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ゴブリンテイマー、急報を受ける

 国王の指示のもと、王の間では国の未来を左右する緊迫した協議が続いていた。ダスカス公国への対応、アナザーギルドの掃討、裏切り者の処断、そしてタスカ領の復興……。

 次々と提示される課題に対し、アガストさんやタバレ大佐、ターゼンさん、エルダネスらがそれぞれの知見と立場から意見を述べ、議論は白熱していく。


 僕はそのやり取りを必死に耳で追いながらも、体は限界に近づいていた。

 ニックスの回復魔法のおかげで拷問による傷は癒えたが、ゴブトをテイマーバッグに戻した瞬間から、僕の魔力は彼の治療のために絶えず流れ続けている。

 まるで体の中から生命力が少しずつ吸い出されていくような感覚だ。視界が時折かすみ、冷や汗が背中を伝う。


(まずいな……意識が……)


 必死に意識を保とうとするが、魔力枯渇特有の倦怠感と眩暈が襲ってくる。協議の声がだんだんと遠くに聞こえ始めた、その時だった。


「ちょっと、エイル!」


 不意に鋭い声がすぐ隣から飛んできて、僕はびくりと肩を震わせた。見ると、いつの間にか隣に来ていたシャリスが、心配とも呆れともつかない複雑な表情で僕の顔を覗き込んでいた。


「な、なんでしょうか、姫様……?」かろうじて声を絞り出す。

「なんでしょうか、じゃないわよ!あんた、顔色が紙みたいに真っ白じゃない!フラフラしてるし、今にも倒れそうよ!」


 シャリスは僕の額に手を当てると、その冷たさに眉をひそめた。


「やっぱり!熱は無いみたいだけど、この冷たさは尋常じゃないわ。まさか、毒でも盛られてたんじゃ……」


「いや、毒じゃなくて……」僕が言いかけると、今度は反対側からニックスが顔を出した。


「エイル!大丈夫か!?せっかく僕が治してやったのに、無理するからだぞ!」


 ニックスは回復魔法を使った影響か、まだ少し顔色は良くないが、僕の様子を見て慌てて駆け寄ってきたようだ。


「ごめん、ニックス……。大丈夫、じゃないかもしれないけど、死にはしないと思う……」

「エイル君、それは……」


 心配そうに協議を中断してこちらを見ていたエルダネスが口を開く。


「もしや、先ほどテイマーバッグに戻したゴブリンの治療のために、君の魔力が流れ続けているのでは?」

「……はい。ゴブトは、かなり酷い怪我だったので……。僕の魔力が無いと、回復が……」


 僕の説明に、その場にいた全員が息をのんだ。

 テイマーと使役魔物の繋がり、特に主の魔力が魔物の生命維持や治癒に関わることは知られていても、これほど術者が消耗するケースは稀だ。


「なんと……自らの魔力を削ってまで……」


 国王が痛ましげな表情で呟く。


「いかん、エイル殿!」


 アガストさんが駆け寄ってくる。


「魔力の枯渇は命に関わる!すぐに治療を中断……いや、しかしそれではゴブト殿が……」

「無理に中断すれば、ゴブト殿だけでなくエイル君にも危険が及ぶ可能性が高い」


 エルダネスが冷静に分析する。


「魔力の流れは非常にデリケートですからな。今は安静にして、魔力の回復を待つしか……」

「でも、このままじゃエイルが……!」


 ニックスが叫ぶ。


「大丈夫だよ、ニックス」


 僕は弱々しく笑ってみせる。


「ゴブトは僕の大事な家族なんだ。それに、僕もこれくらいじゃ死なない……と思う」

「馬鹿なこと言わないで!」


 シャリスが僕の肩を掴む。


「死なないと思う、ですって?そんな状態で放っておけるわけないでしょう!……エルダネス!何か方法は無いの!?」


 意外なほどの剣幕でシャリスがエルダネスに詰め寄る。

 その必死な様子に、僕は少し驚いた。


「……方法、ですか。あるいは……」


 エルダネスは顎に手を当てて考え込む。


「魔力を外部から供給できれば、あるいは……。しかし、それには高純度の魔石か、魔力譲渡のスキルを持つ者が……」

「魔石なら、王家の宝物庫に……!」


 王子が声を上げる。


「いや、それよりも……」


 ニックスが僕の手を握る。


「僕の力なら、魔力を少し分け与えるくらいなら……反動もそれほどじゃないはずだ!」

「しかし、ニックス君、君も消耗しているだろう」


 エルダネスが懸念を示す。


「エイルを助けるためなら!」


 ニックスは真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。


 僕の周りで、僕を助けようと皆が必死になってくれている。その温かさに、消耗しきった心が少しだけ満たされるのを感じた。


「……ありがとう、みんな。でも、もう少しだけ、頑張ってみるよ」


 僕は皆の気遣いに感謝しながら、今はただ、ゴブトの回復を信じ、自らの魔力が尽きないことを祈るしかなかった。


 *****


 王の間では、エイルが皆に心配されながらも、必死に魔力の回復に努めていた。

 ニックスが時折、回復魔法の余力でエイルの消耗を和らげようとし、シャリスも落ち着かない様子で傍らにいる。

 エルダネスはエイルの状態を注意深く観察しつつ、アガストさんやタバレ大佐、ターゼンさんたちは、山積する問題について協議を続けていた。

 国の未来を左右する重い議題が次々と挙がり、議論は熱を帯びていたが、どこか先の見えない不安感が漂っていた。


「……いずれにせよ、ダスカス公国への対応は慎重に進めねばならん。まずは特使を派遣し……」


 国王が次の指示を出そうとした、まさにその瞬間だった。


 バァン!!!


 王の間の重厚な扉が、凄まじい勢いで叩き開けられた。

 全員の視線が一斉にそちらへ向かう。

 そこに立っていたのは、鎧を歪ませ、髪を振り乱し、肩で大きく息をする伝令兵だった。その顔は血の気が失せ、恐怖と焦燥に染まっている。

 ただならぬ事態であることは、誰の目にも明らかだった。


「な、何事だ!騒々しいぞ!」


 タバレ大佐が叱責するが、伝令兵はそれに応える余裕すらない。


「き、き、緊急報告!!!」


 伝令兵は、玉座にいる国王に向かって転がるように駆け寄り、床に膝をつくと、かき鳴らすような声で叫んだ。


「王都上空に……王都上空に、きょ、巨大なドラゴンが接近中!そ、その数……一!し、しかし、多数のワイバーンを伴っております!!」

「ドラゴンだと!?」


 国王が玉座から身を乗り出す。


「馬鹿な!王都の結界はどうした!?」

「それが……結界が……反応する間もなく、既に市街地上空に……!監視塔からの報告では、間違いなくドラゴンです!黒き、巨大な……!」


 伝令兵の報告は、王の間に冷水を浴びせたかのような衝撃を与えた。

 ドラゴン。

 それは伝説やおとぎ話の中に登場する、あるいは高ランク冒険者が稀に討伐対象とする、圧倒的な力を持つ存在。

 それが、今、この王都に現れたというのか。


「ドラゴン……まさか、そんな……」


 シャリスが口元を押さえ、蒼白な顔で呟く。


「ワイバーンを多数伴って……?一体どこから……ダスカスか!?」


 アガストさんが厳しい声で問う。


「は、はい!飛来方向は、ダスカス公国のある東の方角かと!」

「くそっ!奴ら、まだ手駒を残していたというのか!」


 ターゼンさんが悔しげに歯噛みする。


「ドラゴンとワイバーン……通常の軍隊では歯が立たないぞ……」


 ネガンが事態の深刻さを冷静に分析する。


「おい、エイル!お前のゴブリンは!?」


 ニックスが僕に問いかけるが、僕は魔力回復に集中していて、まともに答えることもできない。

 それに、ゴブトを欠いた今の戦力で、ドラゴンとワイバーン軍団に立ち向かえるとは到底思えなかった。


「総員、直ちに迎撃準備!」


 タバレ大佐が反射的に号令をかけるが、その声には焦りの色が隠せない。


 王の間は、先ほどまでの安堵から一転、絶望的な混乱と緊張に包まれた。窓の外、遥か上空に、不吉な影がゆっくりと近づいてくるのが、誰の目にも見え始めていた。

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