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CALL of DUNGEON ~人よ ダンジョンからの祝福を~  作者: 斎藤ケイジ
1st Dungeon
5/9

04 スキルツリー

 服を脱いで部屋の壁に据え付けられた鏡の前に立つ。

 陶磁器のような、あるいは滑らかな象牙の様に無機質な白い、真白な肌。

 肩口ほどまで伸びた灰色の髪。

 30センチは背が高くなったのではないだろうか、目とかは別に変ったところはないな、ちょっと期待していたんだが。

 関節を動かしてると恐ろしいほどなめらかで柔らかい。

 しばらくそうやって動いたり止まったりして調子を確かめると、次いでそのまま鏡の前で自分のBLsを起動させる。


 ジリジリっと言う、スパークする様な音が頭蓋の中で響く。

 直ぐに脳が拡張する独特の感覚があり、それが背筋を走ってぶるりと震える。

 眠ってからの短いログが表示され、アップデートがありましたとの報告が音声にて入る。

 OMEGA TECはBLsのアプリケーションソフトウェアの開発がそもそもの基幹事業であり、今回のプロジェクトに際して、変異者向けに開発された能力制御に関するアプリの新システムの無料提供が約束されていた。


 OMEGA TECの世界に名だたる能力制御アプリ「スキルツリーシステム」で有る。

 能力の拡張性において他の追随を許さないアプリだ。


「どうよ、すげーだろ」


「まだ起動しただけだ、碌にシステムを動かしてない」


 傍にいるアカネが待ちかねる様に声をかける。

 彼女はあれからずっと着いてきた、今はトレーニングルームで早くスキルシステムを起動してみろとせかしているところで、その様子は自分がハマっているゲームを新しく買った友人に、感想を求める子供のようだ。

 そういう俺も、実は同じ様なテンションだ。

 せっかくの変異、せっかくの異能だ、楽しくない訳がない。

 視界に起動したアプリが広がり、付随するAIが話し始める。


 『はじめましてイザヤ様。あなたの能力開発をサポートさせていただきます、まずは私に名前を頂けないでしょうか』


 変異者の複雑な神経系を介して、BLsにインプットされたAIが擬似人格を形成する。

 つまりこれは、自分の脳が作り出したもう1人の自分であり、同じシステムを用いても人によってそれは様々な人格を形成するという。

 余談だが、この擬似人格の音声データは男性とも女性とも付かない声をしており、使用者(マスター)が男性の場合女性に、女性の場合男性の声と認識することが多いのだとか。

 補助人格の名称か、記憶領域からそれらしきを検索し、名前を考える。


「そうだな…プラティシアスはどうだろう」


 『ありがとうございます。プラティシアス、"先に考える者"ですね。その様に有れるように努めます。私はプラティシアス』


 なるほど、脳を共有していると言うことは互いの知識は同じと言うことか。

 現在はダンジョンの中にいるため、ネットを含むいくつかの機能がロックされているが、メインの能力開発はいかなる状況でも使用できる様に設計されていると言う。


 『異能の把握のために、力の発現をお願いします。使用者(マスター)の準備が整い次第体内の魔素を活性化します』


「異能の把握か…」


「おお!それそれ、どんなだ!」


 呟いて彼女(アカネ)の方を向くと、待ってましたとばかりにこちらに勢いこむ。

 しかしどうだろうか、この悪魔の(なり)をした女に俺自身ですら正確に把握していない力を見せて良いものか。

 普通に考えればこんな状況では全員が協力すべきであり、力を開示して作戦を立てるところだろう。

 実際、何の問題もなかったら今頃この施設にいる人間たちはそれぞれ能力を磨くためにこのトレーニングルームに詰めて意見交換などしていたのだろう。


 しかし何の因果か今ここではギスギスとした雰囲気に包まれる緊急事態が起きている。

 人が死んでおり、少ないリソースを管理している集団がおり、助けがあるかもわからない。

 この様な状況において重要なライフラインで有る能力を見せて良いのだろうか。

 そもそも彼女が何故俺に接触しているのか、その目的もわからないのだ。

 悪意はなさそうだとは思うが。


「アカネの能力はどんな力なんだ」


「お、聞いちゃうか。そうだな、アタシの異能はな〜」


 そう言って彼女の金の瞳が輝いた瞬間、ぶわりとアカネの足元から黒い(もや)が溢れ出す。

 その靄がバチバチと青い稲光を伴って凝縮、まるで豹の様な魔物の形を作った。

 デカい、2メートルはある俺の腹あたりに顔があり目に当たる部分には僅かに窪みがあるだけで瞳がない。

 内側から渦巻いた稲光が音を立てており、まるで唸り声をあげているようだ。


「ぉお、それがアカネの異能か。創出系の力だな、動かせるのか」


「へへ、おう!まだ練習中だけど少しずつな、他にも色々できるんだぜ。実は見せたのはお前が初めてだ」


 得意そうに言う彼女だが、その視線には探る様な色がある。

 おそらくこちらの警戒を理解した上で、ある程度譲歩をしたのだろう。

 誠意を見せてくれたのだ、この不安定な状況で仲間を得るためにはこちらも誠意を見せなくてはいけないだろう。

 彼女の視線に促されるように、プラティシアスに語りかける。


 『プラティシアス、異能を使う。どうすればいい』


 『かしこまりました。ではこれより体内の魔素を活性化させます。魔素が動けばイザヤ様にはどの様にすれば良いのかお分かりになるはずです。それでは開始いたします』


 途端カッ!と体の中心に熱の塊が生まれる。

 その熱が全身に周り力が溢れてくる。


「お、おおぉおおお!!」


「なんかやばそうっ!」


 思わず声が溢れ出す程の高揚感、生まれてから初めて感じるほどの力に高揚する中、自分に何が出来るかが本能的に理解する。

 体内に渦巻く力を文字通り体外へと解き放つ。




 それは骨だった。

 全身から突き出した無数の鋭く尖った骨の槍が、鋼鉄の床板すら貫いて周囲に飛び出した。

 力の放出を止め、内に折りたたむようなイメージで再び力を行使する。

 ズッ、と周囲の骨が縮んでいき明らかに肉体に収まる限界を超えた質量が何事もなかったかのように収まった。

 自分の体を見るがその陶磁器の様な肌には傷一つない。

 上着を脱いでいなければズタズタになっていただろう。


「あっぶねえな、ダッシュで逃げて正解だったぜ。骨を操る異能か。凄いパワーだな、変異者用のトレーニングルームの床に穴が開いてるぞ」


 アカネは魔物に跨ってゆっくりとこちらに近寄ってきた。

 傍まで来ると崩れるように魔物が消えてしまった。

「ああ、すまなかった」と、初めて異能を使った解放感に酔いしれながら謝罪する。

 これが刺さっていたら如何に変異者と言えど唯では済まないであろう。


 『異能の発現を確認しました。魔素の変動パターンを記憶、引き続きデータの収集を行いサポートの最適化に努めます。記憶領域に変異誘発剤の資料を確認しました、データによる異能は肉体の過剰強化と再生能力の劇的な増加及びそれを応用した肉体変化能力。先ほどは骨組織を急速に増加させ上半身から槍の様に成型し射出した模様です』


「そうだな、俺の能力は肉体変化と強化の複合型だからな」


 出来てしまえば意識的に力を使用できた。

 まるで一度泳ぎ方を覚えた者がそれが出来ることが当たり前になってしまうかのようだった。

 腕に力を籠めると牙のような複数の骨が皮膚を突き破って飛び出してくる。


「近くで見ると結構グロイなそれ。痛みとかないのかよ」


 確かに我ながら近くで見ると割とグロテスクである。

 肉を割って飛び出た骨なのだから当然といえば当然だが。

 よくよく観察すると骨自体も恐らくは通常の、いわゆる生物として普通の骨ではないのだろう、わずかに螺鈿細工の様な不思議な光の反射をしていた。


「いや、痛みはあまりないな。なんというか、寒いときに風呂に入ったときみたいなチクチクした痒みのようなものは感じるかな。石の皮膚に骨の武器か…うん、いいな」


「分かるぞ、やっぱ超能力っていいよな」


 二人してニヤニヤとしていると、彼女が思いついたように声を上げた。


「よっし、ちょっと遣り合ってみようぜ!」


 そう言って徐に距離をとる。


「遣り合うって、何をだ」


「決まってんだろ、模擬戦、喧嘩、ガチンコだよ」


 あ、ヤバい人だ。

 出会って早々で能力もよく把握してないのに唐突に何を言ってるんだこいつは。

 しかし、目の前の少女は俄然やる気の様でこちらを見ている。


「なんだよお前もガキの頃から探索者目指してた口だろ。少しくらい戦闘術をかじってるはずだろうが」


 今の世の中、戦う術を学ぶものは多く、その手段も豊富だ。

 世界的な探索者不足の中各国では探索者志望者への支援は手厚いし、能力を使うことを前提とした武術もいくつもある。

 スキルシステムに付属する戦闘アシストがあれば体内のナノマシンを介して肉体を操作することで、本来できないような挙動すら可能だという。

 脳に直接知識をダウンロードできる時代だ。

 もちろん俺も一通りの戦闘術には触れている。

 武器術や体術、投擲術や甲冑術までやったのは些か趣味に走りすぎた感もある。

 そして俺の最も得意とする武術は幸いなことに体術であり、肉体強化型の変異者にはもってこいであった。

 ふー、


「いいだろう。やろうか」


 『戦闘システムを起動します。記憶領域を参照、習得された武術の動きをアシスト及び脳の稼働率を上昇。交感神経を活性化しています。スキルスロットに設定がされていません、スキップ。システムクリア、いつでも開始できます』




 ゆっくりと足を開き拳を前に右の拳で左を隠すように、この時拳は握りきらない。

 腰から背筋にかけて芯が通ったように意識して、いつでも動けるように力を抜く。

 対する彼女は構えをとらない。

 棒立ちである。腰から伸びた爬虫類のような青味掛かった黒い尾に体重を預けているようにも見える。


「合図は


 どうする、と言いかけた時にはすでに動き始めていた。

 ギラリと彼女の瞳の黄金が輝いた瞬間、俺の直ぐ横で例の黒い靄が集まり豹の魔獣が大口を開けて飛び掛かってくる。


 -離れてても力を使えるのかっ!!-


 不意打ち気味の意識の外からの攻撃に反応できたのは、プラティシアスのアシストによるものだろう。

 脳内で神経伝達物質が急速に分泌され体感時間が引き延ばされる。

 右足をそのままに、左足を大きく引いて大きく体をのけぞらせる。

 強く拳を握ると石の肌がみしりと音を立てて隆起する。

 迫りくる獣の顎に向かって腰を起点にバネの様に上体を跳ね上げて体重を乗せた一撃を叩き込む。


「ふっッ!!」


 -ドッパンッッ!!-


 水を詰めた袋が破裂するように魔素で形作られた魔物が弾け飛ぶ。

 同時、振り切った腕に隠れるようにして近づいていた彼女の蹴りが脇腹にめり込む。

 出会い頭の時と違い、体重の乗り切った蹴りに僅かに体が浮く。

 背後で先ほど霧散した黒い靄が集まるのがわかる、力の動きが先ほどよりもずっと強い。


「やれッ、シャイターン!!」


 集まった霧の奥から覗く昏い瞳、巨大な何かの腕がこちらに伸びる。

 節ばった黒い六本の指に稲妻が絡んでいる。


 -捕まったらやられる-


 咄嗟に異能が発動し背中から飛び出る複数の骨が完全に形成される前の魔人の腕を破壊する。

 蹴られた勢いのまま身をひねって距離を開け、正眼に構え相手を見据える。

 体制を整えたアカネが感心したように口笛を鳴らす。


「すげえな、今日起きたばかりで身長も体重も違う体でよくそんだけ滑らかに動けるな」


 茶化すような、しかし本当に驚愕したような顔で口を開く。


「不意打ちに対応できたのは完全にアシストありきだったけどな」


 話をしながら一つ思いついて、体内で力を使う。

 プラティシアスに命令して力の制御を手伝ってもらう。

 開いた指を眼前に突き出しためた力を開放、指先が縦に裂け末節骨(ゆびさきのほね)が弾丸のように飛び出した。


「ぉわッ!」


 今度はこちらから仕掛けた不意打ちに、彼女が大きく身をのけぞらせて避けるのを確認する前には低く身をかがめて走り始めている。

 顎が床につくほどの前傾姿勢でタックルを決め、そのまま喉笛をつかんで床に叩きつける。

 ズドン!と芯まで響くような揺れが響いたと思ったら、つかんでいたはずの彼女の体が霞となって霧散してしまった。


「っげっほ、えほっ。…けほ。てめー、女相手にそんな殺人攻撃しやがってよー、ぇほ」


 いつの間にか離れた場所に引きつった表情の彼女が、柄付きながら現れた。

 叩きつけた直前か、そのギリギリ前の瞬間には手から感触が消えていた。

 転移かそれに類する力が使えるのかもしれない。

 どうやら彼女の力は魔物を作り出すだけと言うわけでは無い様だ。


「すまない、つい楽しくなってな。やり過ぎた」


「いんや、アタシもちょっと本気で行こうかなっ、と。スキル発動!!」


 そう言ってスキルを起動すると周囲の魔素の動きが変わるのがわかった。

 スキルシステムとは、OMEGA TECが有する戦闘アプリである。

 異能の力を使う際の体内外で起こる魔素の動きを記憶させ、BLsの補助脳を用いてそれを高速で処理することで用いる、言わば必殺技を作り出すシステムだ。


 知識で知ってはいたが、異能を使ってみて実感した。

 例えば体内の骨を外に突き出すだけだとか、只々肉体のダメージも考慮せずに筋力を強化するとかの単純な力の発露なら簡単にできる。

 例えるなら石を持って投げるとか、棒を持って叩くとかそんなような感覚。

 普通の人間にしてみればそれだけで十分に脅威足りえるだろうが。


 しかし、こと変異者同士。

 モンスター相手だとより高威力で練りに練られた必殺技が必要になってくる。

 それは自らの魔素で銃を組み立て、弾丸を構築し、正しくセットして、狙いをつけ撃つといった複雑で精密な能力の制御が必要になるということ。

 戦いの最中それほどの集中力を発揮できる者はそう多くない。

 スキルシステムはそれらの自身の異能の操作を補助AIに任せることで、本来長い時間と集中力が必要になる能力の発現を瞬時に行えるのだ。

 更に自分の無意識の力の癖やアイディア、記憶の中の情報、既にあるスキルから新たなスキルを自動生成する事もあるとか。

 正にゲームの”スキルツリー”を再現したようなシステムだ。


 当然俺にはそんなもの使ってる暇なんてなかったわけで。

 何が言いたいかというと、


「え、ズルくないですぅるごっ!」


 何が起きたのかもわからないまま唐突に吹き飛ばされて、頭上からのすさまじい衝撃を受け床に叩きつけられてしまった。


 如何に石の皮膚を持ち合金の骨格を持とうと、脳を激しく揺らされたら堪らない。

 勝負は一瞬で決まり、俺はそのまま意識が途切れて落ちてしまったのだった。

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