和紙に包まれた干菓子だった。
「これ、昨日お菓子屋さんで貰ったの。食べる?」
包み紙を開くと、少々形は崩れているが、雪を固めたように白い干菓子が現れる。
「……ん」
小さく頷いたガンダンは、指先で干菓子を小さく割り、それを口に運ぶ。余ったうちの半分をジャネットも割って食べる。残りの分はオブホフへ、昼食と一緒に持っていくつもりだ。
「美味いな」
舌の上でほろほろと溶けていく干菓子を味わいながら、ガンダンが呟く。
「うん、美味しいね」
ジャネットも頷いて、崩れて粉のようになってしまった部分をミルクティーに混ぜた。
およそ一ヵ月後。
クラフトロード各地で活動していた、主に新成人を狙った大規模な人身売買組織が摘発された。
黒幕と目される人物から末端に至るまで、さらには芋蔓式に類似組織や関与していた重役まで逮捕されたことで、一時は騒然となった。
逮捕のきっかけはとある新成人の旅人を狙った犯行の失敗とされているが、黒幕まで一斉に摘発できた理由については、様々な憶測が飛んでいる。
目新しい話題のない事柄は、次第に忘れ去られていく。
その後、“流浪の剥ぎ師”の後継を名乗る青年が防水性に優れた木の皮の財布を作り出し、世を席巻したのも、また別の話。
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