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8話 紳士な社畜さん

 

 ――桃華視点


 珈琲カップを口に運び、ソーサの上に置いた。実は少し前に中身は飲み干しており、空っぽになっていたが、飲む素振りだけを行っていた。


 坂上先輩の様子は、モーニングのパンを傷の無い方で食べにくそうにしていた。


 私のせいでとっても申し訳無い気分になっちゃう……それと後……全く会話が無いのが辛い!


 完全に時間を持て余しちゃってるし、このまったりとしたほぼ無音の空間での独りぼっち感が凄い! 今となってはこの落ち着いた雰囲気が恨めしいよ!


 な、何か喋らないと! えっと、えっと……『ご趣味は?』とか……いやいや! それじゃお見合いになっちゃうし、は、早くしないとこのまま解散になっちゃう!


「じゃあ、鈴宮さん、駅まで送りましょうか? 店長、ご馳走様」


 坂上先輩が伝票に手を伸ばした……わ、私の分は払いますからって……ってダメ! 本当にこれでおしまいになっちゃう! こ、こんなチャンスはもう無いかも知れないのに! せめてさっきやらかした分は取り返さないと! 


「あ、あ、あの! 坂上先輩はこれからお暇でしょうか!?」


 なんとか言えたぁ! のは良いけど必死になってる子って思われてないかな!?


 た、確かに必死ではあるので間違いでは無いですが。その……お、落ち着かなきゃ……そ、そうだ! お礼の件があった! これで押し通そう!


「よ、よろしかったらお礼を……」


 よし! これで一緒に居られる口実が――


「大丈夫ですよ、そんな気を使わなくても。俺、大した事してませんし」


 華麗にスルー!? バッサリじゃないですかぁ……そうですよね、私みたいな子供と一緒に外を歩きたく無いですもんね。そうですね、そうですよね……。


「葵、折角の申し出なんだから受け取ってやれ。お前はいい奴なんだが、その辺りが鈍すぎる」


 きゃあ~! 店長さん! ほんと神ですぅ! そうなんです、坂上先輩ってとっても鈍いんですよ! で、でもそれだけ女性に対して経験が無いって事かも……って私何を考えて!? 経験だなんて、私だって無いのに……。


 それにしても店長さん、ありがとうございます! やっぱり梓先輩が選んだ人は違いますぅ!


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 やったぁ! 坂上先輩からOKが出たぁ~! 店長さんのおかげです! これから毎日手を合わせて拝まさせていただきますぅ! 実際にやったら失礼なので心の中で……南無!


 高鳴る気持ちを押し殺しながら平静を保っているのだが、口角が上がるのを押さえるのに必死だ。しかし、坂上先輩は私の姿を少し見て、俯いた。その表情は少し落ち込んでいるかの様に見えた。


 やっぱり、嫌、なのかな……。店長さんに言われたから仕方無くなのかな……。


「あ、あの……ご迷惑でしょうか……?」


 先程の感情は消え失せ、不安と悲しみが沸き出て来た。やだ……泣きそう……。


「そ、そ、そんな事ありません! て、店長! お会計お願い! じゃ、じゃあ、行きましょう!」


 気を使ってくれたのかな? 優しんですね……そんな笑顔も無理やり作ってくれて。うん、やっぱり私なんかじゃ届かないかな。


 ふふ、さっきから一人で浮かれて、沈んで。まるでピエロさんみたい。そっか、これが恋なんだ……勉強になりました。でも今日はご一緒させて下さい、叶わぬ恋なのは分かっていますから。


 今日は楽しもう、そして会社では楽しくお話出来る関係になろう。それ以上は望ま――


 室内に乾いた鈴の音が鳴り響いた。


 どうやらお客さんが来たみたい。でも、それだけなら私の思考は止まらなかったし、一目見たら気にも留めなかったと思う。


 でも……明らかにおかしいの! 迷彩服に身を包んだ男の人が三人も現れて店長さんの前に並ぶなり、敬礼して直立不動の状態なの! 店長さんってやっぱり軍人さんなの!? というか喫茶店の店長さんの方が階級とか上なの!? な、謎過ぎます……こ、今度梓先輩に聞いてみよう……。


 あ、坂上先輩が行っちゃう! き、気になるけどこの件はまた今度にしよう!


 迷彩服の方たちに気を取られている間に坂上先輩はお支払いを済ませてしまっていた。坂上先輩に追いつき、喫茶店のドアを出た後にお礼を述べた。


 私、迷惑かけてばっかりですね……。



 店から出ると太陽は黒い雲に覆われ、すぐにでも雨が振り出しそうな空模様に様変わりしていた。


 今の私の気分そのものだよ、お天気も真似してくれたんだね……あ、雨降って来た……うん、私も泣きたい気分だから。もうバッチリ心の中とリンクしてるね。


「鈴宮さん! 雨降って来たんでとりあえず駅の方へ!」


「は、はい!」


 その時、急に背中付近に暖かい感触が感じた。


 んん!? さ、坂上先輩がぁ!? わ、わ、私とくっついて!? ど、ど、どうして!? しかも羽織ってるシャツを私の雨除けに使って……。


 もう! そんな事されたら……諦めるの嫌になっちゃうじゃないですか!


 もう決めちゃいました! 私、坂上先輩にアタックします! 攻略してみせます! その為にも頑張って自分を磨かなきゃ!



 駅のホームに付き、雨宿りしているんだけど、坂上先輩が結構濡れてしまっている。風邪とか引いちゃうんじゃ――


「え? あ……」


 坂上先輩の視線を感じる……そ、そんなに見られたら、て、照れま……きゃあ! ブラ透けてる!? こ、この服薄手だから、濡れると見えちゃう!!


 ううぅぅ、恥ずかしいですぅ、で、でも坂上先輩が体を張ってくれたって事は、少なくとも嫌われてはいないって事でいいですよね!?


「す、鈴宮さん! ちょっと待ってて下さいね! すぐに戻って来ますから!」


 あ、また雨に濡れながら走って行っちゃった……さっき、かっこ良かったなぁ。それに坂上先輩って背も高いから……私の頭の上から覆いかぶせてくれるなんて。


 それに、ちょ、ちょっと胸にも触れちゃったし、細身だけど固くてがっしりしてて……。


 はっ! ど、どうしよう!? こ、これってセクハラだ!? そうだよね、女性だけじゃないもんね、男性の胸に触れれば……で、でも、ワザとじゃないし、雨に濡れるのを庇ってくれた時に触れたんで故意的じゃないし、え、冤罪ですぅ!?


 ふうぅ……落ち着かなきゃ。ううっ、ちょっと寒い。


 あ、坂上先輩コンビニに入っていた……。なんかレジの子がこっちを見てる? 良く見えないけど。何を買いに行ったんだろう?


 坂上さんの姿が見えた……傘? 後なんか持って――ええ!? レジの子に肘でぐりぐりされてる!? あ、あの感じって、『へえ、あれが彼女? このこの!』って感じ!?


 いやん! は、恥ずかしい! し、しかも手を振ってる……ど、どうしよう普段の日もあのコンビニ結構行くのに! て、手を振り返した方がいいのかな……。



 再び雨に濡れながら走ってこちらに戻って来た……あ、あの、その手に持っている傘、買ったんだからさしてもらえば……。


「鈴宮さん、お待たせしました! これ、使って下さい!」


 コンビニの袋から取り出してくれたのは大きめのタオルだった。そのまま後ろに回り込み肩からかけてくれた。


 ……なに!? このエスコート感! わ、私こんなのされたこと無いよ!? も、もしかしてとっても女性の扱いが巧いんですか!? 実はプ、プロなんですか!?


「あ、ありがとうございます。でも坂上先輩も濡れて……」 


 私のせいで何度も往復したので上着のシャツはすっかり雨を吸い、色が変わってしまっている。


「大丈夫ですよ、それよりもお昼でもどうです? 駅前には結構お店ありますから。なにか食べたい物とかありますか?」


 うう、坂上先輩、寒そうですよぉ……上着ずぶ濡れですよ……早く乾かさないと風邪引いちゃいますよ!


 ご飯食べている場合じゃ無いですって! 早くお家に帰ってお風呂に……でもそれじゃあ私帰らないと行けない。


 ……やだぁ。


「そ、そうですね、暖かい物が食べたいかも……です」


 私、最低だよ……本当に好きなら、体の事を考えて早く家に帰ってもらう事を選ぶのが正しいのに……。


 自己嫌悪に陥っていると視線の端に先程の迷彩服の男の方達が雨に濡れながら、走って集まり、バラバラに走り去って行った……。あの方達の服は防水なのかな、水を弾いているように見えたけど。


「えっと、気にしないでおきましょう。そうだ、俺が良く行くお店でもいいですか? 結構美味いんですよ!」


 そ、それどころじゃないです! ダメです、

 坂上先輩は一度家に帰って服を着替えましょう。ご飯はまた次の機会にしましょう!


「あ、は、はい! 坂上先輩の良く行くお店に行きたいです!」


 ああ……許して下さい……。思っている事と全く逆の事を言ってしまいましたぁ……。


「この傘、鈴宮さん用にと思ったんですが……その、一緒に入って店まで行っていいですか?」


 ま、まさかの相合傘!? そ、そうですよね! い、一個しかありませんもんね! いいんですか、一緒に入っていいんですか!?


 でもこんな事で浮かれる私って……ちゅ、中学生じゃないんだからしっかりしなくちゃ!


 ……むふっ。


「も、もちろんです! い、一緒に行きましょう!」


 あ、興奮し過ぎてどもっちゃった、こ、これじゃあ期待している事もろバレだよ! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!!



 相合傘で浮かれて口元がいよいよ崩壊しそうだったので、こそっと舌を噛み続けている。こうでもしないとだらしない顔を晒てしまう。


 少しの間雨の中を歩くと、坂上先輩はあるお店の前で足が止まった。


 暖簾のかかった店だった。


 こ、ここは……ラーメン屋さんですね。は、初デートのランチがラーメンとは……な、中々なハードルですね。やりますね、坂上先輩。で、でも私もラーメンは好きですから!


 店先にショーケースがあったので覗いてみると圧巻のラーメンの食品ディスプレイがあった。


「す、すごい……」


 てんこ盛りのラーメンだぁ。こ、こんなの見た事が無いです! もやしが文字通り山のように盛られて……め、麺にたどり着けるのでしょうか? 


 そ、そう言えば私、ラーメン屋さんに来るのって初めてかも……フードコートとかで食べた事はあるんだけど。


「ここ、美味いんですよ! あ、喫茶店みたいないかつい人が店長じゃないから安心して下さい。あの店だけが異常なんで」


 店先で傘を畳んで説明してくれた。そ、そうですよね、流石にあんな人ばかりの集まる街だったら怖いですもんね。


 扉を開けて暖簾をくぐる坂上先輩の後ろ姿を見ると、シャツの左半分が特に濃い色合いになっていた。


 坂上先輩、濡れ過ぎです! びっちゃびちゃですよ!? 私の方に傘を寄せ過ぎてましたか!? 


 風邪引きますってばぁ……。


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