異能発動
私が日常生活で欲しいと願った力を、主人公に渡しました。どうかご笑覧ください。
どこかの時代のヨーロッパ風の建物、長い耳や獣の尻尾を持った人たちが、革鎧っぽいものを着て剣や槍、杖を持って石畳を歩いている。大学生だった俺は、気がついたら剣と魔法の世界にいた。服装も体格も大学に行く途中のものだ。異世界転生ではないな。異世界転移だ。とりあえず道行く人に話しかけてみよう。ちょうど目の前にいた、中年の男に話かけてみる。
「ちょっといいですか?」
「なんだ?にいちゃん、妙な格好してるな?」
「はい、遠い国に住んでいたんですが、家と畑が焼けてしまって以来、職を転々としながらこの町まで流れ着きました。どこか仕事を探せる場所はありませんか?」
「そいつは気の毒だな。最近はこのあたりもモンスターや盗賊が出るんで、冒険者ギルドに行けば何か仕事はあるだろう。あそこの角を曲がって真っ直ぐ行けばあるぞ」
「ありがとうございます」
「おう」
本当にあるのか、冒険者ギルド。なんとか薬草集めみたいな安全な仕事で生計を立てられないものだろうか。
「冒険者になりたいのですが」
「それでは、この水晶に触れてください」
カウンターの向こう側の受付嬢は、どこの馬の骨とも分からない俺の来訪に、至って事務的に対応している。俺のようなやつがよく来るところなのだろう。
「犯罪歴や借金の踏み倒しなどがあると、赤く光ります。大丈夫ですね」
「登録料は銅貨5枚になりますが、お持ちですか?」
「持っていません」
「では、ギルドからの貸付けになります」
「短剣などの装備はお持ちですか?当座の活動資金ななどは?」
「どちらもないです」
「では、短剣と銅貨5枚をお貸ししますか?短剣代を含めて、貸付け額は銅貨20枚になりますが」
装備もなしに冒険はきつい。借りるしかないのか。額から脂汗が流れてくる。
「お願いします」
「わかりました。こちらが銅貨5枚と短剣です」
青ざめた顔で声を絞り出す俺に対して、受付嬢はどこまでも素っ気なく対応する。
「借金は年利1割です。死亡した場合は返済免除になりますが、返済出来なかった場合には犯罪者として登録されます」
声も出せなくなっていた俺は無言で頷くしかない。
「では、水晶に手をかざしてください」
この水晶は契約書代わりにもなるのか、便利だな。俺は震える手で水晶に触れた。先程触れた時にはなんの反応も示さなかった水晶は、今度は緑色に光った。
「では、契約は成立です。この場で依頼を受けていきますか?」
「や… 薬草集めみたいな…し、初心者向けの、おねがいします」
息も絶え絶えでどうにか希望を伝えると、受付嬢はやはり素っ気なく依頼書を持ってきてくれた。
「傷薬の材料、10株につき銅貨一枚です。群生地は依頼書に描いてあります。街の西門から出れば、近いですよ。幸運を」
「ありがとうござ…ます」
全く一切これっぽっちも幸運など祈っていなさそうな受付嬢に見送られて、俺はギルドを後にした。
幽鬼のような青い顔に脂汗を滴らせ、焦点の合わない目でフラフラと歩き、俺は西門へと向かった。一歩ごとに精神が削れていく。転移していきなり借金をしてしまった。そういえば大学も奨学金などというものを借りていた。あれはどうなるのだろう。元の世界に帰らなければ、大学は除籍で親に請求が行くのだろうか、それは嫌だな。でも、もとの世界で借金を返せないのと、こちらの世界で返せないのは全然違うんだろう。返せなければ、鉱山とかで奴隷として働かせられたりするのだろうか。まだ転移して2時間も経っていないのに元の世界が恋しい。大学にはいつのまにか惰性で行っていたが悪い所ではなかった。友人は多くはなかったがみんないいやつだった。家族、友人、単位をくれない教授、うざいことこの上ないバイト先の正社員、元の世界で縁のあった人の顔をひとつひとつ思い出して歩を進める。人は大事なものに失ってはじめて気付くだなんて山ほど聞いた警句だが、実際に大事なものを失うのはこんなに辛いのか。朝飯を大急ぎで食べて家を出てから体感ではそれこそ3時間も経っていないのに、俺の世界は文字通り完璧に変わってしまった。ああ、認めるよ。大学だけじゃない。あの世界、あまり居心地がいいとは思わなかったが、いまは帰りたい。帰るためならなんでもしたい。サンタより先に信じなくなった神にも祈る。帰りたい。俺をあの愛すべき世界に返してくれ。
一歩ずつ転ばないよう西へ向かう。イメージするのは沈む夕日。同じ速度で淡々と。焦らず止まらず。
這々の体でたどり着いた西門は、どうやらあまり使われていない門のようで、やる気のなさそうな衛兵が一人立っているだけだ。町の西側に行く人はほとんどいないのだろう。ギルドから渡された依頼書を見せたところあっさりと通された。もはや精神も肉体も限界に近く、白眼をむいて歩いている有様だったので、面倒がないのは有り難かった。西門を出てしばらく歩くと森の近くを流れる小川があった。依頼書の地図にあった小川だ。ここなら大丈夫だろう。安心しかけた俺の前に森から現れた二人組の男が立ち塞がった。
「おお、ようやく来やがったか待たせやがって」
「情報の通りだなぁ、妙な格好した若い男!」
俺よりも幾分か体格が良く、革鎧を着た二人組の男は、既に剣を抜いている。
ようやく小川までたどり着いたのに、なんで…なんで邪魔するんだ。
「これからおまえさんの運命を教えてやる」
「俺たちは優しいからな、感謝しろよ!」
運命なんか知らねえ。感謝なんかいくらでもしてやる。
「おまえはこれから俺たちに持ち金を全部渡す」
「それから盗賊のアジトに連れて行かれる」
金なんかいらねえ。何処へでも行ってやる。畜生。
『そして死ぬまで働かされるのさ!』
俺の肛門から出かけてるうんこ、全部こいつらの腹に転移しねえかなあ。
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!
突如二人組は、くの字にうずくまり持っていた剣を取り落とし肛門から轟音を立てた。そして俺は冒険者ギルドにいた時から続いた地獄というのも生温い苦しみから解放され、身体は羽根のように軽くなっていた。
「ウオオオオオォ!」
考えるより先に身体は動いた。腰のベルトに差していた短剣を抜き、叫び声をあげて近くにいた方の男に向けて突き出す。男は恐怖とも驚愕とも言い難い表情をしていたが、ちょっとタイムみたいなことを思っていたのだろう。短剣は何も出来ないでいる盗賊の喉に深々と突き刺さった。もう一人の男は、今にも死にそうな顔で立っていた俺の凶行に驚き、回れ右して逃げようとするが遅い。そりゃそうだ、パンツやズボンにたんまり糞がついてるんだからな。刺さったままの短剣から手を離し、男の取り落とした剣を拾う。思ったより重いが問題ない、ようやく背を向けたところだった男の後頭部に思いきり振り下ろした。から竹割りとはいかなかったが、一撃で動かなくなった。転移して初日にいきなり二人も人を殺めてしまった俺は、その場にへたり込んで空を見上げた。よく晴れた空から、太陽の光が燦々と降り注いでいた。
異世界に異能はつきものだけど、俺の異能…うんこの転移かよ。
下品で申し訳ありません。