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森迷い

 こつり。

 酒屋の主人が洋盃(コップ)を置く。次いで、驚いたように言った。

「へえ、冒険者ですか。珍しい」

「一応は。……まだまだ、新米ですが」

 ぼくが愛想笑いを浮かべながら「それで……」と促すと、ようやく主人は質問に答えてくれた。

「妖精の話でしたね。私は聞いたことがありません。……ただ、最近子どもが『森ですごいものを見た』と騒いでいました。ひょっとすると、それが探しているものなのかも」

「どんなものかは?」

「なんでも精霊を見たと」


(精霊は妖精よりも上位の存在だ。おおかた、話を大げさにするためについた嘘だろう)


 主人も同じ考えのようで苦笑していた。

 だが、すごいものと言われたからには正体が気になる。ぼくは「行ってみます」と言って酒屋を出た。





 教えられた森にはすぐ着いた。奥へ入ろうとしているうちに、ぼくは異変に気がついた。歩いても歩いても、入り口に戻って来てしまうのだ。


(狐かな?)


 こういうときは供え物をするといい。揚げ豆腐や野菜を少々置いておけば通してくれるようになる。ぼくは日を改めた。





 だが、結果は変わらなかった。どうやら、もっと強力なものが【森迷(もりまよ)い】をさせているようだ。

 ぼくは秘蔵の薬草を取り出して入り口に置いた。これならばすぐに効果が現れるだろう。時間をつぶしてから、森の中へと入った。





 きれいなところだった。歩いていくうちに開けた場所へと出た。そこで景色を眺めていると、奥から巨大なものが姿を現した。


(馬鹿な……)


 森の精霊だった。

 どうして、こんなところに? 疑問は浮かんだが、ひとまず言い訳をしなければ。

「決して神域を侵すつもりなぞ!」

 精霊が視線をぼくから外した。見れば、一本の霊樹がぼくの置いた薬草をおいしそうに食べている。咎めるような視線を受け、霊樹は慌てて木に擬態した。

 手を挙げたまま動かないぼくを見て敵意がないことを悟ったのか、精霊は森の奥へと帰っていく。

 どさり。

 腰の力が抜けて尻もちをついた。運がよかった……。神域を侵せば殺されても文句は言えない。


(子どもだからと話を信じなかったぼくが悪かった)


 兆しはあった。やけに強い森迷いだ。

 思えば、神樹は森に力を分け与えるべく、定期的に移動するという。たまたま今回は、それに出くわしたのだろう。

 帰り際、ぼくは霊樹へ近づいた。

 薬草で霊樹の森迷いは解けないはずだ。戯れに通してくれなければ、ぼくは強引にでも踏み入っていた。そうなれば確実に死んでいた。ぼくは霊樹の茶目っ気に助けられたのだ。

「ありがとう」





 外に出て森を振り返る。


(はじめて精霊にあった)


 だが、それは探していたものではない。

 ぼくは足を別の場所へ向けた。冒険は、まだつづく。

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