底辺たちの叫び
ふう、東京駅についた。今日は、イケメンでお金持ちの彼と銀座でデート。以前は職場がある丸の内から東京駅までの歩きが面倒だったけど、今は幸せへの道だ。
この間されたプロポーズは嬉しかった。「花町みやびさん、あなたを幸せにできるなら僕の全財産を注ぎ込んでもかまわない」って。あたしは勝ち組だ、しがないOLが玉の輿なんて。
◇◇◇
プラットホームまで歩いた。構内は少なかったのに、ここはコロナの影響があるにも関わらず人でごった返している。立ちながら電車を待っていると、電話がかかってきた。彼からだ!
「もしもし。えっ、今日はフォアグラをごちそうしてくれるの? ありがとー!」
食べたことのないフォアグラに舞い上がっていたら、誰か肩に触れた気がする。彼かな? でも彼は銀座にいるし。
期待を込めて振り向いてみた。しかし、誰もいない。
「もしもし。ううん、誰か肩に触れた気がして。あなたかと思ったのに、残念。早く会いたいよー!」
何? 冷たっ! 見知らぬショートカットのOLがコケて、あたしのスカートにコーラをぶちまけた。しかも謝らないし、ムカつく!
「もしもし、ねぇ聞いて。さっきあたしのスカートにコーラをかけた人がいたけど、謝らないんだよ! だよねぇ、最低! えっ、今日のためにシャネルのワンピを買ってくれたの? ありがとー! じゃあ、後でね」
電話を終えても、わくわくは止まらないよ! 早く会いたい!
有頂天なあたしの耳元で、誰かが囁いた。
「死ね」
それも1人じゃない、前方からたくさんの罵詈雑言が。
「死ね」
「自慢うざい」
「線路に飛び込めばいいのに……」
見回せば、みんながあたしを直視している。まるで、ゾンビのように暗い青い顔だ。
何? あたし悪いことした? 戸惑う最中、
「死ねぇえええーっ!」
ビジネスマンなのかカッターシャツ姿でザビエルみたいな頭のオヤジが、包丁を持ってあたしに突撃してきた。紙一重でかわしたけどギャラリーたちは、
「ちっ、避けるな!」
「パーリィピーポーは、死ねばいい……」
な、なんなの。なんなのよ、東京駅! どうして、みんながあたしの敵なの?
狼狽していたら、狐の面を被り青い着物を着た怪しげな者が掌を向けてきた。
「さあ、苦しめ。そして死ね! このまま線路に落としてやるぞ!」
声色からして、おじいさんな狐の面は超能力使いのようだ! 全身が金縛りで動かない。ゆっくり、ゆっくりとあたしの体は線路へ後退する。
ヤバい、警笛だ! このままじゃ、電車に跳ねられるよね! 絞首刑のように、見えない力が首を締め付けている。こんな状況だけど、声をあげてみよう。
「な、なんで……こんなことを」
「種が存続するためには、犠牲が必要だ。あまねく、すべての生命体にこの法則がある」
哲学的な狐の面とはうって代わって、コーラのOLがわかりやすく答えた。
「人生には勝ち負けがある……。所詮、運ゲーだから。勝った人は、いつも負けた人を見下して幸せそう!」
ナイフのザビエルオヤジが吠えた。
「フォアグラだと!? お前が幸せを感じている裏で、何人が泣いてると思ってんだ! 世の中、競争で勝ったものが至上の幸福を掴める! だから人生の勝者はな、恭しく慎ましく生きろ! 負けた者たちに感謝してな!」
いつの間にか、「謙虚に」だとか「殊勝に」コールが沸き起こっている。
「う、うるさいな! あたしが幸せなんだから、いいじゃない!」
叫んだら、ますます首は締まり嗚咽感が。後退も止まらない。ガタンゴトンと電車が迫ってるのに、体は線路に近づいている。
今度は「死ね」コールに変わった。みんなが、敵意むき出しで拍手してる。きっと、あたしの死を今か今かと待ち望んでいるんだ。
◇◇◇
とうとう、体は線路に落とされた。迫りくる電車に、あたしは恐れおののく。一切ブレーキなどかけず、高速なまま迫る。
ああ、あの鉄塊に押し潰されたらあたしはミンチになるだろう。思い起こせば、一度きりの人生は辛かったな……。浮気、いじめに失恋。ここ最近だ、幸せだと思えたのは。あたしも、かつてはプラットホームにいる人間たちの側だったんだ。彼らの痛みを知ったあたしは、
「皆さん、ごめんなさい! これからは、大声で電話をかけません。幸せは自分の胸に秘め、謙虚に生きます!」
突然、電車は消失。「死ね」という歓声も消えた。
あれは、なんだったかとは言わない。きっと、増長したあたしへの戒めだろう。
勝者の宿命だ、敗者の屍を越えて幸せを掴む。でも謙虚さは忘れない。それが、種の存続に対する抗い方だから。動物は、当たり前に敗者を乗りこえる。けど敗者に対して謙虚になることは地球上で唯一、自然界の法則を知る知的生命体らしい生き方だから。
ご閲覧ありがとうございます。
なお、この作品は頂点作家様を貶めるものではありません。(実際、このサイト内にも謙虚な頂点作家様はいらっしゃいますし)
最近、ツキが回ってきた自分への戒めと、増長してる人々に対する警鐘です。