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1 女魔術士の受難

「魔術士と魔道士って何が違うの?」

 男が訊ねた。

「魔術士は、魔術を『使う』人。魔術使い、とも言うでしょ。まあ、そう言ったら魔道士も『魔術使い』なんだけど」

 女が答える。


「魔道士は、ただ使うだけじゃないってこと?」

「魔道士は、『作る』人。既存の術を研究して組み合わせたり、新たな法則を発見したりしてオリジナルの術を構築したりする人」


「魔術士と魔道士、どっちが凄いの?」

「それは個人によると思う。『使う』能力と『作る』能力って別のものじゃない?まあ二級魔術士試験くらいは合格するレベルじゃないと魔道士資格は得られないと思うけど」

「あれかな。役者と演出家みたいなもの?」

「さあ。役者の世界のことはよくわからないけど」


「じゃあさ、真理亜と魔道士雷夜(らいや)って、どっちが強い?」

 男の無邪気な問いに、女――真理亜まりあは顔をしかめた。

 別に今さらか弱い女ぶるつもりもないし、自分が「守られる女」でないのはわかっているけれど。

 そういう質問は、どうかと思う。


「そんなのわかりません。それに私たちは雷夜さんの敵じゃなくて依頼人。助けてもらうんだから」

 話している途中で、パキン、と真理亜の胸元の宝石が砕け散った。

 宝石の護符。一見普通の宝石のようで、中には呪文が封じてあった。マントの留め金として使っていたけれど、台座を残して無残に消えてしまった。

 追手には、手練れの魔術使いがいるようだ。


「最後の一個、壊れちゃった。呑気に話している場合じゃないよ、高志たかし

「それが壊れるとどうなるの?」

「見つかりにくくなる術が封じてあったんだけど、その効果がなくなった」

「でも、壊されるってことはすでに見つかってるってことじゃないの?」

「見つけてなくても術を阻害する魔術はいくつかあるの。まあ、護符は所詮気休めだけどね。他の術は継続してるし」

「ねえ、その、見つかりにくくなる術?って使ってたら、雷夜さんも俺たちのこと見つけられないんじゃないの?」

「ああ、そっか・・・・・・。実際に会ったことはないから、特定解除ができないんだよね」

「まあ、いいんじゃない?あいつらに見つかって戦闘にでもなったら、雷夜さんもさすがに見つけるでしょ。それより」


 深夜だった。人気はまったくない。ちゃぷん、ちゃぷん、と水の音がする。運河のほとりの倉庫街。ぽつんぽつんと街灯が並んでいる。対岸にはきらめく夜景。石積みの塀の陰で、高志は真理亜の顔に自分の顔を近づける。


「それどころじゃないんじゃないの?」真理亜は呆れて言ったけれど、

「それどころじゃないからこそ、今、この瞬間の美しい君を僕のものに」

 芝居がかった台詞をささやきながら高志は真理亜の頬に手をやった。

 こんな時に、と思ったけれど、こんな時だから、自分がちゃんと女扱いされているということを確認しておいてもいいかもしれない。

 真理亜は顔を傾けて高志の口づけに応えた。運河の向こうの宝石箱のような街灯りを横目に見る。風が気持ちいい。こんな状況じゃなくて、ただのデートだったらどんなにかよかったのに。


(あれ?)

 一瞬、目がおかしくなったのかと思った。

 夜景の一部が闇にくりぬかれたような、そんな風に見えたのだ。

 でも、一瞬のちにはまた元の景色に戻っている。

(これは)

 巧妙に隠されているけれど、かすかに魔力の気配が残っている。

 いや・・・・・・あえて残した?


「高志、離れて」

「やだもう少し」

「駄目、来てるから」

「誰もいないよ」

「いるのよ」

「気のせいさ」

「魔力のないあなたにはわからないかもしれないけど」

「俺だって人の気配には敏感な方・・・・・・」

「雷夜さん、もう来てるから!」


 真理亜が高志の顔を押し戻しながら大声を出した瞬間、すうっと闇がはがれるように魔道士の姿が現れた。おそらく一度やって来たものの、真理亜たちがいちゃついていたので気を遣って姿を消していたのだろう。

 高志はあっけにとられている。

 一級魔術士である真理亜は、とりあえず魔道士の技量を分析した。

 闇に身を隠す術と気配を消す術を同時に使うのはさほど難しいことではない。既存の術で充分可能な範囲だけれど、そこは魔道士の矜持なのか、どうもオリジナルの術らしい。

 技の精度はなかなかだ。


(それにしても)

 魔道士雷夜といえば業界ではそれなりに名前が知られている。

 駆け出しなどでは決してないはずだ。魔道士資格は十八歳以上じゃないと取れないし、独立開業は二十歳以上でないとできない。それなのに。


(・・・・・・若すぎない?)

 少なくとも二十六歳の真理亜と同年代かもう少し上くらいに思っていた。しかし今目の前にいる魔道士は、十代前半の少年にしか見えない。真理亜の身長は女性のほぼ平均だが、古風な黒マントを羽織った魔道士は明らかに真理亜より背が低く、しかも顔はおそろしく童顔で「可愛い」と言ってもいいくらいだ。


「・・・・・・もう少し待った方がいいなら、離れておくが」

 魔道士は、やや気まずそうな顔をして言った。

 少年には刺激が強すぎたかもしれない。いや、実際には大人のはずだが。


「お待たせして申し訳なかったわ。魔道士雷夜さん」

 言いながら、真理亜は服の胸元を整え直す。

「え、この子が雷夜・・・・・・こんなちいさ・・・・・・痛!」

 失礼なことを口走りかけた高志を真理亜は小突いたが、魔道士は特に気分を害した様子もなく、静かな目をしている。


(幼く見えるけど、結構人間できてるタイプ?)

 気を取り直して、真理亜は本題に入る。


「事情と依頼内容は、この間伝えたとおりよ。私たちは、高志の父親に追われている。高志の父親はこの街の有力者で、金と権力にまかせて魔術士を何人も従えているわ。高志の父親は大事な息子をたぶらかした私を殺したいほど憎んでいて・・・・・・あなたには、私たちが彼らから逃れて無事にこの街を出る手伝いをしてほしい。前金は、あれで足りたわよね?」

「充分だ」

「成功報酬は前金の二倍払う。それで問題ないかしら?」

「前金だけで充分だ」

「?確かに相場に比べるとかなりの額だけど、でも魔道士雷夜と言えば」

 真理亜は首を傾げた。


 魔道士雷夜はどんな依頼でも引き受けてくれるというその一方で、法外な報酬を要求することでも知られている。

 いくら腕が一流でもその姿勢はいかがなものか、という批判はよく聞くが、幸いにも高志はかなりの資産持ちだ。父親ありきで得た金とはいえ、ちゃんと高志名義のもので、差し押さえられないための手も打ってある。

 無事に逃げ切ることさえできれば、それなりの額を支払ってもいいということには高志も同意している。


 あれだろうか。この魔道士は、どうも噂に聞くよりいい人のようなので、もしかしてそこも気遣ってくれていたりするのだろうか。

 駆け落ちするのに金は何かと入用だろう、と。


「前金だけでいいというのはありがたいけど、でも成功報酬はちゃんとお支払い・・・・・・」

 言いかけた真理亜に対し、

「成功報酬を支払う必要はない」

 そう答えたのは、雷夜ではなかった。


「魔道士雷夜のせっかくの気遣いだ。そこでもう少しちちくりあっても、今回ばかりは特別に大目に見てやってもいいぞ。なんせ最期の別れだからな」

「なっ」


 頭で考えるより先に身体が動き、真理亜は間一髪で「氷の槍」をかわした。真理亜が一瞬前までいた場所には数十本の魔術の槍が突き刺さり、湿った石畳は瞬時に氷に包まれた。


 魔道士雷夜の脇に、いつの間にか立っていたのはでっぷりとした体型に禿げあがった頭の、高志の父親。

 彼は高志と同じくまったく魔力がないはずだ。

 他の魔術士が近辺にいる気配はなく、彼を隠していたとしたらそれは目の前の魔道士雷夜のしわざでしかありえないけれど・・・・・・今、間近で対面して話している間、ずっと術を行使していたということなのだろうか?

 素人ならともかく、一応一級魔術士である自分に何の気配も悟らせずに、まったく魔術の素養もなく魔力もない人間を隠すなど、至難の業のはずなのに。


「魔道士雷夜!なぜ高志のお父様と」

「ふはっ。私が魔道士雷夜を雇ったのだ。おまえたちの五倍の報酬でな。さすが『悪徳魔道士』として名を馳せるだけのことはある、二つ返事で引き受けおった」

「そんな・・・・・・っ。魔術士協会規定・・・・・・魔道士にも同じ職務規定があるはずよ、『依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事案は引き受けては・・・・・・』」


「俺がそんなものを気にすると思うか?」

 高志の父親の横で、魔道士雷夜はぼそりと言った。


 黒いマントに隠された両腕は何か動作をしているようには見えないし、その顔は相変わらず静かなもので、何か呪文を詠唱している様子もない。

 それなのに・・・・・・真理亜一人、先ほどからそこらじゅうを走り回り跳び回り、必死で攻撃をかわし続けている。


 触れた対象を火に包む「火炎球」、地面から突き立ち対象を貫く「氷の柱」、対象の頭上に降り注ぐ「石塊の雨」・・・・・・厳密には、それらに「似た」術。

「火炎球」は普通は術者の手から一つずつ放たれるものだが、今回のそれは空中に突然、しかも大量に発生し、真理亜を取り囲んだ。


 潜り抜けるように何とか逃れたところ今度は突如下から突き上げてきた「氷の柱」・・・・・・水と炎は相殺しあうのが普通だが、まだ残っていた火炎球は氷の柱に触れても弱まる気配はなく、むしろ接した瞬間火の勢いを強めたように見えた。


 かろうじて避けた先で降ってきた「石塊の雨」は風をまとっているようで、変則的な動きに驚いた真理亜は、続いて頭上で破裂した「重花火」の火の粉をよけきれなかった。

 真理亜の脚を包むタイツにはところどころ穴があいたが、そんなことを気にする暇は当然ない。続いて運河の方から次々に真理亜めがけて飛んできた水は、もちろん火傷を癒してくれるためのものではなく、石畳に触れた途端ジュッと不吉な音をたてる。


 水の攻撃に反撃するには火。そんなのは一般人でも知っている理屈だが、どうやら見た目通りではないらしい魔道士のオリジナルの術に、下手に何かをぶつけるとどんな反応が起こるのかわからない。


 迷っているうちに、無数の風の刃が真理亜を襲った。浅い切り傷程度とはいえ、肩や腕や頬、あちらこちらから血が噴き出す。


「ハハハ、いいぞ、存分にいたぶってやれ!」


 高志の父親が大喜びしている。

 その横で涼しい顔をした魔道士の背中から黒い一匹の巨大な蛇のようなものが空に向かって走り、次の瞬間かくん、と角度を変えて一直線に真理亜に迫った。

 とっさに「防御盾」で弾き返すと霧散したが、勢いで尻餅をついたその真理亜に向かって今度は「氷の針」が降り注ぐ。

 手をすりむけながらかわしたその鼻先に、大きな火蜥蜴がぱっくり口を開けていた。


「真理亜!真理亜!」

 高志は石畳に手を付いて、こちらに向かってただ絶叫している。役者志望の高志。魔力ゼロなので魔術はもちろん使えないし、体術の素養もまったくない。


(あいつのせいで、何で私がこんな目に?)

 ふと真理亜は思う。

 けど、今さら後戻りはできない。


 真理亜は早口で呪文を詠唱すると、立て続けに五つ発生させた「氷塊」を一か八かで火蜥蜴の喉の奥に叩きこんだ。

 おかしな爆発でも起こしかねないと思ったけれど、意外にもその火蜥蜴は一般の魔術士が使う「火蜥蜴」の術と同様の反応で、首を振りながら落下して地面に落ちる前に黒く広がって消えた。


 が、それを見届ける真理亜の喉元を狙うかのように、地面から炎の矢が続々と湧き出して斜めに飛んでくる。

 風属性の術で吹き飛ばしたいところだったが、水属性の「氷塊」を使ったばかりなのですぐには切り替えができない。

 左腕を氷に包んで大半を弾き返したが、一本が弾き切れずに真理亜のこめかみをかする。


(というか、何で魔道士雷夜はいろんな属性の技をこんな次々繰り出せるわけ?)

 

 術者によっては、自身の属性の技以外はほとんど使えないような者もいる。

 一定以上のレベルの術者は大抵は自身の属性以外の技も使えるけれど、それでも得意不得意はある。

 稀にオールマイティな術者というのもいて、たぶん魔道士雷夜はそのタイプなのだろう。


 けれどそれにしたって、普通はある属性の技を使ったら、少なくとも数十秒は間を置かないとなかなか別の属性の技は発動できない。同じ属性の別の技でも、連続で出せるというのはそれだけで結構ハイレベルなことのはずなのだが。


(術の構成要素をいじることで、属性の影響を下げている・・・・・・?)


 はっきり言って、呪文や印の型さえ丸暗記していれば術式の細かな構成など知らなくても術は使える。魔術士試験の筆記の点数は悪くなかった真理亜だが、それでも各要素の特性までは覚えていない。

 だが魔道士は・・・・・・魔道士全員かどうかは知らないが・・・・・・魔道士雷夜はおそらくそれを熟知している。


(構成要素を変えてるから、炎と水でも相殺が起きなかったんだわ。土属性の「石塊の雨」に風の属性を付与したり・・・・・・)


 オリジナルの術で攻撃されるということが、こんなにも厄介なことだなんて知らなかった。

 そんなことを今さら思っても、どうしようもない。


 魔道士雷夜は攻撃を緩めることなく、真理亜は水母(くらげ)のような水の塊に呑みこまれて息ができなくなりながら、詠唱がわりに印を結んで生成した「火炎放射」で何とかそれを消し去るのと引き換えに自身も火傷をし、解放と同時に落下する身体めがけて横から飛んできた炎の矢を闇雲な火炎球で撃破し、着地した次の瞬間に泥と化した地面に膝まで飲みこまれかけながら、泥から現れたゴーレムを「火炎破」で乾いた土に変え泥から何とか抜いた足で蹴り飛ばして粉砕し、まともな地面に上がったところで今度は小さな竜巻に全身を包まれた。


(・・・・・・あ)


 身動きが取れなくなり、なすすべもなく空中に囚われる。竜巻越しに見えた魔道士雷夜は、うっすらと笑っていた。


(愉しいんだ、あの魔道士)


 実験が何より大好き、というのがよくある魔道士のイメージだ。そしてそれはあながち偏見とは言い切れないと真理亜は思っている。既存の術に擬したものもあるがすべてオリジナルであろういくつもの術を次々に発動し、一級魔術士である真理亜がそれに対処する、そこで起こった事象を観察できること。それは魔道士にとっては、またとない「実験」の機会であったに違いない。


 もはや真理亜は、体力と魔力の限界にあった。

 そうしてそれは、魔道士雷夜の目にも明らかであったに違いない。


「殺せ、その女を殺せ!」

 高志の父親の高ぶった声など、関係なかっただろう。

 魔道士雷夜はこの時だけ、ご丁寧に手を動かして印を結び、小さく呪文を詠唱した。


「火炎鳥」

 真理亜の知らない術だった。おそらくこれもオリジナルなのだろう。


 次の瞬間、大柄の男が左右に大きく手を広げた、それよりさらに一回り大きいほどの巨大な炎の形をした鳥が魔道士の頭上に出現した。

 その熱量は少し離れた場所にいた高志をも火傷させそうな勢いで、その光量は周囲を昼間のように明るく照らし出した。


 炎の鳥は首を伸ばし一声甲高い鳴き声を上げたかと思うと、真理亜に向かって突き進む。

 一瞬前に小竜巻の拘束はほどかれていたが、もはや真理亜に逃げるすべはなかった。

 炎の化身のような怪鳥は真理亜の身体をつらぬいて、そのまま彼女の身体を燃え盛る自身の中に取りこんだ。満身創痍の真理亜の身体は、魔術の業火の中でひととき黒いシルエットを保っていたが、それもすぐに見えなくなった。


 ほろほろと溶け落ちるように火炎鳥の姿が消えた時、真理亜の姿もどこにもなかった。

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