プロローグ
宜しくお願いします
"ダンジョン"あるいは"迷宮"は既にその存在が確認されてから半世紀以上経っている。
最初のダンジョンは海から現れた。
2048年初頭、大西洋沖で漁船が相次いで失踪する事件が発生。
当初は船のエンジントラブルや計器類の異常によって遭難したと考えられ、捜索隊が派遣された。
しかし、出発した捜索船からの通信は目的の海域に入る前に途切れ、連絡は途絶してしまった。
この頃から各国のマスメディアがこの怪事件を取り立て世界的に注目を集めるようになった。
衛星からの映像では問題の海域に分厚い雲がかかっていることが原因で、情報が得られなかった。
更には無人探索機によっての調査も行われたが、これも失敗。
『実在した魔の海域』や『人喰い海峡』といった報道がお茶の間やネット中を騒がせた。
通信が届かないその海域の映像を最初に世界が目撃したのは、それから数ヶ月後になる。
この頃になると世間も続報のないこの事件への興味をなくし始めており、問題の航路が海上封鎖されていたことから民間船の出入りができなくなっていた所、フリーの記者を名乗るイギリス人男性のジャーナリストが少数の撮影隊を率いて侵入を敢行。
帰還したのは件のジャーナリスト本人だけだった。
封鎖された海域から出て来た彼は衰弱し重症を負っており、彼が乗船していた船はひどく損傷して巨大な獣が暴れたような有様となっていた。
彼は程なくして息を引き取ったが、彼の持ち込んだカメラには信じがたい映像が映っていた。
それはあるはずのない島であった。
目的の海域に入った瞬間、直前までなにも存在しなかったはずの海に霧がかった巨大な島が現れた。
混乱する撮影隊が島に近づくにつれ、奇妙な鳴き声が島から断続的に聞こえてくるのがわかる。
上陸してからの映像はかなりショックを持って伝わった。
系統学的にありえない形状の生物達、例えば人間の胎児に似た姿をしており、複眼と口吻、汚く輝く薄い2対の羽を持つハエのような何か。
例えばぎょろぎょろと大きな目を動かし海辺を徘徊する悍しい半人半魚の怪物。
撮影隊はそれらから必死に身を隠し、息を潜めて撮影していた。
あまりに現実離れしたその映像からは、恐ろしくリアルな恐怖と、非日常に入り込んでしまった興奮が撮影クルー達を包んでいるのが実感できた。
事態が大きく動いたのは、映像の中で撮影隊が不用意に鳴らしてしまった音に原生生物が反応を見せた時だった。
怪物は、悍しい金切り声を上げクルーの1人に襲いかかった。
原生生物が襲いかかって来た途端、クルー達は半狂乱散り散りに逃げ出したが、カメラを持った男の背後でこの世のものと思えぬ絶叫が鳴り響いていた。
映像ではなんとか海に逃げ込んだそのジャーナリストが、海の中に何か大量にいる。
追われていると怯えながら、最後の言葉を家族と、この映像を見るであろう者達へと残し終わる。
この島には近づくな。と。
この映像は勿論の事、当初はその真偽が激しく疑われた。
しかしながら、男性が実際に乗っていた船の名前やクルー達の家族からの失踪届け、ジャーナリストが本当に死んでいたことがわかると、ネット上で爆発的に議論が白熱した。
大西洋の洋上に突如として現れた未知の島には一体なにがあるのか?映像に映っていた生物達はなんなのか?これまでに消えた船なども同じ運命を辿ったのか?
この事件からアメリカを主体に、本格的にこの未知の島の調査が行われるようになった。
先のジャーナリストの事件から、調査には武装した兵士が護衛についた。
島にはある一定の距離まで近づくと、外部との通信が行えないことがわかっていた為、調査は全て現地で行われた。
そこで新たに分かった、いや分からなかった事の一部は世界に発信され研究が行われた。
島はあまりにも未知に溢れていた。
通常の気象学に沿わない気候変化、地質学的にありえない構造の地形、隣接し得ないバイオーム、どの系統分類にも一致しない動植物。
何もかもが一切不明。
更に調査に参加した者の中には、怪物達の中に火を吹くものがいたとか、超自然的な力を使うモノが居たなどと言う眉唾な話をする者たちが居た。
この話を受けてまるでゲームに出てくるモンスターのようだとネット上で話題になり、世間ではこの島の生き物を魔物やモンスターと呼ぶことが定着した。
そしてそれらを内包するその島を迷宮、ダンジョンと面白半分に呼んだ。
皆現代に突如として現れたファンタジーに夢中になった。
先の行方不明者達や、調査によって発生した新たな犠牲者達のことなど気にも留めなかった。
…それが他人事であるうちは。
何度目かの大規模調査が行われた時である、島が突如としてその姿を変容させた。
巨大な島はそのまま2つに割れそれぞれが怪物のように変じ、凄まじい速さで海洋を横断し始めた。
二匹の巨獣が北アメリカ大陸とアフリカ大陸に到達、直後怪物の中から大量のモンスターが溢れ出した。
現在ではそれは"大氾濫"と呼ばれている。ダンジョン―この頃になると公的機関やメディアも民衆への浸透率からこの呼称を用いていた―とは、所謂蠱毒の壺であるとされ、外から入って来た生物を取り込みエネルギーとし、内で奪い合い臨界まで高める。
そうして生まれた巨大なエネルギーは、爆発するかのように外に溢れ出す。
世界は大混乱へと陥った。
濁流の様なモンスター達は瞬く間に人類に牙を剥き甚大な被害をもたらしていった。
アメリカは東海岸一帯と南部に壊滅的被害を受け、カナダも東部から中央部にかけて侵攻された。
アフリカはかなり深刻な事態となり、北部はかつてのエジプト付近までモンスターが溢れ、海岸沿いに南下したモンスター達によって南部はどれほどの被害状況か、把握することが難しい状況となっていた。
これには大きな理由があった。
モンスターたちは上陸後いくつかの集団に分かれ巣を作り出したのだ。山、湖、街様々な場所で集まり互いに貪り合い始めた。
積み上げられた死体の山から溢れ出した血は、その土地に染み込み呪った。
本来あった姿が大きく作り替えられたそこは、通常の気象学に沿わない気候変化、地質学的にありえない構造の地形、隣接し得ないバイオーム、どの系統分類にも一致しない動植物達に取って変わったのだ。
そう、まるであの島の様に。
早期にこの事態を解決すべく、各国はこの巣に向かって高高度からの爆撃による殲滅作戦を行うことを決定した。
世界が支持したその作戦が最悪の結果を招いてしまった。
各地の巣に同時多発的に投下された爆薬は、TNT換算にして合計50ktを超えるものだった。
予定時刻ちょうどに行われた爆撃の直後、立ち上る爆炎が渦を巻く様に一点に収束、まるで卵の様なソレから奇怪な怪物が発生した。
エネルギーとは熱量だ。
ダンジョンは外部から入手した熱量を用いて大氾濫を起こす。
エネルギーの入手経路は、なにも生き物だけに限られた話ではない。爆撃に用いられたニトログリセリンが持つ膨大な熱量は、そのままダンジョンのエネルギーとなり地上での大氾濫を発生させる引き金となってしまった。
こうして引き起こされてしまった大災害によって、北アメリカとアフリカ大陸はモンスターが溢れかえる魔境と化してしまった。
この作戦の後、各地で発生したモンスターの巣に対して幾度となく攻撃が行われたが、何が引き金でまたあのような氾濫が起きるのか判明しない中、火薬によって行われる大火力での制圧が躊躇われ、じりじりと被害を大きくしていく結果を引き起こしていた。
さらに追い討ちをかける様に大西洋以外の大洋でも同じ様な事態が発生。
アジアやヨーロッパでも被害が発生、日本も国土の1/6もの面積をダンジョンに飲まれることになった。
当時の様々な映像やネット上の記録はまさに末期といった具合であり、様々な誤情報やデマが錯綜しそのせいで避けられたはずの被害がいくつも発生してしまっていた。
そんな混乱の中、奇妙な事態が発生する。
モンスターたちとの交戦を行っていた者たちの中に、超能力とでも呼ぶべき力を目覚めさせる者たちが各所で発生する様になったのだ。
例えばそれは人間の限界を超えたパワー、念じるだけで物体を発火させ、遠く離れた出来事を知覚する。
まさしく超能力と言えるそれらは、モンスターが有する力でもあった。
血だ。
土地を丸ごと作り替えるほどに作用するモンスターの血は、それと同様に人のその肉体をも変質させたのだ。
モンスターの返り血によって変異した新たな人類、変異者の誕生である。
最初の変異者達のそれは不規則であり、肉体が歪に変形したりと安定したものではなかった。
しかしながら、銃火器による掃討が難しい中彼らの力は戦況を変える働きをした。
ダンジョンの中に生じる何らかのエネルギーを吸収、消費して力を使う彼らはその力を使うだけでダンジョンの活性を鎮めることができた。
この力はすぐさま世界中で研究された。
発現の詳しい条件、肉体に与える影響や副作用、どのような種類の力があるか。モンスターの血に寄生する寄生虫が媒介する未知のウイルスのような何かによって生物・非生物問わず物質の組成を歪め、異常な変化を誘発する。
この頃からかなり時間が経過した現在でもその詳しい原理は解明されていないが、ナノテクノロジーにインプラント技術を組み合わせ肉体への変異の方向性をある程度意図的に操作できる技術が確立され、人類は超人となる技術を会得した。
力を持つ軍が編成され無秩序に増え続けていたダンジョンに明確に対抗する手段ができた。
光明が見えたのだ。
そうなれば人間は図太く利益を求める。
ダンジョンは様々な被害をもたらすが同時に様々な恩恵も人類にもたらした。
ダンジョンによって変質した土地では、地質学的にはその土地に存在し得ない鉱物やエネルギー資源が手に入ることが分かっていた。
それらの物質的な利益だけでも莫大な価値があるが、モンスターたちの血液が引き起こす物質や生物の特性を変化させる現象のメカニズムの解明ができたなら、おおよそこの世のあらゆる社会問題を解決できる事になる。
そして現在、増え続けるダンジョンに対抗するため、そして新たなるダンジョンという名の資源の確保の為、各国は民間でのモンスターの駆除及びそれによって得られる様々な資源の売買を認めた。
国によって様々なシステムが構築され、ここ日本でもダンジョン発生後に新設された迷宮省が管理する民間組織や国防隊に所属することで、あるいは特定の資格を持ちフリーランスとしてモンスターと異能の力を用いて戦う者達を探索者と呼ぶ。
富・名声・スリルを求めて誰も彼もが迷宮に導かれるのだった…
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