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プロローグ

 クラフトロード、と呼ばれる道がある。

 様々な産業を主収入とする国々から、流行の国トモロレへ続く道だ。

 しかもこの道は一本ではなく、トモロレを中心に放射状へ伸びている。そのため商人や旅人たちはそれぞれのクラフトロードに色を付けた。

 木材加工が盛んな木工の国ウィルから伸びるのはブラウンロード。

 宝石の採掘と加工が盛んな宝飾の国ジェマインから伸びるのはプラチナロード。

 紙の製作から製本までを手掛ける本の国ブリンドから伸びるのはホワイトロード。

 そして、これら十二のクラフトロードには宿場町が存在し、それぞれが自治権を持って運営していた。

 そのうちの一つ、服飾の国ティティルからトモロレへ伸びるクラフトロード。

 それが冠する色は黒。

 染めた、染めていない、仕立てた、仕立てていないかは些末なこと。

 糸は紡がれ、布は織られ、誰かを引き立てる一助となる。

 しかしその存在は決して失われず、誰かと共にあり続ける。

 まるでそれは、人の一生を共に生きる影のよう。

 とある詩人が遺した(うた)を元に“ブラックロード”と名付けられたそこは、しかし名前にそぐわず賑やかだった。

 足を休める茶屋、道中の弁当などを売る店、手紙を届ける鳥便や、乗り合いのバス停、翌日に備えて寝るための宿……。

 主要街道に軒を連ねる店にはひっきりなしに客が出入りし、賑やかな様相を呈している。表通りはもちろんのこと、一歩奥へ進んだ小道の先にある店も活気がある。

 そのさらに奥には川が流れ、傍らには一本の大木があった。

 樹齢は百年を超えているだろうか。傘のように枝葉を広げた大樹は凛と立ち、周囲に自分以外の樹がなくても気にしていない。

 また、そこを誰かが住処にしていても、一向に構わない。

 根元のドアから誰かが出てくる。

 身長は十二センチほどだろうか。二十歳を迎えたくらいの女性だ。癖のある短い赤毛をバンダナで覆い、動きやすいオーバーオールは彼女の身体にフィットしている。

「じゃ、行ってきまーす!」

 中にいるだろう相手に向けて言うと、彼女は大通りに緑色の目を向けた。日が傾きかけている中、その目は翡翠のように輝いている。

 真っ直ぐに大通りへ出ると、女性は両手を口の脇に添えて声を張り上げる。

「“雨の鳩バス亭”でーす! 気象予報フクロウ、オブホフの天気予報をお伝えしまーす!!」

 賑わっていた大通りが一瞬静まる。その直前に、一部でかすかにどよめきがあった。

 旅人であろうと定住人であろうと、天気を知りたいと思う者がほとんどだ。

 しかもオブホフという名のフクロウは、高い的中率を誇るものの、気難しい性格で有名だった。巣である大木へ近付こうものならその鋭い爪とくちばしで襲われ、命を落とした者も多い。そんな彼の天気予報を聞けるなんて、一昔前ならあり得ない話だった。

「今夜は一晩中晴れまーす! ただし、夜明けごろから雨が降るので、お急ぎの方はご注意くださーい!」

 それを聞いた行商人たちがあわただしく動く。急いで商品や手紙を届ける必要のある一部の行商人は、多少無理をしてでも夜通し歩き、雨に降られる前に少しでも距離を稼ごうとする。

 道中で食べるための弁当を買うために、行商人たちが弁当屋へ殺到する。弁当屋の嬉しい悲鳴を聞きながら、女性は続けた。

「風はありませんし、雨脚も強くありません! でも、しっかり明日の午前中は降ると言います! 旅人さん、行商人の皆さんは雨にお気を付けくださーい!」

 弁当屋の次は雑貨屋が悲鳴を上げた。のんびりと行く旅人はカッパなどの修繕を依頼し、急ぎの人は新しいカッパを買い求める。雨避けシートを買っていく行商人の姿もあった。

「“雨の鳩バス亭”は、まだお部屋数に余裕がありまーす! ぜひ寄ってってくださーい!」

 最後に宣伝も忘れず、女性は天気予報を終えた。

「ジャネットちゃん!」

 夕食の準備に戻ろうとした女性へ、声がかけられる。

「いつもありがとう。これ、よかったら食べて」

 声をかけてきたのは干菓子を売る店の店主だ。日持ちのする干菓子は湿気が天敵だ。明日は仕事にならないだろう。

「ありがとうございます、いただきます!」

 ジャネットと呼ばれた女性は礼を言うと、手渡された小さな包みを胸ポケットにしまう。

 オブホフの天気予報を聞いた表通りが騒がしくなると、裏通りの店もにわかに活気づく。裏通りに居を構える店は、怪しいものがなくもない。しかし知る人ぞ知る名店が潜んでいるのも事実で、客さばきに必死な表通りを横目に常連へ接客している。

「なあ」

 そしてジャネットが表通りへほぼ毎日天気予報を伝える本当の目的。

「“雨の鳩バス亭”、まだ二名泊まれるか?」

「ええ」

 振り返った先にいたのは、旅慣れた風の青年と、新米旅人らしい青年。

「大部屋と相部屋(ドミトリー)がありますよ」

「大部屋。夕と朝の二食付きで」

「はい!」

 お客を獲得したジャネットは満面の笑みで頷き、二人を案内する。


“雨の鳩バス亭”。

 裏通りのさらに奥にある、一本の大木を使った食事処兼宿泊施設。

 ブラックロードの、隠れた名宿だ。

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