森迷い
こつり。
酒屋の主人が洋盃を置く。次いで、驚いたように言った。
「へえ、冒険者ですか。珍しい」
「一応は。……まだまだ、新米ですが」
ぼくが愛想笑いを浮かべながら「それで……」と促すと、ようやく主人は質問に答えてくれた。
「妖精の話でしたね。私は聞いたことがありません。……ただ、最近子どもが『森ですごいものを見た』と騒いでいました。ひょっとすると、それが探しているものなのかも」
「どんなものかは?」
「なんでも精霊を見たと」
(精霊は妖精よりも上位の存在だ。おおかた、話を大げさにするためについた嘘だろう)
主人も同じ考えのようで苦笑していた。
だが、すごいものと言われたからには正体が気になる。ぼくは「行ってみます」と言って酒屋を出た。
※
教えられた森にはすぐ着いた。奥へ入ろうとしているうちに、ぼくは異変に気がついた。歩いても歩いても、入り口に戻って来てしまうのだ。
(狐かな?)
こういうときは供え物をするといい。揚げ豆腐や野菜を少々置いておけば通してくれるようになる。ぼくは日を改めた。
※
だが、結果は変わらなかった。どうやら、もっと強力なものが【森迷い】をさせているようだ。
ぼくは秘蔵の薬草を取り出して入り口に置いた。これならばすぐに効果が現れるだろう。時間をつぶしてから、森の中へと入った。
※
きれいなところだった。歩いていくうちに開けた場所へと出た。そこで景色を眺めていると、奥から巨大なものが姿を現した。
(馬鹿な……)
森の精霊だった。
どうして、こんなところに? 疑問は浮かんだが、ひとまず言い訳をしなければ。
「決して神域を侵すつもりなぞ!」
精霊が視線をぼくから外した。見れば、一本の霊樹がぼくの置いた薬草をおいしそうに食べている。咎めるような視線を受け、霊樹は慌てて木に擬態した。
手を挙げたまま動かないぼくを見て敵意がないことを悟ったのか、精霊は森の奥へと帰っていく。
どさり。
腰の力が抜けて尻もちをついた。運がよかった……。神域を侵せば殺されても文句は言えない。
(子どもだからと話を信じなかったぼくが悪かった)
兆しはあった。やけに強い森迷いだ。
思えば、神樹は森に力を分け与えるべく、定期的に移動するという。たまたま今回は、それに出くわしたのだろう。
帰り際、ぼくは霊樹へ近づいた。
薬草で霊樹の森迷いは解けないはずだ。戯れに通してくれなければ、ぼくは強引にでも踏み入っていた。そうなれば確実に死んでいた。ぼくは霊樹の茶目っ気に助けられたのだ。
「ありがとう」
※
外に出て森を振り返る。
(はじめて精霊にあった)
だが、それは探していたものではない。
ぼくは足を別の場所へ向けた。冒険は、まだつづく。




