07 箱の中の不和
投稿頻度を上げます。
現在投稿日が不定期となっているため、これを毎週日曜の朝10時に投稿いたします。
なので今週はもう一度投稿いたしますので、よろしくお願いします。
その男は周りの者たちにダグと呼ばれていた。
鉱物のような燃える左手を持つ変異者であり、今この場にいる5人の中では恐らくリーダー格といった所か。
「新しく目覚めたやつがいるってのは聞いていた。早速外を出歩いているとは思わなかった、そっちの女は何日か前にあったな」
はきはきとした声で言葉の区切りがはっきりとした喋り方をする奴だ。
それは人によっては詰問されて居るような、攻められている感覚を覚えるだろう。
赤い短髪で切長の瞳、変異した俺に迫る体躯をしておりがっしりとしている。
おそらくだが変異によるものではなく元々の体格に恵まれて居たのだろう、着ている服のサイズが合っていることからそのことが伺える。
「森でモンスターに会ってな、まぁ何とか倒せたが見ての通り何事もなくとはいかなかったが」
「おう、バカデカくて四つ腕の毛のないゴリラみたいなやつだったぜ」
その話に周りにいた者達もざわめく。
ダグが測るようにこちらをジロリと睨め付け、ニヤリと笑った。
「ほぉ、昨日今日目覚めてもうそんな戦果を上げたのか。頼もしいじゃないか。映像を回してくれ、いや中にいる奴らも見た方がいいかもしれないな。マシューのやつのとこに行くか」
先頭を慣れた様子で歩いて行くダグに皆ついていく。
俺とアカネは互いに目を合わせて仕方なく着いていく。
マシューもそうだがこいつら基本的に自分の意見に他人が反対することを考慮していない。
認めてやる感があまり好きになれないな。
マシューは食事をしていた。
ダグと現れた俺たちに一瞬硬い顔を見せたのが直ぐににこやかになり、こちらに声をかける。
「やあダグ、またモンスターを倒したんだね。君たちもいつもありがとう、直ぐに食事を終わらせるから先に会議室の方で待っていてくれないか」
「俺たちが命をかけて戦っている間にお前達は優雅に昼食か」
「…ダグ、君の言葉も尤もだが僕らもできる限りの協力はしているよ。それぞれできるやり方で互いに支え合うべきじゃないか」
ダグはそれには答えず鼻を鳴らして踵を返した。
彼の皮肉に食堂にいた他の面々は気まずそうに顔をそらしたり、逆にどこか非難するような目を向けるもの居た。
先ほど戦闘を行っていた者たちも彼らを睨み付けたり困ったように笑って見せ会議室へと向かった。
取り合えずは時間が空くようだし、俺とアカネは部屋に戻って手早くシャワーを浴びることにした。
泥だらけの血だらけなわけだし気持ちが悪い。
部屋の入り口に籠が置いてあり、服が入っていた。
籠の中にメモがあり、「脱いだ服はこの中に」とだけ書いてある。
なるほど、戦闘に参加していない彼らはこうやって出来る事をサポートしてくれている訳か。
簡単に汚れを流し着替えると、アカネと合流し会議室へと向かう。
会議室は元々この施設の職員たち専門の部屋だったようで、避難の際に持ち切れなかったのか、はたまたあまり重要ではなかったのか様々な資料が壁の書棚に収まっていた。
昔は22世紀になったら紙媒体は消滅しているなどと考えられていたようだが、用途こそ減ったもののまだまだ紙媒体は現役である。
ただしここの資料はどれも特殊なインクで刷られており、電子暗号キーを持たない人間には内容が判別できないようになっているものが殆どだ。
そういった資料をなんとなく漁って読めるものでもないかと散らかしていると、どかりと音を立ててダグが椅子に腰を下ろした。
他の者達も思い思いに寛いでいる。
そのうち一人がこちらへ近寄ってきた。
「よっ、お兄さん。いやーさっきのあの空気まいっちまうよなー、いやマシューとダグのことなんだけどね。俺達も最初からこうってわけじゃなかったんだけど、ここ数日ほんとにピリピリしててさぁ。ま、こんな環境じゃしょーがないってのもあるんだけどねー。あ、ごめんよオレはトラビスってんだ。そっちの悪魔ッ娘は確かアカネってんだろ、お兄さんは?」
糸目で目の端が吊り上がった青年は飄々とした態度で大げさな身振り手振りを交えて話しかけてきた。
「イザヤという、よろしく。あの二人、というよりは全体が張り詰めているように見えたが」
その言葉に糸目は苦笑を浮かべて頷いた。
「いや、まったくその通りで。俺たちに怪我人が出始めるようになってからしょっちゅう揉めるようになってね、同じ境遇にいるはずなのに俺たちの負担は明らかに違う。負担の違いが立場の違いを作って異なる主張がぶつかって、あっという間にこの有様さ」
アカネはそんな話には興味が無い様で隣で尻尾を弄っている。
こいつもなかなか何がしたいのかわからないところがある。
「あん?なんだよ」
何でもないと返して、適当に座った。
トラビスとぽつぽつと話していると周りの人間も話してくる。
「どんな能力だ」「どこ出身なん」「いつ助けが来ると思う」「ここの飯で何が好き」「さっき言ってたモンスターについてさぁ」「今いくつ」
俺やアカネに矢継ぎ早に声をかけてきたことで俄かに騒がしくなる。
この施設に集められた人員は変異の特性上皆若く、二十歳前後の者が殆どであり俺も含めて好奇心の強い連中ばかりなんだろう。
こうして話しているとまるで大学のサークルにでもいるみたいで少し楽しかった。
目覚めてからこうしてワイワイすることもなかったので、懐かしさのようなものを感じる。
「遅くなってすまないね、待たせたかな」
と、そこでマシューが部屋に現れた。
メーアや他に何人か話したことの無い者達も後からついてくる。
会議室が一気に人で溢れ、自然と席が二つに割れる。
「やっぱ仲悪そうだな」
「個人間は違うんだろうがな」
俺とアカネはというと何となく真ん中よりに腰かけている。
因みに会議室は中心にスクリーンがありそれを囲むように椅子やらソファやらが置かれている。
このスクリーンというのは床と天井に取り付けられた映像照射装置を繋ぐ空間のことであり、正確に言えば平面の幕ではないが、一般的にはスクリーンと呼ばれている。
上下からの光の投射を行い立体映像を空間に投影するのだ。
全員が席に着くとダグが口を開いた。
「3体のモンスターから攻撃があった、昨日に引き続いてだ。攻撃の頻度は明らかに上がってきており前回の襲撃の際にはヨセフカが負傷している。更に昨日目覚めた新入り達が森を探索していたところ大型のモンスターと遭遇したようだ」
その言葉に全員がこちらを見てくる。
なんかその言い方だと、まるで俺たちがダグから何らかの指示でも受けて行動していたように聞こえる。
というよりも敢えてそうとも取れる言い方をしているのだろう。
「あーどうも、俺はイザヤという。こっちのアカネと二人で今朝早くに探索がてら外の様子を見に行ったところ、ここから数時間の距離の森の中でモンスターと交戦した。モンスターは異能を使う大型の二足歩行のもので体長は俺の倍近く、四本の腕を持っていた。そのモンスターとの戦闘後モンスターの集団と交戦していたダグ達と初めて会って合流し、ここに帰ってきた」
俺もあえて「初めて」と強調した発言をする。
視線が集まったので応えると、俺の言葉にざわざわとマシューたちの方の席が揺れた。
先にこの部屋にいた者達にはある程度話していたことなので特に動揺はなかった
「大型のモンスター、そうか。ダンジョンが根付いたんだね」
深刻な顔でポツリとマシューが呟く。
「ダンジョンが根付いた」というのは、即ちダンジョン領域内の環境の改変が終了したことを意味する。
発生直後のダンジョンは、コアを守る環境を生成することにほとんどのエネルギーを費やす。
そして環境を作り終えたダンジョンは、本格的にエネルギー補給のための強力なモンスターを生産すると言われている。
「具体的にはどんなモンスターだったのでしょうか」
メーアがこちらに問いかけると、アカネがそれに答えた。
「おう、記憶領域の映像を共有するか。この部屋の映像装置は生きてんのか」
マシューが頷くと、アカネが部屋の投影装置にBLsを介して接続する。
投影装置が接続中を意味する点滅を繰り返し、数分後装置が作動し始める。
上下の装置から無数の光の線が照射され、それが次第に空間に映像を作り出す。
それはアカネの視点で森の中歩く俺達から始まる。
他人の視点で見る自分というのは奇妙なもので鏡で見るのとは違うものだ。
BLsをはじめとする脳インプラント等による体験のダイレクトな共有が世界的に行われるようになって非常に注目を浴びたのは、人それぞれ同じものを見聞きしても実は全く違う体験をしているをしていることが分かったことだ。
そんなことは遥か昔から言われていることではあるが、それを実感した時の人類の驚愕はすさまじいものだった。
例えばある人物Aがいるとする。
この人物Aを二人の人物B・Cが同じタイミングで同じような角度から見る。
その後BとCにAの印象を聞くと、Bの方は優しそうな人だったと感じ、Cの方は怖そうな人だったと感じたとする。
この時の記憶をBLsを介して脳を繋げそれぞれ体験を別の人物Ⅾが追体験した場合、Ⅾ自身には何も変化がないにも関わらず、Bの視点で見たAは優しそうな人物に、Cの視点で見たAは怖そうな人物に感じるのだ。
つまりその空間において起きている事象はBとCがAという人物を見かけたという事のみであるが、それぞれの体感においては「今日優しそうな人を見かけた」と「今日怖そうな人を見かけた」という2つの全く違う出来事が同時に起きていたことになるのだ。
そしてそれは視覚情報だけでなく、人間の受けるあらゆる刺激に共通して言えることだった。
これは人々の相互理解を深めることにもなったが同時に人は決して他人を心から理解できないという事を証明したことにもなった。
そもそも同じ体験をできる人間が存在しないのだ、当然相手のすべてを理解することなど不可能というものだ。
そういった取り留めもないことを考えているうちに、映像の状況は目まぐるしく変わる。
現れたモンスターの威容に会議室が息を飲む。
人の視点の高さで見るからこそその大きさが伝わり、俺の記憶にあるそれよりも恐ろしげに見えた。
因みにだが、この映像の中で俺達がスキルを使っている場面は修正が入っており、これはアカネが事前にBLsにて確認してきた。
別に良いと云えばいいのだが、こういうのは基本的に隠すのが常識だしな。
そしてモンスターの首が飛び倒れると映像は終了した。
会議室の面々は顔を青くしたり、厳しい表情をしている。
「地面を沼の様に変える異能か、かなり厄介な力だがよく二人で倒せたものだ。これが拠点まで来ていたら誰も無傷では済まなかったかもしれない」
「そうだね、周辺の木々も沈んでたから下手したら施設そのものが地中に埋まってだめになってしまっていた恐れすらある。君たちには不幸な遭遇だったかもしれないが、こいつがここにたどり着く前に討伐されたことは非常に幸運だった。ありがとう」
マシューがこちらに向かって礼をしてくる。
「やはりこのままここに留まるのは悪手だ。非戦闘要員を庇いながら戦う余禄は俺達にはない。大型のモンスターが複数体現れただけで俺たちは詰んでしまう。早急にこのダンジョンから脱出するべきだ」
ダグがマシューを睨み付けるように言い放った。
だが、マシューは別の意見の様で否定した。
「それは最終手段だよ。このダンジョンがどこまで続いているかわからない以上むやみに動くべきじゃない。ダグ、ここにいる殆どが君たちの様に戦えるわけじゃない以上ここに留まり救助を待つのがベターな選択じゃないか。最初の襲撃の際仲間が目の前で死にトラウマになっているものも多い、外に出てモンスターに襲われたらパニックを起こす危険もある。それにいまだ変異している者たちはどうするんだ」
「すでにそんなことを言っている場合ではないと言っている。全体が助かるためには少数の犠牲はぬぐえない。この人数だ、そう長く物資も続くわけじゃない。特にナノマシンの消耗は死活問題だ。まだ息が続くうちに全員で脱出を試みるべきだ。来るかもわからない助けを待つのではなく!」
ダグの仲間たちも大体は同意見であるらしく、口々に脱出すべき旨を訴えている。
しかし、マシュー側の人間は残ることを訴える。
なるほど、こいつらの衝突の原因はここにあったわけだ。
どちらの意見も正しいと言えるものではある。
しかしこれはマシュー側の方が厳しいのではないか。
そもそもここに残り続けられるのはダグ達が守ってくれているからであり、彼らは別に非戦闘員の者たちを守る義務などないわけで。
俺が起きた時彼が俺を自分の陣営に引き込もうとしていたのはダグ達が強硬に出て行ってしまうとここに残る戦闘要員がいなくなってしまうからだ。
だからこそマシューたちは率先して物資を管理することで、ダグ達が勝手に出ていく準備を整えられないようにしているのではないかという穿った見方もできる。
双方の主張は平行線をたどり、このまま喧嘩別れの様に解散した。
・Tips.4
魔素の一個体における保有量は訓練にもよるが基本的にその体積に比例する。変異の際に身体を拡張させ背丈を伸長させるのはこの為である。しかしこういった元の骨格を弄れる限界は個人の資質によるものであり、尻尾や角、翼などの元の肉体にはない全く新しい器官を作る方が実は肉体の負担は少ないためこのような調整を施す変異者も多い。
少し前話までのあとがき等を変更させいただきました。
また、検索キーワードをを見直して変更いたしました。
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