魔法が解けて、魔法がかかる
おとぎ話のお姫様。王子様に見初められてめでたしめでたし。
いつまでも幸せに暮らしましたとさ、なんて。
いつまでもなんて、そんなことは現実には起こらない。
そんなことはよくわかっている。
それでも、この幸せが永遠に続いて欲しいと思った。
だから、
「……俺も、武田が好きだ」
男同士とか、未来がないとか、そんなことは今は考えたくなくて。
ただ、おとぎ話のようにずっと幸せに暮らせればいいのになんて考えた。
武田が泣きそうな顔で笑ったのがどういうわけか嬉しかった。
「飯田、愛してる」
こうして男二人はいつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさーー
ーーそんな風になればよかったのだけれど
「あの、さ」
武田が言いにくそうに鼻の頭を人差し指でなぞり続ける。
ああ、ついにこの日が来たか、なんて。俺は思ったより冷静なもので。
だけど武田が今日はこの話を諦めて「なんでもない」なんて言ってくれたらいいなんて願うこともやめられない。
「なんだよ」
間に耐えられなくなって先を促してやる。武田はようやく鼻に触れるのをやめてはいたが、今度はせわしなく手を握りしめたり、開いたりを繰り返していた。
最初は武田が俺に告白をしてきた。
元々それほど親しいわけではなく。話していて楽しいとは思ったがだからといって付き合う気にはなれなかった。
そもそも男同士だし、とにかくそういう目では見られないと丁寧にお断りしたところ、そこから猛烈アタック。
まさかの俺がノックアウト。
二人で好きです付き合ってくださいなんて言い合った。
そんなめでたしめでたしの日から、二週間。
幸せは思ったより続かなかったと言うべきか。想像以上に長かったのか。
それなりに上手くいっていると思っていた関係に綻びが生まれたのは、初めてキスをした日だった。
「俺はさ、お前のことちゃんと好きだと思ってたんだ」
それは残酷な否定の始まりだというのに、武田は言葉を選んで傷つけないようにしているつもりなんだろう。
ーー俺は、武田のことどう思ってたんだろうか
「だけどさ、キーーしたらさ、なんか……違うな。そうじゃなくて。なんていうか」
「そういえば、さ」
うまく考えられないくせに言葉を遮られた武田は不満そうにしている。
「おとぎ話もそうだよな。キスで魔法が解ける」
そんな簡単なことだった。
ただそれが眠りの魔法ではなくて、恋の魔法という残酷なものだっただけで。
これはただのおとぎ話だったのだ。
「俺たちはお互い、恋なんてしてなかった」
そうして、すべてを否定してやる。
そうすれば武田も罪悪感に苛まれずに済む。
「俺たちはずっと、ただの友達だったよ」
そうして武田に背を向けて、歩き出す。
振り返って顔を見たら、立ち止まってしまいそうだったから。
走らない。だけど早足で。
俺は、お前のこと、ちゃんと好きだったよ?
だけど、お前だけが恋を消してしまった。
どうして、俺の魔法も解いてくれなかったんだろう。
頬を伝い落ちそうになる涙をこらえて歩き続ける。
永遠の幸せなんてありはしないものにすがるのはもう、やめよう。
※※※
「飯田先輩?」
強い人だと思っていた。本人に言ったことはなかったが尊敬していたし、男らしいなあなんて。
自分もこうなりたいと思っていたくせにそれを告げるのは照れくさくて。
時々ふざけたように「俺、先輩のこと尊敬してますし」とか言っては嘘吐けと笑われて。
なのに、今、見たものは何だ。
ーーキスも魔法ならば、涙も魔法
どうして、彼のことがこんなにも気になるのだろう。
ーーそして、一つの物語が終わり、もう一つの物語が始まった