相似-ソウジ-
昔から俺は、嫌というほど生真面目にやってきたつもりであった。
それは、人生も、また、人間関係など、全てに於いてー。
俺自身は、実直過ぎるほどやってきたのだと、思う。
「...ふぅ..。」
深い深呼吸を何回かし、部屋を見渡す。
稚拙な前置きをしても尚、
俺は明日引っ越す部屋に深く、想いを抱いてしまうのだ。
そうは言っても、時間などは俺や人間を待ってくれなどしない。
「人の尊さは、時間に負けてしまうものなのかね....と。」
御託を述べるのに観念した俺は、ベッド周辺のものを、少しずつ拾っていく。
片付けもしないのに、何が生真面目だろうか。
無性に切なさと怒りを感じる。何故かはわからないままに、淡々と拾い上げていくしかない。
くどいようだが、時は何も待ってくれないし、残すものもごく僅かなのだ。
ふと、拾い上げたノートに、身体が固まる。
「....いつこんなものが?俺の部屋には、誰も入れて..」
....。
万が一の可能性を考え、最後の一言を俺は飲み込む。
ぱらぱらとページをめくって見るものの...
大した収穫は得られない。
いや、厳密には全て空白のノートだ。
何故こんなものが俺の部屋にあるのだろうか。
元々俺は、ノートに書き留めるような何かは..していなかった筈だ。
「..まぁ、いざと言うときに使えるか。」
"これ"は捨てずに、積み重なった本の上に整理した。
..体力は僅かしかないが、時間は待ってはくれないものだ..。
深いため息をもう二つほど吐き、立ち上がる。
拾い集めるものは、大体処理した筈だ。
やたらとガラスの破片が残っていたベランダでさえ、今ではスッキリと、全て片付けてある。
では何故この様に腰が重いのか。
なんとなくだが、不穏な空気を感じるこの空白のノート。
そして、先に言った、ガラスの破片達。
何故、生真面目な俺の周りに、そんな無作法なものがあるのだろうか?
「やってられんな..。」
こんな時は部屋の換気でもするか。
...もしかしたら、これが最後の部屋の換気かもな。
いや、そんな事は恐らく、どうだって良い。
苛ついた勢いで、思い切り窓を開ける。
「...っ、眩しい..」
大きく吹き抜ける風と太陽に意識を向けた瞬間、
がしゃん、と大きな物音がたった、気がした。
...後ろは振り向きたくない、気がした。
カーテンや無駄なものは、もうとっくに撤去した筈なのだ。
「こう、晴れた日は...なんだったか....」
今話している声は、確かに俺である筈だ。
カーテンを開けるや否や、俺は、夢遊病の様に"沢山の何か"を拾い集めて続けた。
「時間は、尊さに...負けている?」
自分の歪な言葉を、繰り返す。
何故疑問形で俺は、問いただしているのだろうか?
ふらふらとした足取りで、"誰も使わない薬箱"を手にする。
ー別に、この部屋にいる中で、箱が使われなかった事などは無い。
「...しょっ、と...ん?」
こんなに、重苦しいものだっただろうか。
空の薬箱ー。...空?
空白のノート...空白?
「そういえば、昔俺もよく、こうやって...」
語らったり。筆を持ち、かく事が好きだった。
「これで、終いにするべきだったのか?」
薬箱の1番小さな引き出しには、
沢山の"君からの"手紙が詰め込まれていてー。
そして、それだけは、時間と共に色褪せない、俺への呪詛や、悩みや、愛だった。
詰め込まれた思いに、答えなかった、自分と。
君の大き過ぎる愛は、あまりに違い過ぎたのだ。
どれだけ年月を重ねても、きっと、それは、俺はー。
「...悪い。本当に。」
"重すぎる薬箱"を手にして、窓へ向かう。
「...俺と君は似ていたと信じたい。だから、こうするんだ。」
窓から思い切り、君の異臭のする、薬箱を、放った。
「相似と掃除をかけた話を作って欲しい」と
3年前ほどにリクエストをいただき、
書いたSSです。
いつもの自分の作風とは全く違うお題で新鮮でしたので、今回SSとして投稿致しました。
ありがとうございました。